外伝:騒がしい隣家
久しぶりの更新です。今回は地理の関係から、外伝の人たちに登場してもらいました。
どうぞお楽しみください。
それから書籍版ですが、電子版が好調な一方、紙は微妙な状態のようです。まだ購入を迷われている方は、ぜひ一度特設ページをご覧いただき、書籍版をご購入いただけると助かります。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1980903/blogkey/3068396/
ロシア戦争の終結によって、結果的に周辺諸国との紛争がすべて解決したチベットは独立後やっと手にした平和を謳歌する……はずだった。
「はーあ。いったいどうしたらいいのかなあ……」
「そうねえ……」
軍隊の数少ない癒しの時間である昼食時、チベット陸軍の戦車エースであるカヤバ・ミカ・サカダワとオールコック・キャロリン・トーギャーは今朝のチベット・ミラー誌の一面記事を思い出してため息をついている。
「新疆との戦いではインドの皆さんにすごくお世話になったよね」
「そうそう。インドの歩兵の皆さんが居なかったら、私たちの戦線はとっくに崩壊していた」
ロシア戦争は、もともと、新疆の軍閥をロシアが操ってチベットに侵攻したことが原因で始まっている。そのため、ミカ達も主に新疆戦線でキルスコアを稼いでいるのだが、そのときチベット軍と肩を並べて戦っていたのが、1個軍規模の英領インド軍であった。
「あれだけ頑張ってくれたんだから、その見返りに独立を望むのも分かるのよね」
この日のチベットミラーの一面記事は、ガンジーが「塩の行進」を行ったというものである。ロシア戦争で多大な負担を背負ったインドでは、イギリスからの「見返り」に対する不満が日に日に膨らんできており、ガンジーはこれをうまく操ってインド独立運動を展開していた。
史実でも行われた「塩の行進」は、イギリスに対する反抗として、塩の専売制度を無視しようという運動である。海水から「闇塩」をつくり、安く売りさばくことで、塩の専売制度、そして、それを制定したイギリスに対して不服従を示す、というロジックだった。
「とはいえ、インドは大英帝国の至宝なんでしょ?そんな大事な地域を失ったら、イギリス経済に与えるダメージは大きいはず」
「そうそう。イギリスとは我が国も色々あったけど、今では重要なパートナーなんだから、むやみに弱体化されるのはうれしくないよね」
ロシア戦争で実力を示したということもあり、イギリスはチベットをそれなりに重要視している。それは中華民国に対する西の抑えとして、また、インドの水源地帯の守護者としての役割を期待しているからだ。
「そもそも、インドがイギリスの手から離れてしまえば、我が国もイギリスにとっての重要度が下がるんじゃない?」
そのイギリスから、インドが独立してしまったらどうだろう。イギリスがチベットに期待する役割は、間違いなく減ってしまうに違いない。
「それもそうだね。独立したインドとは引き続き重要な隣国でいられるだろうけど、イギリスと比べると、インド単独じゃ色々見劣りしそう……」
「とはいえ、インドの皆さんの頑張りは共に戦った私たちが一番よく知ってるわけで、あの人たちの声も無下にできないよねえ……」
そこまで話すと、2人は悩ましげにため息をついた。
「それから、インド内部でも宗教対立があるんだって?」
ミカは英領インド内部でのもめ事について話を続ける。
「え、なにそれミカ。私それ知らない」
「学校で習うことだけど、今の『天竺』って仏教徒はほとんどいなくて、ヒンドゥー教とイスラム教が多数を占めてるじゃん。その両者の間でイギリスの出した懐柔策をきっかけに喧嘩をしているみたいなんだよ」
「インド国内も一枚岩じゃないんだ……ところで、懐柔策って何?」
詳細を話すように、キャロリンが促した。
「インドで高級官僚になるための試験は、今までイギリスでしか行われていなかったんだって。それを今度からインドでもやるようにすることはきまったの」
「自治に向かって一歩前進じゃん。なんでイスラム教徒が怒ってるの?」
キャロが疑問を呈する。
「そのイスラム教徒の主張が何だかよくわからなくて……なんでも、ヒンドゥー教徒に有利過ぎるから反対だとかなんとか」
「なんでそうなるのよ。イスラム教徒もヒンドゥー教徒も、同じインドに暮らす仲間じゃない」
「ねぇ。私もそう思うんだけど、本当にそう言ってるからよくわからなくて……」
イスラム教徒がなぜ「ヒンドゥー教徒に有利」と主張しているのか。それは上述したインド高等文官試験が英語で行われることに起因している。ヒンドゥー教徒の富裕層と比較して、マイノリティであるイスラム教徒への英語教育は遅れていた。雑なことを言えば、英語が話せるヒンドゥー教徒はそこそこいるのに対して、英語の話せるインド人イスラム教徒は少なかったようである。この数の差が、ただでさえ総数で劣るイスラム教徒をさらに不利にしており、国内の主導権争いに敗北してしまうとイスラム教徒達は考えたのだった。
「まあ、まとめると、インドは今内も外もがたがたで、イギリスにとって悪いことが起きるかもしれないから要注意ってことね……」
「そして、私達は結局、利害と情に縛られて何もできそうにないって感じかな……」
昼食を食べ終わったところで、二人はもう一度ため息をつく。暴力装置に過ぎない彼女たちではもともとどうこうできる問題ではないのだが、相手をよく知っているがゆえに思うことも数多くあるのだった。
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