フロンティアの消失
今週、書籍版が発売されました!購入いただいた方も居るようで、大変感謝しております!詳しくは活動報告をご覧ください!
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戦争が終わり、平和が訪れたとなれば、戦争以外の闘争を体が求めるのは世の常なのかもしれない。水上機野郎どもや飛行艇野郎どもの祭典であるシュナイダートロフィーレースもまた、今度こそロンドンで開催しようという動きが始まっている。
「とはいえ……少々寂しい戦いになりそうだな」
陸と空、モンテカルロと東京湾の二冠を達成した佐藤章は、来年のシュナイダートロフィーをめぐる各国の反応に寂しさを感じていた。
「今度のシュナイダートロフィー、参戦するのは日本の他にイギリスとイタリアしかいないんでしたっけ」
最近飛行機にも乗れるようになった妻の文子が、夫に確認をとる。
「ドイツもオーストリアもフランスも、みんな不参加を表明したらしい。表向きは戦災復興のためと言っているが、実態としては日本やイギリスに勝てる見込みがないからだろうな」
「隔年で開催していた時は何とか意地で出場していたんでしょうけど、ロシア戦争で中止になってしまって気持ちが切れてしまったんでしょうね」
最後に開催された1926年のシュナイダートロフィーは、イギリス、イタリア、日本のマッチレースと化していた。それだけこの3か国のレーサーが飛び抜けて強力だったというわけで、戦争でブランクが開いてしまった以上、さらに差を広げられてしまったと考えるのは当然のことだろう。フランスに至っては、戦争に参加していないのにレースに出ないと言っているのだから、彼の国の航空業界とはかなりの差が開いているらしかった。
「まあ、たとえ出てきたところで、川鴉の……Mk.3?」
「the 3rd Editionですね」
「ああうんそれ……次のレースに出す川鴉の戦闘力はイギリスでさえ一ひねりだろうからなあ」
前回からさらに700hpほどパワーアップしたエンジンに加え、新たに艇体をCFRP製にした3代目川鴉は、圧倒的な軽量さによってぎりぎりまで切り詰めた主翼を持つ究極のエアレーサーとして、開発が進められている。
帝国人造繊維 ST32R 川鴉 the 3rd Edition
機体構造:高翼単葉、飛行艇
艇体:炭素繊維強化エポキシ樹脂セミモノコック(フェノール樹脂塗装)
主翼、エンジンナセル:炭素繊維強化エポキシ樹脂セミモノコック
乗員:1
全長:7.1 m
翼幅:6.4 m
乾燥重量:720 kg
全備重量:960 kg
動力:帝国人造繊維 "C222D" 強制ループ掃気2ストローク空冷星型複列18気筒
離昇出力:2220hp/3600rpm
公称出力:1970hp/3200rpm
最大速度:705 km/h
「すごく翼が短くて、これが本当に飛ぶのかと思ったら、飛んじゃうんですからすごいですよね」
「重量が軽くなったぶん艇体の容積も減らせたから、さらに細くなって、その点でも見てて心配になったよ。とはいえ、一度空に飛び立てばすごくキビキビ動くから、そんな不安は吹き飛んでしまうけどね」
小型高出力エンジンなら2ストに敵うものはない。帝国人繊はそう信じて、今回の戦いに挑もうとしていた。
「帝国人繊は今年も2ストエンジンで来るだろうな」
「そうですね。そして、我々も今まで2ストエンジンで戦ってきましたし、今もそれがベストだとは思います」
一方、ロールスロイスに移籍したアーサー・ロウレッジも、同じことを考えていた。ネイピアでライオンを、ロールスロイスでケストレルを手掛けた彼は、現在レース用の新型エンジン開発に取り組んでいる。
「向こうは我々の知らない高性能素材の開発に成功し、機体の大幅な小型軽量化を実現していることがわかっている」
「噂の“T”FRPというやつですね。余程高価で生産性も悪いのか、軍用機にすら使っていないとか。次の機体は1トンを切るということですので、我々の機体の1/3の重量しかないことになります」
CFRPの正体については各国ともまだ把握していないものの、Teikoku-jinsen FRPという仮称をつけ、その性能に迫る材料を作るために試行錯誤を続けていた。中には非合法な手段に出る国もいるが、日本と、ETBEの技術情報で買収されたイギリスの諜報機関によって抑え込まれているのは以前述べた通りである。
「我々に課せられた使命とは、この2t分のハンデを覆すだけの大馬力エンジン『クレシー』の開発を成功させ、イギリスに勝利をもたらすことだ」
数々の要素が重なった結果、史実のRエンジンではなく、同じく史実では二次大戦中に試作されていた2ストエンジンの名前が冠されることになった。
「クレシーには実用性も求められる。ブースト圧や圧縮比、回転数を押さえれば、軍用や商用にも使えるエンジンにしなければならない。それこそライバルたる帝国人繊はすでにやっているのだ。我々がやってできんことはないだろう」
実際には、『長元坊』等に搭載されている帝国人繊C型エンジンをカリカリにチューニングしたものが川鴉に搭載されているのであって、アプローチとしては逆である。
「大英帝国の誇りにかけて、シュナイダートロフィーを再び我が手中に収めようじゃないか」
「なんだか血がたぎってきましたね。やってやりましょう!」
イギリスも、そして、描写はしないがイタリアも、シュナイダートロフィーに向けて全力で日本を迎え撃つのだった。
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