ポストノーフォークバンク戦艦~日本の場合~
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2024/5/19 加賀型巡洋戦艦の諸元を変更
芳麿と信輔が退室し、部屋に残っているのは耀子、武彦、信煕の3人になった。何のために呼ばれたんだと文句を言いつつも、残って話を聞いてくれるあたり、やはり彼もまた鷹司の人間である。
「武彦殿下。良い機会ですので、海軍艦艇の設計のトレンド……潮流についてお話しいただけませんか?陸は信煕お兄様から情報が入ってきますし、弊社はご存じの通り航空機もやっておりますので空母周りも多少わかりますが、その他の軍艦には疎くて……」
一応、耀子の手元には播磨造船所があるのだが、ここはドックの拡張よりもFRP船の建造技術に注力しているため、軍艦一隻を丸々建造するとなると砲艦程度しか例がない。どうやら水密隔壁や上部構造物の製造を良く受注していて、軍需関係の仕事は結構入っているようなのだが、艦としての全体像が分からないのだ。
「俺でもできなくはないが……表面的なことしかわからんぞ? それに、どこから話せばいい?」
「欧州大戦後からでお願いします」
「そっからか……」
武彦が天を仰ぐ。耀子も、史実での戦艦設計の変遷については把握しているのだが、この世界では一次大戦が1年で終わってしまったため、世紀の大海戦であるユトランド沖海戦は発生していない。このため、戦艦の設計がどのように変わっていったのか、よくわからないのだ。
「戦艦、巡洋戦艦、装甲巡洋艦、防護巡洋艦については理解しているということでいいよな」
「其処はわかります。欧州大戦前、イギリスとドイツで巡洋戦艦の作り方が違っていたのも知っています」
「私は海の事はあまりわかりませんね……」
信煕が自信なさげに言う。
「大きな火砲と強靱な装甲で武装した、取り回しにくい巨艦が戦艦です。巡洋戦艦というのは、何かを犠牲にして速度を高めた戦艦です。一方巡洋艦は、長距離航海に適している取り回しやすい船で、舷側装甲があるものを装甲巡洋艦、ないものを防護巡洋艦と呼びます」
「んまあ、だいたいあってるかな……」
耀子の解説に武彦が及第点をつけた。
「というわけで、欧州大戦の結果、各国がどのように軍艦の設計を変えていったのか教えてください」
「わかった。まず、帝国海軍が欧州大戦で経験した大海戦としては、ノーフォークバンク海戦ぐらいしかないのは知っているな」
「文子さんと一緒に新聞見ました。ドイツ巡洋戦艦5隻──実際には4隻と装甲巡洋艦1隻だったようですが──を相手に、金剛と比叡が耐えきった戦いですよね」
ノーフォークバンク海戦は、イギリスの港湾都市スカーバラなどを襲撃しようとするドイツ海軍と、それを阻止しようとした日本海軍との間に発生した海戦である。ドイツ側が日本の索敵機に発見され、奇襲が不可能となってからも敢えて突撃を継続していることから、日本側を誘い出し、撃破してそのメンツをつぶすことも目的になっていた。この戦いで金剛、比叡の両艦は大破したが、逆にドイツ海軍のメンツをつぶすことに成功し、以後、ドイツ海軍の動きを消極的な物とすることに成功している。
「あの海戦をどう見るか、というのが各国の間で別れているようなんだ」
「史実のユトランド沖海戦……一次大戦中盤に、英独の軍艦100隻以上、戦艦だけで見ても40隻以上が殴り合う壮絶な海戦があったんですが、それよりもだいぶ規模が小さかったせいで各国ともインパクトが小さかったんですね」
「耀子の前世ではそんなことがあったのか。不謹慎だが、もし帝国海軍が参戦していたら後世まで語り継がれただろうな……」
惜しいものを失ったという感情と、何にせよ殺し合いは起こらないに越したことはないという理性がせめぎあい、武彦は何とも微妙な表情をした。
「さらに言うなら、あそこの日本は欧州に派兵してませんからね。ほんとセンスがない……」
「それは置いておきましょう。我が国の海軍さんは、ノーフォークバンク海戦からどのような戦訓を得て、それをどのように設計に反映したのでしょうか」
わき道にそれようとする耀子を抑えて、信煕が軌道修正を行う。
「あの海戦から我が国が戦艦設計において読み取ったことは、速力と防御力の充実している戦艦こそが最良の戦艦であるということだ」
「火力はそこそこでいいと」
「ああ。火力は数で補えるが、速力と防御力は各艦の性能と努力に依存してしまうからな」
なお、戦術面では、敵の動きを把握し続けることの大切さ、味方との迅速な連携の大切さが確認できたということを付記しておく。
「ですが、欧州大戦の後、我が国って戦艦建造してましたっけ。記憶にないんですが」
「そうだ。我が国はこの戦訓を活かした戦艦をすぐに新規建造することはできなかった。どっかの誰かさんが魚雷を抱えたバカでかい飛行機をこれまた戦艦並みの大きさを誇る空母から飛ばせばいいって主張したからな」
「てへぺろ」
武彦が怪訝な表情で耀子を見ると、耀子は軽いノリでしらを切った。
「我が国の海軍は帝国人繊製対艦攻撃機の性能に熱狂し、しばらく空母の建造に勤しむことになった。駆逐艦の5倍以上の速度で、突っ込んできて、至近距離から魚雷を投げていくんだから、まさしく我が国が欲していた決戦戦力そのものであるというわけだ」
まさに耀子が目論んだ通りである。彼女は多少無理をしてでも強力な対艦火力を持つ航空機を整備することにより、海軍の方針を航空主兵に誘導することに成功したのだ。
「それでも、空母を護衛する艦艇は必要ですよね。新規開発をしなかったというだけで、同型艦の追加発注と改良はしていたんですか?」
「それはしていた。金剛型は榛名と霧島を追加建造し、上面装甲と機関出力、対空火力の強化を実施している。駆逐艦や巡洋艦も、空母の護衛に適したものに改設計し、整備していた。あの頃から、我が海軍は航空主兵論に傾き始め、今も主流の考え方にはなっている」
金剛型巡洋戦艦(1928年仕様)
排水量29800t
全長222m
全幅28m
機関:露号艦本式重油専焼缶20基+技本式減速タービン4組4軸推進
公称出力132000shp
速力 全速前進31kt 前進一杯34.2kt
航続距離18kt/8000海里
兵装
45口径305mm三連装砲5基(艦首側2基、艦尾側3基。背負い式配置)
40口径120mm連装両用砲8基(砲塔)
39口径40mm連装機関砲12基(砲架)
装甲
舷側:254mm(最厚部)
甲板:105mm(最厚部)
主砲塔前盾:305mm
主砲塔上面:105mm
主砲バーベット:279mm(最厚部)
司令塔:254mm(最厚部)
途中、戦闘機不要論が巻き起こるトラブルもあったが、発生させた帝国人繊自身の火消しによって解決されている。
「その状態でロシア戦争に突入し、大勝利を収めたわけですね」
「とはいえ、後から考えると、幸運に恵まれた勝利ともいえるな」
「天気が悪いと飛行機は使えませんからね。作戦決行日に晴れてくれたからこそ、あそこまでの勝利を得ることができたと言っていいでしょう」
荒天と島嶼に紛れての遭遇戦は、二次大戦中もそこそこ発生している。空母がそれに巻き込まれてしまった場合、なすすべなく撃沈されてしまうだろう。
「そういうときのための空母の護衛として、それから、上陸作戦時の海上火力支援基地として、戦艦の価値がある程度見直されるようになったのが、ロシア戦争後からの話だ」
「そうしてこの前進水したのが、加賀ということなんですね」
加賀型巡洋戦艦
排水量:46300t
全長:248m
全幅:30m
機関:露号艦本式重油専焼缶24基+技本式タービン4組4軸推進
公称出力:160300shp
緊急出力:210000shp
速力 全速前進31.1kt 前進一杯34.6kt
航続距離18ノット/8000海里
兵装
45口径457mm三連装砲3基(艦首側2基、艦尾側1基。背負い式配置)
50口径120mm連装両用砲15基(砲塔)
39口径40mm四連装機関砲14基(砲架)
39口径40mm単装機関砲18基(砲架)
機関室・弾薬庫防御
垂直:舷側330mm+傾斜装甲甲板165mm+隔壁130mm(最厚部)
水平:上甲板25mm+中甲板75mm+下甲板130mm
砲塔防御
主砲塔前盾:460mm
主砲塔天蓋:165mm
主砲バーベット:460mm(最厚部)
副砲塔全周:25mm
司令塔:380mm(最厚部)
「主砲が457mmと聞いてびっくりしちゃいました。その割にはかなり小さくまとまっていますが……」
「16インチ砲に堪えられる程度の防御しか施してないからだな。帝国人繊の発泡ウレタンのおかげで、水雷防御に割くべき容積を節約でき、船体を細くできたのも大きいと聞いている」
水密区画に難燃性発泡ウレタンを充填するのは、金剛型以来の日本の伝統的な水雷防御である。ノーフォークバンク海戦では砲弾によって生じた破孔からの浸水を最小限に食い止め、その有効性を実証していた。
「陸の常識からするとびっくりするくらい巨大な主砲ですが、これを採用した意図は何でしょうか」
「とにかく陸の奥の方まで砲弾を届けるためだ。それと、イギリスでこの18インチ砲を採用する予定だった戦艦の計画が中止になり、開発した企業の赤字補填のため、我が国でもライセンスを買うことができた、というのもある。そうだ、イギリスの話もしないとな」