捨てる神あれば拾う神あり
「ガラスワインダーを売ってほしい?」
ミカエル・オーエンス・ガラス社のミカエル・オーエンスは、電話の相手にそう聞き返した。彼は1893年にガラス繊維を作るガラスワインダーの開発に成功し、その年のコロンビア博覧会でガラス繊維と絹で織った布を公開した。正直なところ、その出来栄えに彼は不満であったし、実際観衆は失望した。ガラスでできているというのに、布が透明ではなかったからだ。
それっきりガラス繊維は忘れ去られ、当のオーエンスも全自動ガラス製造機──史実では1907年に彼が完成させている──の開発に力を入れていたため、電話の相手がそんな10年以上前の"失敗作"に今更興味を示す理由がよくわからなかった。
「はい。わが社での試験の結果、石英ガラスで作成したガラス繊維には有用な特性があることがわかりまして。量産体制を整えて製品化につなげるつもりです」
「はあ……」
にわかには信じがたかったが、相手が欲しいといっているのだからそこに口を出すのもどうかと思い、オーエンスはその電話口の相手──帝国人造繊維とかいう、最近ストッキングが全米でバカ売れしている会社──にガラスワインダーを売却することを了承した。
1905年の10月、陸軍戸山学校に鷹司煕通大佐、大谷喜久蔵中将、大迫尚道中将、伊地知幸介中将が集まっていた。
「こちらが、娘の会社で作った試作品です」
煕通は1丁の三十年式歩兵銃を取り出して3人に見せる。形状としては特におかしなところはないが、本来木製である部分が乳白色の樹脂材料に変わっていた。
「これは……ウォールナット材ではないな。樹脂か?」
「テイジンのストッキングに使われているPA66であると聞いております。200℃以上に温めれば、繊維以外の形にも成型できるそうです」
「ということは、この透けて見える布のようなものではなく、布を固めているほうがPA66なんだな」
「そうです。布のほうはガラスで織られたものと聞いています」
つまり、この三十年式歩兵銃は、木材を熱可塑性硝子繊維強化樹脂に材料置換した試作品である。射出成型機がないため、ガラスクロスとPA66をホットプレスすることによって部品を作成していた。
「ガラス?なんでまた」
「こうすることで強度と剛性が飛躍的に向上するとのことです。どうぞ、持ってみてください」
煕通がそういうと、三人の中将がそれぞれ改造三十年式歩兵銃を持ち、感触を確かめたり、構えてみたりした。
「何だこの軽さは。何時間でも構えていられるぞ」
「樹脂でできているとの事だが、確かにそうとは思えないほど固くしっかりしているな」
大谷と大迫が口々に改造三十年式歩兵銃を誉める。
「なるほど、この新素材を使えば、連射機構を持たせても軽量に仕上げられるわけだ」
「そういうことです伊地知閣下。そこの改造三十年式歩兵銃が銃剣抜きで3kgを切っておりますから……4kg前後の重量で仕上げることができるのではないでしょうか」
「あまり軽すぎても連射時の反動を抑え込めんだろうしな。そのぐらいがちょうどいいだろう」
重量の見積もりを出す煕通に大谷が付け加えた。大谷は改造三十年式歩兵銃をもって「執銃時の動作」を行い、熱心に取り回しを確認している。
「連射能力を持たせて近接火力を向上させた歩兵銃、"突撃銃"か……塹壕内での戦闘では三十年式小銃だと長すぎて取り回しづらいことはわかっていたから、応急的に南部大型自動拳銃を持たせたが、火力に不満が出ていたな。野戦では役に立たないので邪魔だという意見もあった」
「補給と生産の面から見ても、弾種と装備は少ないほど良い。野戦と近接戦の両方に対応でき、なおかつ敵兵を火力で圧倒できる歩兵銃の開発は急務だろう」
大迫の回想に伊地知が賛成する。
「弾薬消費量はさらに跳ね上がることが予想されます。これに対応するためにも輜重部隊の待遇改善と自動車化が必要です」
「旅順要塞の時はコンドラチェンコが見事に釣られてくれたから何とかなったが、もし二〇三高地を奪取しても消耗戦が起こせなかった場合は、東側を火力で突破するしかなかった。そうなった場合、我が国の補給能力では弾薬が欠乏して、攻勢を継続することはできなかっただろう」
伊地知が旅順要塞攻囲戦を述懐する。世間では"作戦の神様"として持ち上げられ、旅順要塞攻略は彼の神算鬼謀と"聖将"乃木希典の統率力によるものだとされているが、当の伊地知からしてみればあれは不用意に部隊を動かし、いたずらに予備兵力を消耗させたコンドラチェンコの自滅であって、運に助けられた部分が大きい戦いであった。
「そこで、今回分捕った樺太が生きてくる」
「北樺太からは石油が取れる。石油が取れれば、自動車が動かせる」
「その自動車も作らなければいけないがな」
「まさに"樺太は日本の生命線"というわけです」
煕通は娘から聞いた言葉を口にする。史実での"生命線"は満州であったが、この世界ではその役割を樺太が担うことになった。
「とにもかくにも、今のわが国では現代の消耗戦を戦うことはできない。これを何とかしなくては」
「これは陸軍単体では解決できない問題だ。大蔵省をはじめとする関係省庁に働きかけ、日本の産業構造を根本的に改造する必要がある」
「これに便乗して甘い汁を吸おうとする愚か者が必ず出るからこれも叩かなければならない。やることは山積みだ」
「貴族院のほうには私のほうから働きかけられます。何なりとお申し付けください」
かくして日露戦争の勝利の立役者たちは、取り得るすべての手段を使って、次の戦争の準備を始めるのであった。
というわけで、史実に先駆けてGFRPを実用化し、これを使ってアサルトライフルを開発します。
なろうテンプレでは6.5mm弾の威力の低さを問題視し、補給の混乱を避けるためにさっさと7.7mm弾へ更新しますが、耀子は現代の小口径多弾主義に範を取り、歩兵用小火器に関しては低反動な6.5mmのまま通して、専用弾薬を開発することなくアサルトライフルまで一足飛びに歩兵装備を進化させることを選択しました。5.56mm弾の威力や射程の不足はたびたび話題になりますが、その対処法として6.5mm弾を採用する動きがあることを念頭に置いています。
そして、もともと存在していた補給能力の不足に対応するため、輜重部隊から自動車化を推し進めます。樺太を南だけでなく全島割譲させたのは、北樺太の油田地帯を得るためでした。




