Shoot the moon
先日発表しましたが、書籍版は11/5刊行予定です。
詳しくは活動報告をご覧ください。
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宝島社文芸公式
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野上武志先生(表紙のイラストを引き受けてくださいました)
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雨堤俊次
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時は少し遡って1930年の暮れ。静岡県焼津町に、帝国人造繊維開発本部航空技術部飛翔体開発課は存在していた。その敷地内にある発射台には、1基の小型ロケットが据え付けられている。
「点火!」
試験監督者の号令一下、ロケットの推薬が点火され、煙を吹きながら空高く飛びあがっていった。
「おぉ~とんだなぁ~」
「すっげぇ~」
打ち上げられたロケットを見て、課員たちが歓声を上げる。
「いやぁおみごと。さすがはゴダード博士ですな」
日本航空技術廠廠長に上り詰めた中島知久平は、打ち上げ成功を確認し、帝国人繊飛翔体開発課長のロバート・ハッチングス・ゴダードを称えた。
「あ、ありがとう、ございます……」
オドオドしている挙動不審なこの男、実はロケットの研究について右に出る者はあんまりなく、史実でもロケット開発の先駆者として死没後に名を馳せている。
「あなたは素晴らしい能力をお持ちだ。現に、ロケットなんて龍勢ぐらいしか知らない従業員たちをうまく使って、ロケットの打ち上げを成功させたじゃないか。もっと自信を持つと良い」
「は、はあ……」
……お察しの通り、内向的で口下手な彼は自己宣伝が不得手であり、無理解な大衆にたびたび誤解され、笑いものにされてきた。そのため、史実では生きている間に脚光を浴びることはなかったのである。帝国人繊……というか耀子はそこを突き、1929年に成功したロケット打ち上げ実験を失敗扱いされ、マスコミに叩かれていた彼をアメリカから引き抜いてきたのだ。
「やりましたねえゴダードさん! データもきちんととれてますし、大成功ですよ!」
課員の一部が、大喜びでゴダードのもとに駆け寄ってくる。
「あ、ああ、そうだね……」
「これで予算もさらにつくようになるでしょうし、うまくいけば人を乗せて宇宙まで行けますよ!ブン屋どもを見返してやりましょう!」
この時代、大出力のロケットで宇宙まで飛び出せることはあまり知られていなかった。ゴダード自身、アメリカに居た頃にロケットで真空中を航行することができるという論文を出したことがあるが、作用・反作用の法則を理解していない大手新聞社に、論文を否定されたことがあるくらいである。
「そ、それより、先にやることが、あるんじゃないかな……」
とはいえ、精神的にすり減ってしまった彼は、もはやマスコミを見返すことなんてどうでもよかった。故郷を離れることにはなったものの、のどかな漁師町に自分が自由に使えるロケット試験場を手に入れ、しかも自分を慕ってくれる帝国人繊の社員たちが一緒に研究に没頭してくれるのである。これ以上望むものは、あまりなかった。
「そうでした! まだ1000m打ちあがっただけですもんね! これに慢心せず、謙虚に取り組みます!」
そう言ってよくしゃべるタイプのコミュ障である課員は嵐のように去っていく。飛翔体開発課の人々は、変人であるゴダードに配慮して彼と波長の合いそうな人々が配属されていた。
「博士も大変ですなあ」
「彼もまあ、別に、悪い人じゃ、ないんですけど、ね……」
中島とゴダードは苦笑いを浮かべる。いろいろと無茶苦茶な集団ではあるが、その技術力は確かなものがあった。
耀子が率いる帝国人繊はともかく、なぜ軍もロケットに興味を持っているのか。その理由は1928年のロシア戦争における日本海軍航空隊について語らなければなるまい。
開戦劈頭で、日本海軍は極東のロシア海軍艦艇に対して飽和航空雷撃を仕掛け、その悉くを撃沈したことは以前述べた通りである。戦果は上々であったが、損害もまた予想以上に多かったのだ。
「防御力が皆無で、まともな防火対策もない雪鷺だけでなく、高速重防御の白鷺にも未帰還機が出ているな……」
海軍としてロシア戦争での航空戦を分析している草鹿龍之介は、旧型の雪鷺だけでなく、最新鋭の白鷺まで撃墜されていることに着目する。
「艦隊上空は我が方の戦闘機隊が完全に制圧しておりました。そうなると撃墜された原因は敵の戦闘機ではなく、対空砲火ということでしょう」
航空戦に参加していた当事者として、戦闘機隊にいた源田実が答えた。
「源田君の言う通りだと思います。敵の対空砲火は……我が国のそれと比べれば見劣りする物でしたが、雷撃中は敵に対してまっすぐ突撃しなければいけない関係上、狙いをつけやすかったのではないかと思われます」
もう一人の当事者として、艦攻隊に居た淵田美津雄が意見を述べる。
「つまり、対空砲火は航空雷撃を阻止することはできないが、突っ込んでくる攻撃機と刺し違えることはできるということでいいかい?」
何処からか今回の勉強会のうわさを聞き付け、無理を言って参加させてもらった山階宮武彦は、淵田に自分の認識があっているかを確認した。
「その通りだと思います。我が国がこうして航空雷撃の威力を示した以上、諸外国も艦艇の対空火力を強化してくることでしょう。そうなった場合、攻撃機乗りというのは命がいくつあっても足りない兵科になるかもしれません」
「なるほど……義妹の言っていた通りだな……」
以前耀子が似たような事を言っていたことを思い出し、彼女がそれに対してどのような回答を用意したいと言っていたか、武彦は記憶の中を探っていく。
「しかし、雷撃せんことには、航空機で艦艇を沈めるなんて夢物語だろう?」
弱気な発言をした淵田に対して、同期の源田が話しかける。
「そうなんだよなあ。陸軍が欧州大戦のころにやってた急降下爆撃をすれば、対空兵装を薙ぎ払えるかもしれないけど、今度は攻撃機の代わりに爆撃機が撃ち落とされるだけだしなあ」
自分でもいろいろ考えていたが、いいものが思いつかないという旨を淵田は告げた。
「もっと遠くから雷撃するというのは?」
「それでは命中率が維持できなくなります。ロシア戦争で我が方の攻撃隊が高い命中率を誇ったのは、ぎりぎりまで接近してから雷撃を実施したことによるものです。遠くから雷撃すれば、それだけ相手に対応する時間を与えてしまいますから、いくらこちらが正確に狙っても、あの時のように百発百中なんてことは期待できなくなるでしょう」
「魚雷は高価な兵器だからな……あまり使い捨てるわけにもいかんか……」
どうしたもんかと草鹿は考え込んでしまう。これを見た武彦は、ここぞとばかりに意見を言うことにした。
「つまるところ、安全な位置から敵艦の対空砲火を無力化し、妨害を最小化して近距離から航空雷撃を仕掛けることができる、そんな方法があればよいのですね?」
「……確かにそうだな」
武彦の言葉に草鹿が応じる。皇族だろうと、今この場では一人の海軍軍人である。軍人としては、この中だと草鹿が最も上の階級であった。
「それでしたら、ロケット弾を敵艦にばらまくというのはどうでしょうか」
「ロケット弾……? あー……確かにいいかもしれんな」
「魚雷は水中を進む分、速度は頑張っても50ktが限界で、射程距離も短いものになってしまいます。一方、ロケット弾でしたら、空気中を進むので遥かに高速ですし、その分有効射程も長くできるでしょう」
「失礼ながら申し上げますと、ロケット弾は水中にもぐれません。敵艦を撃沈できないのではありませんか?」
武彦の主張に源田が反論する。
「草鹿殿にはお察しいただけたようですが、攻撃隊の皆さんが対空砲火を受けずに雷撃を行うための下準備として、ロケット弾による攻撃を行おうという意見です。目標は敵艦の対空兵装の撃滅であり、敵艦本体の撃沈ではありません」
「……! そういえば淵田君も、急降下爆撃で対空兵装を攻撃するという案を考えたと言っておりました。それをより安全に行おうという案なのですね。すみませんでした」
「いえいえ」
わざわざ謝らなくてもなあと、武彦は思った。こういう時、皇族という身分は事情が複雑化して良くない。彼としては、明治のころのようにもっと気楽に接してほしかった。
「しかし、対艦用ロケット弾を開発するとして、我が国にはロケットの専門家はいないぞ? 殿下の義妹のところには当てがあるのか?」
「あると言っておりました。なんでも、口下手なせいでアメリカで不遇をかこっている研究者がいたらしく、この前それを引き抜いてきたとか……」
もちろん、ここで武彦が話題に出している人物こそが、冒頭に登場したゴダードである。
「なるほど、東京電気に電探の開発をさせていたあの婦人が言うのであれば間違いはないだろうな」
草鹿には海軍大学校在学中、電波を使って敵艦隊を探知することを思いついたが、このアイデアをうまく上層部に伝えることができなかったという思い出がある。実はこの時、帝国人繊は東北大学の八木秀次から買い取った八木・宇田アンテナの特許を使って、取引先の東京電気にレーダーを開発させており、試作品がロシア戦争での八幡製鉄所防空戦で多少の活躍を見せていた。
こうしたことがあって、耀子は知らぬ間に草鹿からの信頼を獲得していたのである。
「本人が聞いたら顔を真っ赤にして全否定すると思いますが、私も同意します」
「そうと決まれば──この場合はどこに言えばいいんだ。空技廠か?──に連絡して、帝国人繊と協力して対艦ロケット弾の開発を行うように提案するとしよう。まずは決定的な意見をくださった武彦殿下。そして、現場の意見を聞かせてくれた源田と淵田。今日この場に集まってくれたことに、深く感謝申し上げる」
「本日は私の方も現場の話を聞けて大変勉強になりました。またこういった機会があればぜひ参加させていただきたいので、皆様よろしくお願いします」
こうした経緯があり、特に海軍側の希望から、日本は国を挙げてロケット開発を始めることになった。のちのち「ゴダードを日本に渡すべきではなかった」という声がアメリカのあちこちから聞こえてくることになるのだが、その時はもう、後の祭りであったという。