閑話:突撃車の思い出
ついに皆さんに情報をお出しすることができるようになりました。
書籍版は11/5刊行予定です。
詳しくは活動報告をご覧ください。
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大分前、耀子が十年式戦闘車に口出しをしていたころのこと。
「この戦闘車も、原設計は日野熊蔵閣下の三年式突撃車に行き着く。あの当時に装甲を傾斜させたり、板バネを使った懸架装置を採用したりといった発想ができるのは、やっぱり奇才と呼ばれるだけのことはある」
三年式突撃車を改造して作った試作車を見ながら、信煕がそんなことを言う。
「それなんですけどね……実は私、その話に絡んでまして……」
「おや? その話は聞いたことないな」
「の……鷹司さんも御存じない?」
現役の技官である兄も知らないと聞いて耀子は困惑した。
「あのときのお前は金鵄の開発をしていたんじゃないのか?」
「それはそうなんですが、あれは今から一万三千……」
「お前、毎回そこから入るよな」
帝国人繊が襲撃機の開発に着手したころ、耀子は大阪砲兵工廠に呼び出されていた。
「これが、足回りを無限軌道にした自動貨車……?」
「そう! こいつがあれば、あのときの旅順要塞も迅速に粉砕できるはずだ!」
設計を担当した日野はそう断言する。すでに完成している自動貨車を改造して作ったため、完成が早かったようだ。
「うーん……」
しかし正直なところ、耀子は日野の作った「突撃車」の出来栄えに不満がある。彼の作ったものは、装軌式トラクターの上半分を、弾除けのために薄い装甲で囲った程度のものでしかなく、耀子が思い描いたより近代的な装甲戦闘車輌とは程遠かった。
「……日野さん、これ、もっとよいものにできますよ」
「なにおう!?」
大げさに驚いた日野に対し、耀子は不満点……もとい、要改善点の指摘を始める。
「まず防御力が不足しています。装甲厚は他国の8mm級機関銃弾に抗堪できるか怪しいですし、車体上面が無防備なのもいけませんよ。曳火射撃を防げませんし、手榴弾を投げ込まれます」
「むう……」
日野は何とも複雑な表情をして考え込み始めた。
「それから足回り。これ、サスペンションがついていませんよね?人が歩くくらいの速度ならいいのですが、こいつには馬よりも速く疾走してほしいのでいけません。板バネでいいので、地面からの振動や衝撃を吸収できるようにしてください」
「……最初の指摘とも絡んでくるのだが、我が国には高出力の発動機がない。だから、君が言うような装甲を施すことはできないし、君の言うような速度で走らせることもできないと思うのだが」
日野が設計し、完成させた国産自動貨車も、その過程では多くの困難が伴った。史実ではまだエンジンすら作れるか怪しい状態であったから、これでも相当な進歩である。そんな状態の日本で、車両に機関銃弾に耐える装甲を備え、馬よりも速く疾走することができるだけの動力性能を持たせようとするのは、相当厳しい要求であった。
「エンジンは現在弊社で設計中の航空機用のものを流用しましょう。我が国でも作れるくらい構造が単純で、今この試作車に搭載しているエンジンの倍以上の出力を出す予定です」
「ほー、それが本当ならいろいろ解決するな」
日野は少年のように目を輝かせる。
「なので日野さんたちには、先ほど指摘した点を改善できる車体を設計しつつ、これをどうやって大量生産するかを考えてください。具体的には、二年間で二個師団分の突撃車を生産する必要があります」
「確かにこの兵器はきっと戦争を変えるくらい画期的なものになるだろうが、そんなに急いで作る必要があるのか?」
「あるんです。あと三年くらいたつと、欧州で大きな戦争が起こりますから」
日野は半信半疑であったが、この後陸軍情報部から本当にオーストリア周辺がきな臭いとの情報がもたらされる。日本が欧州に派兵する事態に備え、日野達陸軍技術将校は車体の改良を進める傍ら、短期間に大量の突撃車を生産する方法を模索した。その結果、すべてを国内生産することは不可能ということになり、車体やドライブトレインの生産をイギリスに委託し、日本はエンジンのみを全力で量産してイギリスに送ることで完成車を製造してもらうことになる。それが、この時の日本の限界というものであった。
「それじゃあ、突撃車は日野閣下の発案によるものと聞いていたが……」
「実際には私と彼の共同発明なんですよ。ま、どうでもいいんですけどね」
事も無げに耀子は言い放つ。幾多の改良を経て今なお使われている三年式突撃車は、現在三菱で製造されており、エンジンも帝国人繊のサプライヤーである豊田式織機から供給されている。帝国人繊の入る余地はほとんどないので、自分が無関係だと思われていても、耀子としてはどうでもいいのだった。