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あれこそが車の王子様

第139話「もっとあなたらしく」に記載されている3CVのエンジンスペックを修正しました。あまりにもトルクが太過ぎました……

「はぁ~乗った乗った」


 500の運転席から出てきた耀子は、気持ちよさそうに伸びをした。前世では姉妹車のプフ650TRに乗っていたから、その時の感覚が蘇ったというのもある。


「今日はたくさん乗りましたねえ」


 自分も車から降りた後、後部座席の通訳を降ろしながら文子が答えた。この日、3人は結局主要な5種の大衆車全て──もののついでに「いつもの」ウィズキッドも乗ったのだ──に試乗し、ローマにおける乗り味を比べている。


「文子さん的に、一番よかったのはどれ?」

「うーん……やっぱり乗り慣れてるのもあって、ウィズキッドになっちゃいますね……」

「あら、うれしいけどなんで?」


 てっきり他社の車を挙げられると思っていた耀子は軽く驚いて理由を聞いた。


「まず、ビートルは室内がウィズキッドと変わらないのに車体が大きいので取り回しでどうしても劣ります。T47はその点改善されていますが、足回りが固くて乗り味がごつごつしていたので、人を選ぶかなあと……」


 T47の数少ない欠点の1つは、足回りのチープさである。コイルバネやトーションバーではなく板バネを使用しているため、単純に乗り心地が悪いのだ。そして、彼らは遭遇しなかったものの、スイングアクスル系の足回りは大きくロールすると横転しやすいという欠点もある。史実でもシボレーコルヴェアでこの欠点が社会問題に発展しており、現代ではスイングアクスル系の足回りが廃れてしまった原因になっていた。


「私は好きだったけどなあT47。レバーをガチャガチャできて楽しかった」

「それは社長だからですよ……私だったらうんざりしてしまいます……」


 耀子の言葉に通訳が反応する。彼女の言うように、大衆車である以上「車を操る歓び」は本来そんなに重視するべきものではないし、変速操作は「できる限りやらなくて済む方がよいもの」というのが一般的な認識である。T47のトランスミッションは大変優れていて、主変速機と副変速機をH型(ふつうの)シフトパターンを持つ1本のシフトレバーで操作できるようになっていたが、それでも面倒だと感じる人はそれなりに存在していた。


「3CVはさすがに非力過ぎた感じだよね?」

「ジムニーに慣れていたらそう感じますけど、少し前の車業界全体で見ればそれほどでもないと思います。とはいえ、高速道路に出たらかなり回さないと周りの邪魔になりそうなのは確かですね。エンジンがうるさすぎて、車内の会話が難しくなるかもしれません」


 3CVは非力なエンジンを補うため、全体的にローギアなクロスミッションを使用している。段数もコストの制約から4速しか用意できなかったため、限界ぎりぎりまでエンジンを回さないと高速道路を走れないのだ。


「うちと同じ高回転型のエンジンは下から上まで軽やかに回りはするけど、ただ回るだけで全然前に進まない感じはしたよね」

「そんなに最高速が出せない都市部では、乗り心地も素晴らしいですし、いい車でしょうけど、これで旅行に行くのは割と覚悟がいると思います。日常の足として使うことに特化している風に感じましたね」

「そうなると残りはチンクだけど、これはどう?」


 耀子は個人的には結構気に入っていたチンクについて文子に尋ねる。


「荷室容積と後席の居住性、それから内外装の質でウィズキッドの勝ちだと思います。500に荷物を積む場所はほとんどないですし、内装も簡素というか、何もないというか。ハンドルを握っているとき、目の前にあるのが速度計だけっていうのは、結構寂しいですよ」

「あー、そこは私がこだわったからね……」


 耀子はウィズキッドの開発仕様書に、タコメーターなどの計器を省略しないことをわざわざ盛り込んでいる。オートマチックトランスミッションが()()実用に堪えない以上、タコメーターは運転に必須であるという考えがあったからだ。

 また、荷室容積や後席の居住性、外装の質については、明らかに史実の500を意識して設定した節がある。重量増を許容してでも史実の360cc軽自動車規格と比べて車体を30cm引き延ばしたのは、後席の足元の空間を十分に確保し、荷室長を長くとる目的があったからだ。外装も要所要所にクロムメッキを施したガーニッシュをアクセントとして配しており、簡素化とコストダウンを徹底した500と比べて高級感がある。このあたりは、耀子が前世で見てきた1970年代前半の軽自動車たちのデザインが役に立った。

 とはいえ、耀子がこれまで育ててきた帝国人造繊維とその取引先の地力も重要な要素である。特に内装ではこれが顕著で、異形断面ナイロンを使用したファブリックシートはライバル車の安っぽいビニールシートと比較して明確に質感が優れていたし、デザイナーの佐々木達三はイタリアの名デザイナーたちとも張り合える素晴らしい仕事をしてくれた。つまるところ、関係者が一丸となれたからこそ、ウィズキッドという車両は完成したのである。


「とりあえず、乗りたいものは全部乗った感じですよね」

「うん、後はまた帝国人繊のブースに戻ってのんびりお客様の相手でもしましょう」




 華やかな祭りも、やがては終わりを迎える。第一回ローマモーターショーもまた、閉会の時を迎えていた。


「鏡よ鏡、文鏡? 世界で一番素晴らしい車はどれかしら」


 今回のカーオブザイヤーは有識者によって構成される選考委員会と、モーターショーを訪れた人々の投票によって決定される。選考委員会の方が一票の価値を重く設定されており、メンバーを考えると居住性の良い3CVやT47が有利であるとみられていた。一方、来場者の多くがイタリア人であることから、来場者投票では地元の500や、イタリア人の好みに合致するウィズキッドが多くの票を集めていると予想され、どこが勝つのか情勢は不透明であった。


「どうして白雪姫なんですか」

「それはもちろん、ウィズキッドさ」

「あの、あの」


 文子はこういう時ノリがよくないことはわかっていたため、耀子は自分でネタを完結させる。そもそも、白雪姫は元ネタの元ネタで、直接的には2010年に発表された物語音楽が出典であることなんて、この場では耀子以外誰一人分かりっこないのだ。


「……ってなるといいんだけどね」

「それはまあ、そうですけど……」


 耀子も文子も、正直なところ自信がなかった。正確には持ってはいけないと思っていた、というのが正しい。自分達ではどう考えてもウィズキッドがカーオブザイヤーにふさわしいと思っている。それでも、国によっては苦戦を強いられている以上、自分たちの思いが絶対的な物ではないことも知っていた。


「それでは皆様お待ちかね!今年のカーオブザイヤーの発表です!カーオブザイヤーというのは……」


 そうこうしているうちに閉会式が進み、いよいよ今年の自動車業界の頂点に君臨する車が発表される時が来た。司会がカーオブザイヤーについて説明した後、いよいよ運命の瞬間が訪れる。


「発表します!今年のカーオブザイヤーは……帝国人造繊維 ウィズキッドです!」


 会場が沸く。耀子たち帝国人繊の社員たちも、少し遅れて跳ねまわりながら喜び始めた。

仕事が炎上していますが、何とか生きています……

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挿絵(By みてみん)

本作世界のチベットを題材にしたスピンオフがあります。

チベットの砂狐~日本とイギリスに超絶強化されたチベットの凄腕女戦車兵~ 

よろしければご覧ください。
― 新着の感想 ―
[一言] N360にはNコロという呼称もあったのですか。ググって確かめてしまいました(失礼)。 私が免許を取得した頃に父が乗っていましてNチンと呼んでいました。 一度だけ、ほんの少しだけ運転してみまし…
[気になる点] この世界線では、世界恐慌はどうなるのかな?
[一言] ここ数話のモーターショーでの試乗評価を見るに、各車長所短所有れどウィズキッドが短所が少なく感じましたね。 走行距離が短いのは給油回数を増やすことで対処できるけど、振動がキツイ、エンジンが煩…
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