パーソナルベスト
自転車で転んだり修理に出していた車を引き取っていたりしていたので、少し遅れてしまいました。
3CVの次はどこを見ようかと二人があたりを見渡していると、なんとなくビートルっぽいが、よく見ると全然違う車を見つけた。タトラ T47である。
タトラ T47
乗車定員:5名
車体構造:鋼製バックボーンフレーム
ボディタイプ:4ドアファストバックセダン
エンジン:タトラ 自然吸気4ストローク空冷水平対向4気筒OHV
最高出力:42ps/4000rpm
最大トルク:7.9kgm/3000rpm
駆動方式:RR
主変速機:前進3速後退1速 遊星歯車式(副変速機と合わせて前進6速後進2速)
副変速機:前進2速 フルシンクロ
サスペンション
前:ジョイントレススイングアクスル横置きリーフ独立懸架
後:ジョイントレススイングアクスル横置きリーフ独立懸架
全長:4070mm
全幅:1450mm
全高:1450mm
ホイールベース:2600mm
車両重量:910kg
ブレーキ 前:ツーリーディング 後:リーディング・トレーリング
「これがフリー素材さんのデザイン……いいセンスしてる……」
「わかります?」
興味深そうに観察している耀子に、文子が尋ねた。
「ドイツのType1の盗作だってドイツの雑誌に書かれて、デザイナーが激怒したって話があったけど、これは怒るだろうなあと思うよ」
秘書の問いに耀子はそう答えた。
「具体的にどのあたりですか?」
「一番大きいのは、馬車を設計する発想から脱却できているか否かってところかな。Type1は客室を真ん中において、周りに必要な物を収める箱を置くって発想から抜け出せてない。ほら、フェンダーが独立していて、サイドシルに踏板があるでしょ?デザイナーが古典的な自動車デザインから抜け出し切れていない証拠なんだよね」
T47を検分しながら耀子は指摘を続ける。
「それに対してT47は……車体をひと固まりで見ている、っていうのかな。まずほしい外形を作って、その中に客室を設ける発想をしているというか……まあ要するにうちとかフィアットとかと同じデザイン手法をとっているのがわかるんだよね」
「T47もType1も、丸くて愛嬌がある見た目をしているのは変わりませんが、T47の方が線が少なくて簡素なデザインに見えますね。これはそういう理由ですか」
「そうそう。形状同士の継ぎ目が少ないから、そんな風に見える。だから、デザイナーのヒトラーさんは激怒したってわけ。とはいえ、それをデザインがわからない人が見分けられるかというと……」
そこまで言って耀子はため息をついた。
「これヘタすると、『簡素にまとめられた優秀なデザイン』じゃなくて『書き込みが少なく寂しい模倣』に見えちゃってませんか?」
「そうなのよね~……BtoC業界って『良いものを作っていれば売り上げは後からついてくる』なんて理想は通用しないのよ。他所と比べて、利点が明確になっていなければ、お客様が評価してくれないから……」
「ビートゥーシー……?」
「あ、民間人に直接物を売る業界の事ね。会社同士で物を売るやつはBtoBって言うのよ」
補足を交えつつ、耀子はままならない世の中を嘆く。
「なるほど……性能的には……ちょっと重い気がしますね」
「シンプルにまとめようとして逆に凝った構造になっちゃってるところが多い気がする。うちの設計部ならもう50kgは軽くできるんじゃない?でもまあ、馬力が小さいのはエンジンが低速志向で全然回らないからだし、乗ってみたら意外とよく走るのかもしれないね」
二人はそのような評価をしたが、史実を考えるとT47レベルでも十分高性能な自動車であると言える。2ストエンジンが高性能化し、一部の国では常識化しているこの世界線が異常なだけなのだ。
「せっかくT47を見たんだから、次はType1を見に行きましょうか」
「そうですね」
タトラのブースを後にし、二人はダイムラーベンツのブースへと向かった。そこには耀子が前世で散々見かけたビートルほぼそのままの車が鎮座しており、世界で最初に発表された大衆車ということもあって主に新聞記者らしき人々が周囲で取材に当たっている。
ダイムラーベンツ Type1
乗車定員:5名
車体構造:鋼製プラットフォームフレーム
ボディタイプ:3ドアファストバックセダン
エンジン:タトラ 自然吸気4ストローク空冷水平対向4気筒OHV
最高出力:42ps/4000rpm
最大トルク:7.9kgm/3000rpm
駆動方式:RR
変速機:前進4速後退1速 1速ノンシンクロ
サスペンション
前:上下二段トレーリングアーム横置きトーションバー独立懸架
後:ジョイントレススイングアクスルトレーリングアーム横置きトーションバー独立懸架
全長:4070mm
全幅:1540mm
全高:1500mm
ホイールベース:2400mm
車両重量:830kg
ブレーキ 前:ツーリーディング 後:リーディング・トレーリング
「んまー……こんなもんかなって感じかな」
「私も同意見ですね。なんというか、無難にまとまっているというか……」
まじまじと案内板と車を眺めた二人は、そんな感想を口にした。
「ある意味凄いのは、何一つ無理はしてないのよ。背伸びは多少してそうだけど、冒険はしていない」
「サスペンションはトーションバーって書いてますけど、よくよく読んでみるとこれ板バネを束ねてるんですよね。うちみたいに丸棒に高周波焼き入れ焼き戻しをしてさらにショットピーニング……みたいなことをしてないんですよ。よく考えますよね」
二人はトーションバーをへし折る毎日を思い返す。念入りに耐久試験を実施する一方、普段自動車テスト部門の応援に入る航空機テスト部門は新型機の開発にかかりきりになっていた。このため、自動車が運転できる人員として秘書課の人々が選ばれ、文子もウィズキッドの試作車を駆って悪路耐久試験をひたすらこなしたのである。女性ドライバーの意見を吸い上げたことで、主婦でも運転しやすい車としての完成度が高まったのは、怪我の功名だったのだろうが。
「無理をしなかったおかげで、T47と車格は同じなのにお値段は比較的安く仕上がってる。自動車としてはT47の方が優れているけど、大衆車としての完成度はこっちの方が高い気がするね」
「まあ乗ってみてのお楽しみってところもありますけど。私、耀子さんはお気に召さなかった3CVに、結構興味あるんですよね」
「私の趣味じゃないってだけで、好きな人は大好きだろうからね、あれ」
「フランス車は変態」と呼ばれていた前世を、耀子は思い出した。
「さて、そろそろうちのブースを見に行きましょう。どんな風になってるかなー」
「フォードやオースチンは見に行かないんですか?」
「フォードの車は大柄すぎてアメリカでしか使えないし、セブンを手直しした程度の車しか出せなかったオースチンのブースに行くのは嫌味でしかないでしょ」
フォードやGMは自信満々に自社製の"大衆車"を展示していたが、デザインが時代相応うえに何もかもが重厚長大すぎ、日欧の有識者から酷評されていた。ただし、これはアメリカ人たちが傲慢であるというだけではなく、アメリカ大陸の道路事情を考慮する必要がある。広大で何もない荒野を安心して走り抜けられるようにするとなると、この時代の技術力では必然的に巨大な車が出来上がってしまうのだ。
オースチンの方は少し前のセブンの成功に胡坐をかいて完全に油断していたようであり、今は新進気鋭のエンジニア「アレック・イシゴニス」を主力に据えて、必死に新型車を開発している。そのうち、あのかわいらしい大衆車が、欧州戦線に加わることだろう。
「それもそうですね」
文子がそういうと、二人はダイムラーベンツのブースを後にし、自社のブースへと歩いて行った。
前回、今回となんか設定語りみたいになってしまって申し訳ありません。精進します。