仏伊小型車競争
今日は金曜日ですが、作者の都合で本日更新とします。
1年程度しか続かなかったとはいえ、第一次世界大戦は中立国に特需をもたらした。その最たる例がアメリカであるが、イタリアもまたその恩恵にあずかっている。史実と違って結局参戦しなかったため、「未回収のイタリア」はそのままになっているが、国家財政は疲弊せず、食糧輸出に専念できた。特に南部の方で影響が大きく、史実よりも南北の経済格差が縮まっている。
「農作物が高く売れて笑いが止まらねえぜ!」
「戦争で若い未亡人が多数発生したみたいだし、稼いだ金を元手にナンパにでも行ってこようかな」
戦争が終わってもすぐには他国の農業生産が回復しなかったため、しばらくの間イタリアは我が世の春を謳歌していた。しかし、他国の農業が持ち直してくると、景気が怪しくなってくる。
「前よりも値段がつかないし、需要もそこまで高くなくなってしまった」
「昔に戻っただけだろ。短い夢だったなあ」
「まじかよ、俺この前畑広げたばっかなんだぜ?」
はてさてどうしたものかとイタリア人たちが頭を悩ませているときに行われたのが、帝国人繊が初参戦で圧勝したラリー・モンテカルロである。それなりの積載量を持ち、小型で取り回しやすく、どんな悪路も走れるジムニーに、多くの豪農が飛びついた。
「こいつだ!こいつがあれば、町まで農作物を卸しに行くのがだいぶ効率的になるぞ!」
しかし、ジムニーの走破性は欧州の道路状況に対して過剰な傾向があった。性能が過剰ということは、価格も過剰になりがちということになる。おまけに海路での輸入品であるから、輸送費も馬鹿にならなかった。
「俺たち貧弱一般農家じゃ、ジムニーなんて買えねえよ」
「なんかもっと安くていい車はねえかな」
そんな時にシトロエンから発売されたのが「5CV シトロン」である。メーカー名とひっかけて黄色をイメージカラーとしたこの車は、ジムニーと同じように小型で取り回しやすく、それでいて従来の小型車の半額で買えたことから、中堅農家はこちらを使うようになった。
シトロエン "5CV シトロン"
乗車定員:2名(3名のモデルあり)
車体構造:鋼製ラダーフレーム
ボディタイプ:2ドアコンバーチブル
エンジン:自然吸気4ストローク水冷直列4気筒OHV2バルブ
最高出力:18ps/2100rpm
駆動方式:FR
主変速機:前進3速後退1速ドグミッション
サスペンション 前/後:リーフリジッド
全長:3200mm
全幅:1400mm
全高:1550mm
車両重量:555kg
ブレーキ 前:ツーリーディング 後:リーディング・トレーリング
「シトロエンにはしてやられましたね……」
「フランス人にばかりいい顔をさせてなるものか。より良い車をこちらも作って売ろう!」
シトロンに対抗し、フィアットは実に10年前倒しで「500 トポリーノ」を発売する。史実と違って使い慣れた技術で構成し、シンプルな自動車としたことで、シトロンに対抗できる価格競争力を身に着けることができた。
フィアット "500 トポリーノ"
乗車定員:2名
車体構造:鋼製ラダーフレーム
ボディタイプ:2ドアクーペ
エンジン:自然吸気4ストローク水冷直列4気筒SV2バルブ
最高出力:13ps/4000rpm
駆動方式:FR
主変速機:前進3速後退1速ドグミッション
サスペンション 前/後:リーフリジッド
全長:3215mm
全幅:1275mm
全高:1377mm
車両重量:535kg
ブレーキ 前/後:リーディング・トレーリング
史実のシトロエンは誤った経営判断により、ベストセラーだった5CVの生産を打ち切ってしまう。しかし、この世界線ではジムニーという外圧があったほか、格下(少なくともフランス国民はそう思っていた)であるフィアットが競りかかっていたため競争心に火が付き、生産を続行。マイナーチェンジを繰り返し、熾烈な性能・販売競争を繰り広げることとなった。
「ヴォワザンさんにはいろんなことを教えてもらって本当に感謝している……でも、今勢いがあるのは小型大衆車市場だ。大型高級車じゃない……」
この状況を受けて、高級自動車メーカーヴォワザンの技術者、アンドレ・ルフェーブルは、1927年にシトロエンに入社。5CVの1928年度マイナーでその卓越した手腕を発揮すると、フィアットを打倒するためにシトロエンが渾身の力を込めて進めている前輪駆動車プロジェクト「TPV」の開発で主導的な役割を任されるようになる。
「おいダンテ、シンクロメッシュの進捗はどうだ?」
「フェッシアさん……こんな感じです」
一方、兵役を終えてフィアットに入社したダンテ・ジアコーサは、トポリーノの主任設計士であるアントニオ・フェッシアのもと、アメリカで開発されたばかりの「シンクロメッシュ」の設計に従事していた。
「ふむ……すくなくとも公差の設定がいまいちなところがいくつもあるが、これは経験だもんな。むしろ一年目でよくここまで書けるもんだ」
「そうなん……ですかね……」
まだ入社一年目のジアコーサは苦笑する。別にフェッシアはおだてているわけでもなんでもなく、ジアコーサの仕事がそれだけよくできているのだ。もっとも、いま彼がこんな重要部品を扱っているのは、フェッシアがジアコーサの才能に惚れこんだからに他ならないのだが。
「ここの公差は……こう設定しないと、製造バラツキによっては組み付かなくなるぞ。ここも一緒だ」
「ああ!確かに……勉強になります」
ジアコーサはトポリーノのマイナーチェンジを題材に、フェッシアの熱心な指導を通じてその腕を磨いていった。このときの経験が、後の「ヌォーバ500」で生きてくることになる。
この時期には多くの天才的自動車技術者が各国で活躍し始めており、21世紀においては一部で「第一次自動車聖杯戦争」と呼ぶ者も居る黄金期が間近に迫っていた。
本当にジアコーサがシンクロメッシュの設計をしたことがあるのかはわかりませんが、史実トポリーノでは「機械部分の大半を任された」らしいので、「マイナーチェンジでミッションをシンクロ化した」という設定にし、そのためにシンクロメッシュの図面を引いているという場面にしました。
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