熱海型砲艦
丁度この時期に建造されてた小さい船があったので利用してみました。
新疆戦線がおおむね片付いた頃、播磨造船所では一隻の軍艦が建造中であった。
「ついにここまできたんですなあ」
「帝国人繊の傘下に入ってから10年はたったか」
播磨造船所の人々が、船を眺めながら感慨深そうに語っている。
「たった200tとはいえ、軍艦は軍艦だ」
「今まで作ってきた漁船は10t級、大発動艇も30tくらいか。」
「それから比べるとずいぶん大きな船を作れるようになった」
ここで建造されているのは熱海型砲艦「熱海」「二見」である。
熱海型砲艦
排水量:250t
全長:50m
全幅:6.8m
機関:三菱内燃機製造 UW6I200D 水冷直列6気筒OHVユニフロー式ディーゼル
最大出力1200shp
最大速力16.0ノット
航続距離10ノット/1000海里
兵装
40口径120mm単装高角砲 2基(砲架2基)
八年式航空機関銃 2基
史実ではこのころに建造された何の変哲もない砲艦であったが、この世界の熱海型はのちの日本の軍艦に使われる軽量化技術……具体的には難燃性フェノール樹脂系GFRPのテストベッドになっていた。船体外板や上部構造物のほか、水密隔壁にも鋼板でサンドイッチするという形態で使われており、全鋼製船体と比べて計算上10%の重量削減に成功している。
「建造は順調でしょうか」
「ああ山階さん」
建造風景の視察と、困りごとの吸い上げのため、秘書の佐藤文子とともに山階耀子が現れた。
「漁船と大発で経験を積ませてもらったおかげで、今のところ重篤な問題は発生しておりません」
「お恥ずかしながら、あの時は6000tの船を扱えるドックで、たった10tの漁船を作るとはドックが泣くぞと思っておりました」
「でも今ならわかります。あれくらいの船から始めないと、FRPという材料をものにするのは難しいという耀子さんの言葉は本当だったのだと」
数人の技術者が恥ずかしそうに言う。
「よく覚えていらっしゃいますね。以前お話した通り、FRPによる乗り物づくりは、鉄の常識が通用しません。強度のわりに剛性や比重がなく、異方性が存在します。主にどの方向から力がかかるかを正しく予測し、積層する繊維の方向を決定してあげなければ、強みを生かすことができません」
異方性とは、力のかかる方向によって発揮できる性能が異なることである。考えてみれば当たり前の話だが、繊維強化樹脂は繊維と平行な方向の力に最も強く、垂直に近くなるほど劇的に弱くなっていく。ついでに言えば圧縮応力よりも引張応力に対して強く、特に強化繊維がアラミド系だとその傾向が強いとされている。
「あれは本当に苦労しました。ガラスクロスを重ねても思うように強度が上がらなかったし、波浪に耐えられないこともあって、何が悪いのかとたびたび帝国人繊さんに助言を求めていましたね……」
「時には山階さん自ら来られることもあって、恐縮してしまったことを覚えております」
技術者たちは当時を懐かしむように述懐した。耀子の前世ではCAEが発達し、コンピューターシミュレーションによってどのような応力がどこにかかるのかを解析することができたが、この時代ではそんなことはほぼ不可能である。しかも当時の播磨造船所の技術力はお世辞にも高いとは言えなかったから、ある意味史実通り体当たりで覚えていくしかなかった。
「いえ、私も結局は樹脂屋さんでしかありませんから、船の事がいろいろ学べてありがたかったですよ」
飛行機よりも歴史の深い船舶業界は、既に優秀な技術者を三井や三菱のような財閥、それから海軍工廠と言ったところが抱え込んでしまっているため、技術者を一から育てる必要があった。そういう意味では、普通の船の経験が不足している状態の方が、先入観にとらわれずに素直に育成が進んでよかったのかもしれない。
「山階さんは勉強熱心ですね。経営者なのに技術をきちんと理解しようとしてくれる。おかげで話しやすくてありがたいですよ」
「不確実なことを断言させようとしたり、短期的に金になるかならないかで物事を判断する奴が多くて多くて……」
(私も嫌な思いをしたからね……)
経営者……というか銀行家に対する不満を口にするうちにヒートアップしていく播磨造船所技術陣を、耀子は生暖かい目で見つめていた。
「勉強に限らず、耀子さんって実は情熱の人ですよね。世間一般では頭脳明晰冷静沈着な才女という認識ですけど」
隣でずっと日傘をさしている文子がそんなことを耀子に言う。
「最初から特に隠す気もなかったけど、実は私脳筋なんだよね」
「ノウキン?」
「脳みそ迄筋肉、力任せに物事を解決しようとする馬鹿ってこと」
自嘲しながら耀子は言った。
「じゃあ、脳みそが四肢に詰まっているということですか。だからそんなに貧弱なんですね」
「それは言わないで」
日ごろの運動不足もあり、耀子の筋力はこの時代の一般日本人女性より低いといってよい。運動神経や反射神経は良いので、持ち前の精神力と併せて自動車の運転は今でもプロ並みであるが、荒事にはめっぽう弱いのだ。今でも鍛錬を欠かさず、こうして耀子の護衛も兼任している文子とは大違いである。
「冗談はさておき、この傘も力任せの解決法と言われると、分からなくもないんですけどね」
「古式ゆかしい『武器じゃない武器』だよ。文子さんの棒術だって、もともと『その辺の棒で戦えるようにする』ための武術だって聞いてるし」
帝国人造繊維総務部警備課と秘書課の一部人員には、文子のGFRP傘をベースにした「護身傘」が装備として支給されている。この傘は中棒に織物材を巻き固めたGFRP極太GFRPシャフトを、親骨に一方向引き抜き材を使用した明らかに強度過剰な巨大洋傘であり、数年に数回ほど機密資料を盗み出そうとする不届き者をシバキ回すのに活躍していた。耀子には言っていないが、文子自身も実戦で使用した経験がある。
「それにしたって、耀子さん妥協しませんよね。こだわりが強いというか」
「其処が私の強さだと思ってるし」
実際には彼女も多くの妥協を経験しているのだが、製品の用途に応じて適切な性能バランスを成り立たせる「調整力」こそが設計者に大事な能力だということも知っていた。二度目の人生というのはこうも生きやすいものなのかと、耀子自身はたびたび喜びを通り越して呆れている。
「まあ、そのこだわりのおかげで助かっている人がいっぱいいるんですから、胸を張ってください」
「言われなくてもそのつもり」
そう言って耀子はこの時代の日本人としてはかなり大きな胸を強調するようにふんぞり返った。彼女は貧乳な文子が何か言ってくることを期待したが、この時代の日本では巨乳であることにことさら価値があったわけではない。そのせいで文子が特に何も面白い反応をしなかったため、耀子は密かにがっかりした。
「……まあ、ともかく、これで海軍との約束も果たせつつある感じかな」
「千坂智次郎中将も喜ぶでしょうね。この次は水雷艇、そして駆逐艦と、どんどん大きくしていくといいと思います」
自分の仕込んでいたものが形になっていく達成感をかみしめながら、耀子達は建造中の砲艦を見つめていた。
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