携行対戦車兵器
一次大戦で装甲車両による大規模な機動戦を実施し、今次大戦でもロシア極東軍を見事に包囲殲滅した日本軍であるが、一方で対装甲車両戦闘の研究はそこまで進んではいなかった。
「戦闘車に対抗できるレベルの火器を歩兵に持たせたら、重すぎて機動性が失われる」
「戦闘車には戦闘車や突撃車、野砲の直射で対抗するべきだ」
一種の理想論である。実際、日本軍の師団は最低でも連隊規模、最高では旅団規模の戦車戦力を保有し、そこに歩兵戦闘車が加わる部隊もあるから、机上では歩兵が不利益を被ることは少ないと考えられた。
「露助の突撃車が突っ込んできたぞ!」
「くそっ、こっちの戦闘車はみんな出払っちまってるのに!」
だが現実は非情である。味方戦車が到着するまでの間歩兵たちはなすすべがないし、相手が大量の突撃車を突っ込ませて騎兵連隊の対応能力を飽和させた場合は味方野砲が直射できる位置まで撤退するしかなかった。
いや勿論、中には史実のドイツ軍よろしく大量の手榴弾を束ねて車体上面へ投擲したり、フィンランド軍のように即席の火炎瓶で放火したり、日本軍らしく落とし穴にはめてツルハシで滅多打ちにしたりした者も居たが、成功率は低いと言わざるを得ない。
「歩兵が1人で携行できる対戦車兵器を開発せよ、か……」
「また難しい注文が来ましたね……」
信煕と原を含む陸軍技術本部の面々は頭を抱えた。最低でも13mm、欲を言えば十二年式戦闘車の砲塔正面装甲に匹敵する75mmの装甲を貫通できる火力を持ちながら、歩兵1人で軽々持ち運べる兵器でなければいけないのである。取り急ぎ、何か装甲を爆砕するいい方法がないか論文を片っ端から漁る作業をすることにしたのだった。
「というわけで、私のところに来たということですか……」
「耀子を頼るのは何かずるをしている気がして仕方がないが、今回は時間がないんだ。何かいい方法を知らないか?」
ここで耀子が「ノイマン=モンロー効果を使えばいいんですよ」というのは簡単である。しかしそれでは信煕の心は晴れないだろうし、かといって「じゃあ自分で探してください」というのは誰も得しない。何より、自分は樹脂の専門家であって、爆薬令嬢ではないのだ。
少し悩んだ後、耀子はこう答えることにした。
「ドイツのエゴン・ノイマンという人が書いた論文を重点的に調べてください。手がかりが書かれてると思います」
「エゴン・ノイマンか。聞いたことはないが、その人物の著作物を重点的に当たってみよう」
「たしか、装甲ではなく、岩盤を穿孔するとか、そういう書かれ方をしていたと思います。そのあたり気を付けたほうがいいかと」
助言を受けた信煕は情報を持ち帰って論文漁りを行い、耀子の目論見通り成形炸薬弾という発想に行き当たった。早速試作を行い、50mmの装甲板を貫通することに成功する。
「梱包爆薬程度の資材でこれだけの装甲板を貫通できるとは……」
実験が成功したことは喜ばしかったが、もともと戦車技師である彼らは少々複雑な気持ちであった。
「どうやって機動している戦車に設置するかという問題はありますが、これを改良していけば歩兵でも戦闘車を撃破できそうですね……」
原が触れた通り、この成形炸薬弾をどのように投射するかというのも問題になった。試験のように敵戦車に設置して退避できればいいのだが、実戦ではまず無理だろう。遠距離から投射できるようにするのが好ましい。
「まずは手榴弾としての実用化を目指そう。それから擲弾筒あたりから射出できるようにして……そうだな、野砲や榴弾砲用の弾種も作っておくと、何かの時に役に立つかもしれん」
そのような経緯で1929年2月に急遽試作品が前線に送られ、その年の5月に正式採用されたのが試製破甲手榴弾、後の八九式破甲手榴弾である。史実の三式対戦車手榴弾によく似た形をしており、円筒形の弾体の一端に麻束が括り付けられていた。この麻束をもって投擲することで、柄付手榴弾のように射程を延長し、さらにバドミントンのシャトルのように弾道を安定させ、確実に弾頭部が目標に接触するようにしていた。
「危なっかしいなあ……」
「ヘルメットを抜けないとはいえ、確実に当たる距離で投げると自分のところまで破片が飛んでくるんだよなあ……」
ただこの八九式破甲手榴弾、前線での評価は「ないよりはマシ」でしかなかった。うまく当てるのにはコツがいる上に、重量も擲弾筒の弾並みに重く、どうしても射程が短かったのである。
「……くそっ!破甲手榴弾を命中させたのに、あいつまだ動いてるぞ!」
「当たりどころがよかったんだろうな、うまく弾薬庫とか発動機とかに当てられればいいんだが……」
また、成形炸薬弾は戦車内部の加害範囲が狭いため、当たりどころが悪いと装甲を貫通できても対象を無力化できないことがあった。これは別に徹甲弾でも同じことが言えるのだが、砲弾と違って狙った部位を狙撃できない破甲手榴弾では問題になりやすかったのである。
「やはり擲弾筒から直射できないといけないな……しかし、あの貫通力を維持したまま弾体直径を50mmまで小型化できるのか……?」
「妹さんなら『できるかなじゃねえ、やるんだよ』って言いそうですけどね」
「……原君が何でその例えを使ったのかはともかく、耀子なら確かにそういいそうだな。いいだろう。やってやろうじゃないか」
陸軍技術本部技術陣の鋭意検討の結果、弾体の長さやコーンの角度、ライナーの材質等を工夫することで、貫通力が大きく変化することが分かった。また、その過程で史実のミスナイ=シャルディン効果も発見し、こちらも後の兵器開発に生かされることになる。
「……この研究が進んだら、戦車なんていらなくなるんじゃないか」
「少なくとも、歩兵科の連中はうるさくなりそうだよなあ……」
この懸念は当たってしまい、後々「戦闘車不要論」が出てひと悶着起きることになるのだが、それはまた別の話。
本当はGFRPコンポジットクロスボウHEAT弾投射機とか出したかったのですが、擲弾筒でいいじゃんとなったためお蔵入りとなりました。
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