双発汎用機
些細なことですが、「閑話:帝国人造繊維賞鷹司杯」の後半を改稿しました。
あと、チベ砂の方も本日更新しておりますのでよろしくお願いします。
「ロシアとの和平交渉は決裂かあ」
「やはりフィンランドで揉めたな」
山階耀子と奈良原三次は、雑談をしながら製図台に向き合っていた。
「二線級の兵器であれだけ活躍できる味方を、手放すような愚か者はいませんからね」
「でもロシアからしてみれば、首都のすぐ横に敵性国家が居座ってるようなものだし、しかも元は自分たちの領土だと思ってるからな。そりゃあ飲むわけがない」
新彊軍が戦争から脱落したことで、一旦はロシアと他の参戦国の間で和平交渉が行われた。しかしロシアはドイツとオーストリアに戦時賠償を要求し、フィンランドの国家承認を取り消すことに固執。領土についてはまったく譲らない姿勢を見せた。当然のように交渉は決裂し、戦闘が再開されている。
「あんまり長引かせていると、今三面図描いてるこれが間に合っちゃいますよ」
「そうならないことを祈るしかねえなあ……」
耀子たちが描いているのは、八七式爆撃機"白鷺"の後継機である「仮称双発汎用機」の三面図である。基本構造は雪鷺から続く双胴双発形式を踏襲し、降着装置や装備を入れ替えることで、対艦攻撃機、襲撃機、爆撃機、迎撃機の4機種を製造しようという試みであった。
帝国人造繊維 NA32X 仮称双発汎用機
機体構造:低翼単葉、双胴
胴体:エポキシ樹脂系GFRPセミモノコック
翼:ウイングレット付きテーパー翼、エポキシ樹脂系GFRPセミモノコック
フラップ:鷹司=奈良原フラップ(ファウラーフラップ)
乗員:2~5
全長:11.0 m
翼幅:15.6 m
乾燥重量:3400 kg 前後
動力
帝国人造繊維 C222B ターンフロー式強制掃気2ストローク空冷星型複列18気筒 ×2
離昇出力:950 hp
公称出力:850 hp
もしくは
日本航空技術廠 寿 2型乙 OHV4バルブ強制吸気4ストローク空冷星型単列9気筒 ×2
離昇出力:805hp
公称出力:691hp
最大速度:350~460 km/h
航続距離:1200~2000 km
実用上昇限度: 8000~11000 m
武装:八年式航空機銃(旋回)×1~4、八年式航空機銃(機首固定)×0~4、毘式機関砲(機首固定)×0~2
爆装:250~1600kg
「この機体は次の戦争のための機体ですからね」
「耀子さんはロシアとの戦争が終わっても、また別の戦争がはじまるとお思いで?」
耀子がこぼした言葉に奈良原が反応する。
「ロシアは今度こそ再起不能になると思いますが、今回の戦争で利益を得ている国が調子に乗るでしょう?」
「ああ、アメリカか。しかしあの国はモンロー主義とか言って、アメリカ大陸から出てこようとしないんじゃないか?」
今のアメリカも、英露両国による水面下での参戦要請に対し、モンロー主義を理由に断り続けている。
「あんなもの法的根拠がないただの標語ですよ。自分たちの都合に応じて平気で足したり引っ込めたりしますから」
「そういえば前にも、海軍の軍縮条約を作ろうとか言って、我が国やイギリスの不興を買ったことがあったな」
この世界線では一次大戦がそこまで凄惨なものにならず、さらにロシアが健在だったため、イギリスが日本の海軍力を引き続き欲していた。そういった事情があってワシントン海軍軍縮条約は締結されていない。史実通り軍縮条約の締結をアメリカが呼びかけたと聞いたとき、耀子は「やっぱりあの国は、自分たちを絶対的な正義だと思ってるんだな」と再認識していた。
「そんな感じですから、いつになるかは知りませんけど、次はアメリカだと私は思います。戦わないで済むのが、一番なんですけどね」
「だよなあ。あの生産力は敵に回したくない」
「ロシアが我々と欧州を敵に回しても戦えているのは、アメリカの援助によって民需をまかなえているので、国内の工業力を全力で軍需に回せるからですよ。恐ろしい話です」
そこまで語り合うと、二人はため息をついた。
「ままならんな」
「ままなりませんね」
弱肉強食な殺伐としたこの時代、平和に暮らそうとするだけで、どれほどの努力が必要となろうか。
「まあ、私達は私達にできることをしましょう。40mmを積んだ航空機で、戦車や突車の天井を穴だらけにしてやれば、侵略者たちも少しはやる気をなくしてくれるのではないでしょうか」
「対空砲火に撃墜されないように、エンジンカウルや操縦席周辺には防弾板を装備し、燃料タンクもすべて耐油ゴムで被覆する。不整地でも着陸できるように頑丈な固定脚にして、エンジンは燃費重視の寿を使用すると……耀子さんも相変わらずえげつない機体を構想するよな」
「コンセプトは『撃つまで撃たれ、撃った後は撃たれない』ですのでよろしくお願いします」
双発汎用機の襲撃型は、史実のA-10サンダーボルトIIを念頭に置いた機体である。大口径固定機関砲と頑丈で低速な機体を組み合わせて、効率よく敵車両を撃破することを主務としている。
「逆に敵の爆撃機に対しては、迎撃機型で対処するわけだ。でも単発戦闘機があればそれでいいんじゃないか?」
「そうであるに越したことはないんですが、双発機の方が火力を高めやすいのです。今はまだ無理ですが、この先速度と防御力を両立させた爆撃機が、どこかの国に出現しないとも限りませんからね」
史実でも双発戦闘機という概念が流行した時期があった。しかし、この双発汎用機迎撃機型は、別にそういった思想の流れで作られているわけではなく、耀子が「B-17絶対殺すマン」としてデザインしているものである。このため、単発戦闘機相手の戦闘は最初から考慮しておらず、もっぱら大火力をもって爆撃機や攻撃機を撃滅するための機体であった。
「それこそ、その速度と防御力を両立した爆撃機が、双発汎用機爆撃機型になったりしてな」
「我々にできたのなら、いつかどこかの国でもできるというわけです。変な話ですが、爆撃機は必ず戦闘機に打倒されるようになっていないといけません」
耀子の言葉には、なぜか妙な実感が込められていた。
「空を制圧できない戦闘機は戦闘機じゃないものなあ……」
「そうならないためにも、我々が常に良い材料と良い機体を日本に送り出していく必要があるというわけです」
単発戦闘機も、そろそろ次の機体の開発が日本航空技術廠で始まることだろう。すでに仮想敵となりつつあるアメリカは強大であるが、タダで負けてやるつもりは耀子にも、奈良原にも、日本軍にもなかった。
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