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山ごもりの成果

 1929年1月、チベット軍と共同で新疆のコルラを攻略した日本軍第12師団は、チベット機動第1旅団と別れて北進し、首府ウルムチを攻撃した。


「日本軍がすぐそこまで迫っているだと!?コルラとの間には天山山脈があるではないか!何故そこで防御しない!」

「していました……していたんですが、奴らまるでチベット人どものように自由自在に動き回るものですから、我が軍もロシア軍も翻弄されてしまい……」


 金樹仁に当たり散らされた部下はしどろもどろに答える。チベット独立以降、日本やイギリスの陸軍は、チベットに師団規模の軍を送り込んで山岳戦の経験を積み重ねていた。第12師団も戦争勃発当初たまたまチベットで訓練していた日本軍の師団である。


「自分たちの庭で翻弄される陸軍なんて聞いたことないぞ!」

「ですが実際に起きているのですから……」


 日本軍がチベットやオーストリアで山岳戦や冬期戦の訓練を積んでいたのは、現地に住む山の民の知恵を吸収して装備や戦術に役立てたり、国同士の友好を深めたりするためであった。まさか本当に中国の奥地でその技能が活用されることになるとはだれも思っていなかったが。


「ええい、山で戦えないなら平地で戦えばいいだろう!全軍をここウルムチまで集めろ!市街戦で決着をつける!」

「市民を巻き込むつもりですか!?」

「日本軍を追い返すために必要な犠牲だ!我が新疆の繁栄のためにも、奴らは何としてでも撃滅しなければならん!」


 部下が仰天して聞き返したが、金樹仁の決意は変わらない。逃げることができた市民も居なかったわけではないが、そもそも集落間の距離が遠く、インフラも劣悪な新疆では、ほとんどの市民に逃げ場など無いに等しかった。




 天山山脈を踏破し、新疆軍の防御陣地を打ち破った日本軍は、前日に警告放送を行ったうえでウルムチ市街地へ突撃を開始した。


「くそっ、連中どこに潜んでいるかわかったもんじゃねえな!」

「住民もろくに避難出来てねえし、あいつら一般市民と心中するつもりかよ!」


 銃弾が飛び交う中で、物陰に隠れている日本兵たちが新疆軍の対応に毒づいている。


「後先考えてねえのか、今までの連中と違ってバンバン撃ってくるしな!」

「ロシア兵でなくともまともな練度だし、こりゃ主力を温存してたな!お山の大将らしいや!」

「こっちは補給が厳しいから、久々にきつい戦いになりそうだぜ!」


 「一対一の戦いでは、弾倉により多く弾が入っているほうが勝者となる」と後にエルヴィン・ロンメルも述べている通り、弾薬を潤沢に使える方が、戦いを優位に進めやすい。国力なども考えると、実のところ両者の間に使える弾薬の量の差はあまりないのだが、後がない新疆軍は苛烈な抵抗をしているということである。


「っ!伏せろ!」

「うわっぷ!」


砲弾の飛翔音を聞いて慌てて伏せると、後ろの民家に砲弾が直撃した。


「……あのやろう!自分とこの市民だろうが関係ねえのかよ!」

「相手は露助と支那人だぞ?民間人に配慮すると思うか?」

「許さねえ!砲撃ってのはな、こうやるんだよ!」


 激昂した日本兵は手早く擲弾筒を構えると、手近な敵陣地めがけて榴弾を放つ。空高く撃ちあげられた砲弾は積まれた土嚢の上から新疆兵たちのただなかへ落下し、炸裂した。


「へへっ、ざまあみろ!」

「よくやった!この調子で敵の抵抗を排除していくぞ!」


 お互い厳しい懐事情をやりくりしながら、銃砲弾を盛大に消費していく。熾烈な戦いは2日間にわたって行われ、両軍は大きな損害を被った。




「市民を壮絶な市街戦に巻き込んだ末に、味方を背後から撃って降伏するとは、全く度し難い連中だな」

「新疆軍は少数の漢民族が多数のウイグル人を支配する体制でした。自分たちを抑圧していた漢人やロシア人が我々と衝突して消耗すれば、その不満が爆発するのも当然の事でしょう」


 廃墟と化したウルムチを見ながら、第12師団師団長の竹上常三郎中将と、参謀長の森下千一大佐が語り合っている。市街戦では流石に互角の戦いが繰り広げられ、竹上中将も一時退却を考えるほど苦戦した。しかし、新疆軍やロシア軍で指揮官級の負傷や戦死が相次ぐと、ウイグル人兵士やウルムチ市民が反乱を起こして日本軍に降伏してしまったのである。


「どさくさに紛れて殺された、金樹仁とかいう奴はそれを理解していなかったのか?」

「捕虜の話を聞く限りそのようです。クーデターで政権から追われ、現在チベットに亡命中の楊増新とはえらい違いですね。彼はそのあたりかなり慎重なかじ取りをしていたようです」

「とはいえ、彼は彼で保守的に過ぎ、地域の成長が停滞してしまったと……まったく、世の中うまくいかないものだな」


 楊増新がクーデターを起こされたのは、竹上中将が語ったとおり保守的過ぎて地域の成長が停滞してしまったからだというのも理由の1つである。そういった意味では金樹仁は憂国の士であったのだが……あまりにも小物過ぎたと言えるだろう。


「何はともあれ、トルファンをはじめとした他の町でも、ウイグル人兵士による反乱が相次いでいるそうです」

「何はともあれ、これで新疆は戦争から脱落するだろう。我が軍にもしばらく休養が必要だし、ちょうどいいな」


 すでに開戦から半年が経過しているロシア戦争。そのきっかけとなった辺境の戦いは、2月上旬までに新疆軍の瓦解という結末を迎えたのであった。

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挿絵(By みてみん)

本作世界のチベットを題材にしたスピンオフがあります。

チベットの砂狐~日本とイギリスに超絶強化されたチベットの凄腕女戦車兵~ 

よろしければご覧ください。
― 新着の感想 ―
[一言] 12師団隷下に、13歩兵連隊が居て全員山岳レンジャー徽章持ちだったりな。
[一言] ロシアの侵攻が始まるよりも前に この話を始めていた作者さんは慧眼ですね。
[一言] ロシア帝国って史実と違って続いているんですね レーニンの蜂起はあるのかな? その時期次第じゃソ連国内の平定にかかる時間の分 この先の戦略がけっこう変わるかも? ヒトラーみたいに排除出来たら戦…
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