アメリカの満州経営
史実の清は辛亥革命によって滅亡したが、この世界線では以前述べた通りアメリカの介入によって生存している。アメリカ人たちは大量の資本を投下し、思い思いの産業を興して回収しようとした。
「おーい!向こうでまた石油が出たみたいだぞ!」
アメリカのオイルメジャーは史実日本の比ではない規模の資源探索を行い、仮想戦記ではおなじみの大慶油田ばかりか、遼河油田までもを発見してしまった。
「ゴールドラッシュならぬオイルラッシュだ!」
「日本に売りつけて儲けようぜ!」
結果論しか目がいかない日本人たちはこれが面白くない。講和の仲介手数料としてはあまりにも高すぎたのではないかとの批判がでた。
「やっぱりアメリカに満州の権益を渡したのはまずかったんじゃないか!」
「政府は何をやっていたんだ!」
当時侍従武官だった鷹司煕通は、明治天皇と趣味の乗馬をしていた時に前述の批判を評して
「どんな時でも勝ち馬を見極めることができる選馬眼があったら、どんなにいいでしょうね」
と語っており、陛下と暫く愚痴を言い合っていたという。
とはいえ、アメリカが清国内で発見した油田の実態が伝わってくると、批判の声はだんだん小さくなっていった。
「どちらの油田も、出てくるのはほとんど重質油なのか……」
「これで喜ぶのは海軍さんぐらいだろ」
「土建屋も舗装用のアスファルトを欲しがるんじゃないか」
「いずれにせよ、我々の欲しいものではなかったということだな」
大慶油田も遼河油田も、出てくるのは重質油であるため、ガソリンエンジンには使いにくかったのである。重油であればよい海軍はともかく、これで陸軍は未練を断ち切れたといっていいだろう。加えて言えば、遼河油田は掘削も難しく、採掘コストが高くついているのもネックだった。
「石炭より石油から合成する方が安く上がる試薬が多いな」
「樺太油田は生産量が伸び悩んでいるし、清の石油を安く買いたたいた方が利益が出そうだ」
帝国人繊に原料の大部分を供給する日本窒素工業は、清産の原油を重宝していたが、ガソリンなどの燃料用途の物は、やはり自家生産の樺太油田の方が良質であり、棲み分けがなされていた。
さて、清に話を戻そう。最初のころは資源を輸入しなくても国内が回っていたが、やがて石油化学工業をけん引役として工業化が進んでくると、主に非鉄金属が需要に対して不足するようになった。先述したように、ここに近寄ってきたのがロシアである。
「米ドル建てで決済していただけるのなら、このぐらいの値段で資源を売りますよ」
「我が国はアメリカとの商取引が盛んだから、米ドルは比較的用意しやすい現金だな。ぜひその条件で取引させてほしい」
この時のロシアは重工業化に力を入れるあまり他の産業がおろそかになっていたため、広大な穀倉地帯を抱えているのにもかかわらず、物不足に陥る一歩手前まで行っていた。補填にアメリカからの輸入を頼っていたのだが、その代金として両替が不要な米ドルが有用だったのである。
「革命が起きた時はどうなるかと思いましたが、この満州は今やここまで豊かな国になりました。列強共も、ここまでわが国が強大になれば、生半可な文句は言えないでしょう」
奉天市街の街並みを眺めながら、張学良は父に言った。
「甘いな」
まったく爆殺される気配のない清国首相であり、学良の敬愛する父張作霖は、そう言って苦笑した。
「なぜです?」
「この奉天の繁栄を支えているものをよく考えてみろ。我が国の努力と実力だけではないはずだ」
「これが砂上の楼閣とでもいうのですか?」
学良が疑問を呈する。
「アメリカ限定ではな。まだまだあの国の技術指導がなければ作れないものはたくさんあるし、政府中枢にもアメリカ人が入り込んでいる。それに最近、資源の面ではロシアにも紐をつけられてしまった」
作霖がやれやれと言った様子で息子に語る。
「満州だけになってしまっても、我が国の潜在能力は日本に勝るとも劣らないだろう。だが、それは将来の話であって今ではない。ここに見えているものはまやかしでしかないのさ」
「……我々には、まだまだこの『幻』を少しずつ『実態』にしていく努力が必要なのですね」
学良はそう言って不満そうにため息をついた。アメリカの支援により、清は何とかその命脈を保ち、満州の地で再起を図っている。その臥薪嘗胆は確かに実を結びつつあるのだが、アメリカというアヘンによって見せられた幻覚であるところも「現在は」多く存在していた。
彼らが結局大国に流されるままなのか、それとも再び自立できるのかは、まだわからない。
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