四分五裂
日本軍は沿海州北部を占領し、アムール川沿いに防衛線を敷くと、戦力の一部を抽出して今度は釜山への強襲上陸を成功させた。
「我が軍の力で日帝を打ち払い、大韓帝国も世界の一等国であることを示すのだ!」
両班たちは鼻息荒く日本軍の釜山橋頭保を攻撃する。関東大震災から5年間の間に、彼らの軍隊はロシア式の教育を受け、装備も列強の二線級ぐらいのものはそろえられていた。
「敵は十倍といえど恐れるな!日本男児の意地を見せてやれ!」
しかしいくらなんでも相手が悪かった感じは否めない。ここに立てこもっているのは、もとより敵中に孤立することも任務上想定される海軍の特別陸戦隊である。この世界でも老兵や虚弱な兵が多いのは史実と変わらないものの、上陸戦と、そのあとの橋頭保防衛戦に特化した装備を多数保有しており、単純な火力だけなら同規模の陸軍部隊よりも優れていた。
「そこらじゅうに墓がたっているな……我々の到着が遅かったのか……?」
「お、陸さんじゃないか。ちょうどいいところに来てくれた」
「この前突撃してきた韓国兵の死体を埋葬してやりたいんだが手が足りなくてな。手伝ってくれないか?」
それを聞いて陸軍兵士は唖然とする。
「……まさか、あれ全部韓国兵の墓なのか?」
「そうだが?」
「あいつら執拗に突っ込んでくるから、俺らみたいな爺にはきつくてかなわんかったわ」
陸戦隊の老兵達はため息をついた。戦果を誇らないところを見ると、大変だったのは本当らしい。
「……ここをよく守り切ってくれた。感謝する」
「おう。俺たちが命をかけて守った橋頭保、大事に使ってくれよな」
疲れているらしい陸戦隊員も、ようやく笑顔を見せた。
「ああ。南北から韓国兵とロシア兵を挟撃して押しつぶしてやるから、しばらくゆっくり休んでくれ」
「ところがな、もう次の仕事が決まってるんだ」
「こんなおいぼれにも花を持たせてくれるのはありがてえが、ちいと爺使いが荒いんじゃねぇかなあ」
この特別陸戦隊の一団は釜山橋頭保を陸軍師団に引き継いだ後、今度は朝鮮北部の清津に上陸し、朝鮮と沿海州の連絡を絶ったのである。
「まるで机上演習みたいに見事な作戦ね」
新聞で戦況を追いかける耀子は、自分もゲームだったらこんな風に攻めるだろうなと考えながら、陸軍の戦略をほめた。
「なんでも、とある陸軍参謀が立案したものらしいよ?上官への態度が悪くてあまりいい噂を聞かない人なんだけど、この戦況を見る限り能力は本物みたいだね」
論文を書きながら芳麿が話を掘り下げる。
「……それ、もしかして石原莞爾って人?」
耀子はいぶかしげな顔をして芳麿のほうを見た。
「え、何で知ってるの?……ってそうか、その人は史実で名を残した人なんだね?それも、その表情を見る限りはあまりよくない意味で」
「当たっちゃったか……『天才と狂人は紙一重』って言葉を体現したような人よ。中国から謀略で以て満州をかすめ取り、日本の傀儡国に仕立て上げるっていう大失態を主導した人ね」
芳麿の問いかけに対し、耀子がため息をついた後答える。
「そんなことしたら、今のアメリカみたいに欧州から総スカンを食らうんじゃないか?」
「おっしゃる通り。あれが原因で日本が国際社会から孤立し、ロクな味方が居なくなったことが、アメリカとの破滅的な戦争をする大きな原因の1つになったの」
「なるほど……要監視対象……ということなのかな」
耀子も芳麿も一級の要人であるため、だいぶ前から陸軍情報部とのコネが存在している。
「それはもうしてもらってるんだけど、今のところただの『上官をなめ腐ってる天才参謀』でとどまってるあたり、監視されているのを察してるかもしれないわ」
「……相変わらず耀子さんの家はすごいな」
「それほどでもない」
やっぱり耀子さんは手を回していた。しかも謙虚にもそれほどでもないと言った。
「まあ、彼が中央の統制から離れようとしない限り、特に不安視する必要はないんじゃないかな」
「どうせ私たちは民間人。祈ったり願ったりすることしかできないからね……。この世界線の人々を史実の色眼鏡で見る癖、やめた方がいいんだろうなあ……」
幼少期と違い、下手に自分の世間に対する発言力が増えたせいで、あれもこれも自分が何かしようと耀子は考えるようになってしまった。日本は曲がりなりにも民主国家であるし、今自分たちの生きているこの世界は矛盾の名を冠する某社の戦略級RTSでもない。
結局、ずたずたに分断されたロシア極東軍と韓国軍は各個撃破され、この年の冬を超えることができなかった。
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