この頃西蔵に流行るもの
夜討強盗偽綸旨……ではありません
ここは陸軍技術本部。今は日本の戦車技術を支える設計局として有名になっている。
「チベットでは十年式にむりやり75mmを載せて運用しているようだ」
「現場からも好意的な意見が多いようです。特に随伴歩兵を務めることが多い我が軍の歩兵からは、『うちにもほしい』という意見が上がっています」
十年式戦闘車……と言うより、毘式機関砲の陣地攻撃力不足は以前から指摘されていたことである。十二年式中戦闘車の開発理由も、十分な陣地攻撃力を持つ75mm級の主砲を装備した戦車が現場から求められていたというのがあった。
「まあ、そんな需要があるのはわかり切っていたし、十年式が早晩力不足になることも読めていたから、我々はこんなものを作っていたというわけであるな」
陸軍技術本部 試製自走砲
車体長3.7m
全幅1.9m
全高1.8m
戦闘重量:7.0t
乗員数:3名(運転手、車長兼装填手兼無線手、砲手)
主砲:八四式車載砲
口径:75mm
砲身長:2.3m(31口径)
砲口初速:510m/s
装甲貫通力
破甲榴弾:66mm/90°@100m、59mm/90°@500m
九一式徹甲弾:70mm/90°@100m、63mm/90°@500m
装甲
戦闘室正面:25mm
戦闘室背面:7mm
車体正面
上部:13mm30°
下部:13mm30°
車体側面:13mm90°
車体背面:7mm90°
車体上面:7mm
車体下面:7mm
エンジン:帝国人造繊維"A040C" 強制掃気2ストローク強制空冷水平対向4気筒
最高出力:120hp/3000rpm
最大トルク:34.7kgm/1400rpm
最高速度:42km/h
「固定戦闘室だと、せっかくの機動性が生かせないと思うのだがなあ」
「戦闘詳報によると『野山砲が自分で走ってくれるのは楽でよい』という理由で支持されているので、機動力を生かして如何こうしたいわけではないみたいですね」
信煕がぼやくと、原が現場の要求を代読した。
「英国機動歩兵軍は、快速だが最低限の防御しか持たない『突撃車』と、鈍足だが走破性は高く重防御な『突破車』の二本立てだそうだが、足の遅い歩兵の立場からすると機動戦が不得手であることはあまり気にならないんだろうな」
史実でも、ドイツのグデーリアンが機動力に優れた中戦車を高く評価していたのに対し、用兵側は火力と防御力の高い重戦車の方を欲しがった、と言う話もある。
「現場の声が常に正しいというわけではありませんが、基本的に使う人間の意見を無視して作られた製品はろくなことになりませんからね」
「俺も十年式の開発で多少は学んだつもりだったが、まだまだ精進が足りんな……」
冒頭で「こんなもの」と呼んでいた通り、信煕は歩兵直協用途なら十年式軽戦闘車が最適なバランスであり、この試製自走砲は機動戦に使いにくいため、バランスが悪く使い勝手が悪い兵器だと考えていた。しかし、現実にはその「バランスが悪い兵器」の方が現場から好まれている。世界の先頭集団をひた走っており、参考にできる者がないのだから当然ではあるのだが、信煕は己の未熟さを恥じ入るのだった。
この後制式に採用された八八式自走砲は、十年式戦闘車よりも低コストで生産できる歩兵直協車両として次第に生産割合が増えていき、最終的に十年式戦闘車が生産終了した後も、既存の十年式戦闘車を改造するという方法で生産が続行された。十年式戦闘車自体が前線で活躍した時期は長くないが、こうした派生車両の母体となることでコンポーネント自体は長期にわたり活用され、開発費の圧縮に貢献している。
「チベットの砂狐」の感想欄で出ていた「十年式軽戦闘車改」を見た日本軍の反応でした。絶対的な性能は多少のバランスの悪さをひっくり返してしまうんですよね。
感想をいただけるとモチベーションにつながりますので、お気軽に書き込んでください。
もし差し支えなければブックマークや評価の方もよろしくお願いします。