恵まれた指揮官からクソみたいな国力
日本の周りに続いて欧州方面がどうなっているかというお話。フィンランド人マジフィンランド人で、なんか勝手に活躍してくれるので書いてて楽しかったです。
開戦から2か月の間に諸外国が何をしていたかというと、1点を除いて何もできていなかった。火事場泥棒的に旧領を回復しようとしたドイツとオーストリアはあっという間にその進撃を止められてしまい、逆侵攻されないように耐え忍ぶのが精いっぱいといった状況である。
欧州方面で唯一の大きな動きは、フィンランドが独立したことだ。バルチック艦隊をドイツ海軍と共同で掃討したイギリスは、日露戦争の時から日本が独立をあおっていたフィンランドをうまく利用し、タイミングよく蜂起させて自国の部隊を無血上陸させたのである。
「故郷、フィンランドのためにこの身を捧げることはやぶさかではないんだが、なぜ私はイギリス軍からこんなに持ち上げられているんだ……?」
フィンランド共和国軍最高司令官に就任したカール・グスタフ・マンネルヘイムは、やたらと便宜を図ってくれるイギリス軍にありがたさと胡散臭さを感じていた。
「我がフィンランドの独立がロシアを屈服させるのに必要だというのはわかる……すごくわかる……我が国の立地はサンクトペテルブルグにほど近く、ここに根拠地ができるのはとてつもなく強いからな」
この時のロシアの首都はサンクトペテルブルグ──人によってはレニングラードと呼んだ方が通りがいいかもしれない──であり、フィンランドの首都ヘルシンキからほど近い。
「だが旧式とはいえ、やたらと装備をよこしてくるのはどういうことなんだ……!うちはただの前線基地だろう……!?後でどんな要求をされるのか全く読めん……!」
イギリスは日本がチベットにしたように、自国の旧式装備をフィンランドに大量に供与していた。これはイギリスが日本からマンネルヘイムがいかに素晴らしい軍人であるか、フィンランド人民にいかに兵士としての才能があるかを長年吹き込まれ続けており
「日本がそこまで言うのなら使ってみるか」
と、特に期待せず、猫におもちゃを与えるくらいの気軽さでだぶついていた旧式装備を渡している感じであった。だがこの世界線でもやっぱりフィンランド人はフィンランド人である。
「……イギリスの小銃は精度がいいな。リロードしやすくて二の矢も撃ちやすいし、10発装弾できるのもありがたい」
ロシア陸軍の偵察小隊をたった1人で全滅させた後、シモ・ヘイヘはそう独りごちた。彼の手には、イギリスのリー・エンフィールドが握られている。
「いい銃だ。さすがは大英帝国といったところだな。ちゃんと50発の弾丸で50人殺せたぞ」
ハユハは戦友と見張りを交代した後、たまたま拠点を訪れていた英国軍士官にリー・エンフィールドの性能をほめる発言をした。
「……ひとりで、50人やったのか?」
「そうだが?」
それがなんだというのだろう、という様子でハユハは英国士官の質問に返答する。
「すげえだろこいつ!人間だろうとケワタガモだろうと一発で仕留めるんだぜ!」
困惑する士官にフィンランド軍士官──アールネ・ユーティライネンがウザ絡みをした。フィンランドが独立していなかった影響で、フランス外人部隊での勤務が史実よりも前倒しされており、その経験を買われて小隊指揮官をしている。
「パッパ、彼に迷惑だろう。やめてあげてほしい」
「いや、いい、慣れたから……」
淡々とやめるように言うハユハ。それに対し英軍士官はアールネに好きにさせることにした。
「というか、君たちは何なんだ?一人で50人狙撃したり、突撃車を単独で5両撃破したり、フィンランドではそれが普通なのか?なんでそんなことができるんだ?」
フィンランド軍の働きを見て来いと言われて派遣されたこの士官。最初はお粗末な軍隊の巻き添えを食らって無様に戦死するのかとげんなりしていたが、理解不能な活躍をするフィンランド軍に別の意味で打ちのめされている。
そんな彼の質問にアールネとハユハは顔を見合わせた後
「「練習だ」」
とだけ答えた。
一方のチベットも、ラサ-ゴルムド間の経路を復活させ、そのまま新疆の首都ウルムチに向かって攻勢を強めている。なかでも、各地に分散配置されていた軽戦闘車と、日本軍のお古の突撃車をかき集めて編成した機甲旅団が猛威を振るっているらしく、日本を含む海外メディアの関心を買っているようだ。
「チベットの砂狐って……すなおにチベットスナギツネって言えばいいじゃん……」
朝刊を読んでいた耀子は笑いをこらえきれない様子である。
「そんなキツネがいるのかい?」
「え、芳麿さん知らないのチベットスナギツネ」
「そりゃあチベットにも狐はいるだろうとは思うけど、固有種がいるなんて知らないな」
この場の全員が知らないことだが、チベットスナギツネの撮影に成功したのは21世紀に入ってからである。狐の専門家ではない芳麿が知らなくても無理はない。
「なんかこう……正面から見ると『この世の闇を見すぎて感情を失った人』みたいな何とも言えない表情をする狐なのよ。いつもそんな顔してるわけじゃないと思うけど」
「それは……逆に見てみたい気もするね」
年甲斐もなくはしゃぐ耀子を見て、前世の記憶が刺激されたのかなと、芳麿は苦笑した。同時に、自分も知らないような秘境の動物が、一般庶民の間で話題になる世の中とは、いったいどれだけ技術が進歩していたんだろうとも思う。
「戦争が終わったら、行ってみる?チベット」
史実だと、このころの芳麿は妻を連れて主に東南アジアで鳥類の調査を行い、タッチの差で新種の命名権を認められたり、赤痢アメーバに感染して長年苦しんだりしている。しかし、この世界線では子供が生まれたり、妻を下手に海外へ出せなかったり、子供が生まれたり、戦争が起きたりしたため、日本国内の離島ぐらいにしか調査に行けていないのだ。
「久しぶりに鳥学の王道に戻ってみたい気持ちはある。前も話したけど、雑種不妊性の絡みで細胞とか染色体とかまで勉強しないといけなくなって、さすがに大変なんだ」
代わりに、史実より早く雑種不妊性の研究を始めており、北海道大学の小熊教員に師事しながら遺伝子関係の勉強をしている。
「じゃあ、世界が落ち着いたら行ってみましょうか、チベット。耀之と響子はどうする?」
「うーん……」
「チベットって遠い国だよね?飛行機乗れるなら行きたい!」
耀之は微妙な顔をし、響子はチベットそのものより飛行機に興味があるらしい。
「じゃあとりあえず空の旅にすることにしよう。戦争が終わるまでにまだ何年かあると思うから、耀之は今すぐに決めなくていいよ」
「わかった。ありがとうお母さん」
山階一家のチベット旅行はこうして決まったのだが、実際に現地を訪れるまでにはそこからさらに数年を要したのであった。
手癖で書けるって素晴らしいですね……
いつも感想ありがとうございます。こうして執筆をつづけられるのも皆様のおかげです。作者のモチベーションにつながりますので、お気軽に書き込んでいただければ幸いでございます。
あと、スピンオフ小説として、今話でも言及があったチベット女性戦車兵の物語「チベットの砂狐」を連載中です。こちらも合わせてお楽しみいただければ幸いでございます。