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【外伝】チベットの砂狐

 今年のゴールデンウィーク前くらいに父方の祖父が亡くなったため、新年のあいさつはご遠慮申し上げます。

 今年最後の更新です。お楽しみいただければ幸いでございます。

 突如として侵攻してきた新疆軍が、国境を越えてチベットの首都ラサまであと120kmのところに迫ったとき、王立士官学校3年()のカヤバ・ミカ・サカダワは、幼馴染であるオールコック・キャロリン・トーギャーとともに、いつもは訓練で使用している十年式軽戦闘車に乗って敵を待ち構えていた。


「……いよいよ実戦だぞ、ミカ」

「はい」


 実の父であり、教官であり、ついでに今回は車長でもある萱場氏郎が、娘に覚悟のほどを問いかける。


「これから我々は、自分たちのために名も知らない兵士たちを殺す。操縦手のキャロはまだいいが、ミカは直接その引き金を引くことになるぞ。後悔しないな?」

「砲は私が構えましょう。照準も私が定めましょう。ですが、彼らを殺すのは上官たる()()()()の殺意です。上の人間が殺すといった以上、部下である私には彼らを殺す義務が生じます。そこに後悔も罪悪感もありません」


 戦場の空気に当てられて興奮しているのか、娘たる部下はいつになく饒舌に回答した。


「……ちゃんと勉強はしているようだな。さあ、そろそろ新疆兵が見えるころだろう。全員、生きて還るぞ」


1911年末のチベット再独立前からこの地を守ってきた日本人は、教え子たちにそう訓示した。




「方位3-3-0、歩兵隊」

「方位330、歩兵隊……照準不可、有効射程外」

「だろうな。ひきつけるぞ」

「了解」


 チベット高原は起伏が激しく、草木こそ乏しいものの、身を隠せるくぼみには困らない。稜線から砲塔だけを出し、ミカたちが敵を待ち受けていると、有効射程外に敵歩兵が見えるようになった。


「……妙に隙だらけですね」

「完全な奇襲攻撃だったから、国境警備隊ぐらいしか新疆からここまでの間に戦力が配置されていなかったんだ。気も緩むだろうさ」


 萱場の言う通り、新疆軍は国境警備隊を撃破した後、実に500kmもの距離をほぼ無抵抗で進軍できてしまっていた。ここ10年でインフラが整備されたといっても限界があるので、それなりに時間がかかっているし、その分気も緩んでしまう。偵察隊を放って付近の起伏に何か潜んでいないか調べてはいるようだが、道中で拾ってきた高地戦訓練中の日本兵たちに楽々処理されているところを見ると、おざなりになっているようだ。


「でも、ここからは日本語で言うところの地獄の一丁目になる。そうでしょ?おじさん(きょうかん)

「ミカ、お前また変な単語をキャロに教えたろ……まあそうだ。俺たちの手で、ここを地獄に変える。できなければ、死ぬのは俺たちだ」


 萱場はまるで自分に言い聞かせるように、キャロリンの問いかけに答えた。

 やがて、割と無警戒に射程内に敵歩兵が入ってくる。中隊各車の車長は、時折キューポラから頭を出して周囲を確認し、先行偵察隊が戦車跨乗兵(タンクデサント)によってきちんと排除され、自分たちを発見していないか警戒を続けた。


≪教官、まだ攻撃しないのですか?≫

≪焦るなツェダ。もう少しひきつけないとすぐに有効射程圏から脱出されてしまうだろ。もう少しの辛抱だから我慢してくれ≫


 僚車の車長である士官学校4年生のキナー・ツェテン・ダワをなだめつつ、萱場はじっと敵歩兵隊の接近を待つ。


(とはいえ、俺以外は全員素人だ。むしろ良く今まで勝手に発砲しないでくれたと思った方がいい)


 お察しの通り、この急造戦車中隊「戦車教導大隊第1中隊」は、チベット王立士官学校戦車科の生徒達を主力として構成されている何とも末期戦の香りが漂う部隊である。チベットでは日英からの投資によって急増する生産力・技術力に対し、あまりにも軍人の成り手──正確には絶対的な人口──が少ないため、陸軍では戦車と航空をはじめとするいくつかの兵科において、女性の士官学校入学を認めている。と言うか、男性はみんな歩兵科に取られてしまうため、「乗り物に乗って戦う兵科」の士官は女性ばかりであった。


「……」


 じっと攻撃命令を待っている娘のミカ・サカダワも、操縦席でそわそわしている同僚の娘のキャロリン・トーギャーも、そんなチベットにはよくいる「女性戦車兵」の卵である。まだチベットが自分で戦車を作ることはできないが、現在激戦が繰り広げられているゴルムド(ガルム)に自前の油田があるため、動かすための燃料は豊富にあった。


≪第1中隊、攻撃開始!≫「放てぇ!」


 もう我慢の限界だろうと判断した萱場は、攻撃命令を下し、砲手(ミカ)に射撃を命じる。号令一下、各車両に装備されている39口径40mm毘式機関砲が火を噴き、目標を瞬く間に血霧へと変えていった。


≪各車後退の後、主砲の弾倉交換を待って配置を転換せよ!再攻撃位置は各車長に任せる!もたもたしてると砲弾が飛んでくるぞ!≫「全速後退!」

「Aye aye sir!」


 4.0L強制掃気2ストロークエンジンが唸り、6tに満たない車体を稜線の向こう側に引っ張り込む。


「……再装填ヨシ!」

「俺たちは右に転回して射撃位置を変えるぞ!キャロ!随伴歩兵を轢くなよ!」

「Affirmative!」


 萱場教官車は配置を転換し、また別の稜線からハルダウンの体勢を取った。


「照準ヨシ!」

「放てぇ!」


 壊乱する敵歩兵に対して0.98kgの40mm榴弾が秒速620mで撃ちだされ、彼らの足元に命中しては炸裂していく。萱場が砲塔から身を乗り出して様子を見るに、僚車もそれなりにうまくやっているようだ。


「初動はよし。だが、こっからが厳しくなるな……」


 先遣隊を壊滅させてしまったため、次の攻撃は今回とは比較にならないくらい苛烈なものになるだろう。ラサに行くには谷底を進むか山を上り下りするしかなく、すでに要所を抑えている自分たちにとって状況は有利だが、とにかく練度と戦力が心もとない。


「ちょっとやり過ぎちゃったかもしれないね」

「そんな派手に殺してたの?それはそれで見たかったかもしれないなあ……自分の位置からだと、丘の向こうで何が起こってるのか見えないんだ」

「あのさあ……」


 砲手席のミカに対して、操縦席のキャロリンが軽口をたたく。


「下手にこの期に及んできれいごとを並べているよりよっぽどいいぞ。それより、次に来る相手は相当激しい攻撃をしてくるからな。今のうちにゆっくり休んでおけよ」

「今しがた叩きのめしてやった彼らの復讐戦になりますからね。この辺で我々が防衛線を引いていることも露見しましたし、次はもっと念入りに偵察と、支援砲撃が来るはずです」

「ただ、それを今から準備していると攻勢発起が最速で夕暮れになってしまい、練度に不安のある敵軍には同士討ちの危険があるので、おそらく払暁を待って攻撃をしてくるだろう……であってる?」

「あってる……そうですよね?教官?」


 萱場の指示に対して、その理由をミカとキャロリンが得意げな顔で確認した。


「……その通りだ。わかってるなら車外で少し休憩してろ」

「了解」

「敵の再攻撃に備えて英気を養ってまいりますっ」


 しばらく後、カヤバ・ミカ・サカダワはチベット随一の戦車兵として名を上げ、いつしか「チベットの砂狐」という通り名まで付くようになる。とはいえ、このときはまだ、ただの一士官学校生でしかないのであった。

 下のほうにも書いてある通り、本作品のスピンオフ小説「チベットの砂狐」の連載を始めました。あちらの連載に注力するため、こちらの更新速度を落とします。作中世界とリンクしており、戦争がはじまると耀子が空気になってしまう分、「チベ砂」で硝煙の香りをご堪能いただければ幸いでございます。


 例によって感想が執筆の励みになっております。些細なことやご指摘等でも構いませんので、書き込んでいただけるとありがたいです。

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挿絵(By みてみん)

本作世界のチベットを題材にしたスピンオフがあります。

チベットの砂狐~日本とイギリスに超絶強化されたチベットの凄腕女戦車兵~ 

よろしければご覧ください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 旦那だ あのシーン大好き(*'▽'*)♪
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] チベットスナギツネって、なんとも言えない、微妙に見える、文字通りの砂を噛んだような表情の代名詞みたいなものですよね。 それがタイトルって…いったい…。
[一言] 負けたら悲惨かもだけど、後々戦車道がチベットの女性の嗜みになりそうな展開ですな。
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