豊作
この世界線であの二人をどうやって遭遇させようかなあと考えた結果、こういうシチュエーションを作ることにしました。
道雄さんが標準語で話していますが、いわゆる外行きと言う奴です。
1926年4月、ついに生産畑の下っ端から常務取締役まで上り詰めた鈴木道雄は、その役職に見合わない仕事をしに浜松高等工業高校を訪れていた。
(……毎年思うんだけんど、こんな来られても全員拾うことはできんに……?)
目の前で自分が口を開くのを今か今かと待っている、大勢の学生たち。道雄は浜松高等工業高校に帝国人造繊維の企業説明会をしに来ているのだが、もうすでにすべての時間帯で入場整理券が無くなってしまっている。
「えー、それでは午前9時台の帝国人造繊維企業説明会を始めさせていただきます」
開始の挨拶をしただけなのに、学生たちから歓声が沸き起こる。あまり地元に帰ることができていない道雄にはいまいち実感がわかないのだが、彼は完全に「地元の英雄」と化しており、豊田佐吉と並んですさまじい人気を誇っていた。というのも、耀子をはじめとする開発側の人間が新製品の発表があるたびに生産現場へ謝意を伝えるため、彼の活躍がよく知られているからである。
「……弊社の強みは材料開発から製品の量産までを一貫して行えることでございます。設計と量産の両方をこなす企業はそこそこありますが、製品に使用する材料まで自社で開発できる企業はなかなかないのではないでしょうか。この強みが最大限に生きるのが主に航空機の分野でございまして……」
学生たちは必死の形相でメモを取り、道雄の話に耳を傾ける。ここまで浜松周辺地域のエリートコースに乗ってきた彼らである。その最後の締め、そして新たな始まりとして、地元の名士が勤めている大企業に就職するうえで有用な情報が転がっているのかもしれないのだから、あたりまえの話だった。
説明会が終わった後は晩餐会である。粗末ではあるが軽食が出され、それをつまみながら企業関係者と雑談ができるのだ。さすがに直接道雄と話すのは勇気がいるのか、彼のもとに来る学生はまばらである。
「……?」
ふと、会場を見渡してみると、隅の方で黙々とおにぎりを食べている学生が気になった。
「君、ちょっといいかね」
「なんでしょう……!」
声をかけられた学生は顔を上げると、相手が道雄であることにびっくりしたのか、慌てて食べかけのおにぎりを口の中に押し込んで飲み込んだ。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。えーと、私にどういった御用でしょうか……」
「いや、なんかこう、君のことが気になってな。その……ほかの学生は思い思いの企業関係者と話をしているのに、君は黙々と食事をしているから」
道雄がその場で考えたテキトーな理由を話すと、学生は恥ずかしそうに自分が隅の方に居た理由を語る。
「ああそれは……私はあまり自分を売り込むのが得意ではないので、下手に志望企業の方と話すより、この時間はただ飯を食っていたほうが有益かなあと」
「成程、悪くない考えだ……君、名前と志望企業は?」
「木村俊三と言います。志望企業は御社……と言いたいところですが、鐘淵紡績さんに入れれば御の字かなあと……」
「と言うことは繊維産業に関わりたいということだね?いくつか君の意見を聞いてみたいことがあるのだが」
道雄は恐縮する木村と、技術的な話題から将来の展望まで様々な話をし、木村が全体的に堅実で地に足のついた考え方をする人間であることを読み取った。就職活動に当たってきちんと勉強したのだろうか、物づくりという行為について基本をしっかり押さえられている。
「……おっと、もうこんな時間か。もう少し君と話をしていたいが、最後に1つだけいいかね」
「なんでしょうか」
「今の日本に必要なもので、弊社に作れるものは何だと思う?」
「庶民の……いや、個人の足ですね」
木村は一瞬考えた後、道雄に自分の回答を示した。
「個人の足、とは、どういう意味かね」
「庶民の足と言う意味では、大量生産によって徹底的に価格を下げた御社のジムニーとその兄弟車が、その役割を担っていると思います。しかし、絶対的に高価であることには変わらず、『個人の足』ではなく『家族の足』になっているのが現状です。なので、徹底的な簡易化によって価格を下げた二輪車……それこそ、自転車に発動機をつけたような、個人でも購入出来る簡便な乗り物が必要ではないかと愚考いたします」
史実におけるパワーフリー号の発想である。考えてみると、今の帝国人繊のトップ層は道雄自身を含めて革新的な人間が多く、木村のように堅実で保守的な人間が少なかった。これは一見良いことのように聞こえるが、経営が暴走して会社を突然死させるリスクが高いことも意味しており、手放しで喜べることではない。
「……うむ、気に入った。君、うちに来て娘を貰ってくれ」
「……は?」
道雄が何を言っているかわからない木村が素っ頓狂な声を上げた。
「言葉通りの意味だ。私の家に婿入りして、帝国人繊でその能力を存分に発揮してほしい」
「わ、私如きでよろしいのですか?」
「実のところ、弊社は君のように『ちゃんと前を向いて歩ける』人間が意外と少ないのだ。技術的なこともしっかり勉強していて頼りになるようだし、これほど都合のいい人材はそういないんだよ。受けてくれるね?」
「……わかりました。その話、謹んでお受けいたします」
このような経緯で木村俊三は史実より早く鈴木家に婿入りし、鈴木俊三として帝国人繊で着実に成果を上げていく。入社早々に手掛けた「パワーフリー号」で存在感を示すと、その能力を買われて「ある物」の開発に抜擢される。
この年はほかにも堀越二郎や佐々木達三といった素晴らしい人材が帝国人繊に入社しており、まさに豊作の年となったのであった。
この人たちを引っこ抜いてくると、全員同期入社になっちゃうんですよ……びっくりですよね……
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