あの企業は今-2
宇部「鉱」産になっているのは仕様です(前回名前が出た話も密かに修正してあります)。
「バーデンアニリン&ソーダ工業」は過去話で散々出てきたあの企業のことです。
「まずは製品を製造する原料を買っている会社ね。代表的なのはここの3社かな」
と言って耀子は
・原料
日本窒素工業
三共
バーデンアニリン&ソーダ工業
の三社の名前を紙に書く。そういえば、ホワイトボードとかあると便利だったなあと今更思った。
「もともと原料はドイツのバーデンアニリン&ソーダ工業から買っていたのだけど、それを見た商社勤めの人が『これは金になる』と思って興した会社が日本窒素工業ね」
「ドイツの会社から買っていたというのは、お義父さん……鷹司煕通がドイツ留学に行ったことがあったから、かな?」
「それもあるけど、ヘキサメチレンジアミンを現実的な値段で売っていたのがあそこだった、と言うのもあるかな」
昔を懐かしみながら耀子は芳麿に語る。
「……その時、お母さんは何歳だったの?」
「四歳」
「えぇ……」
「お母さんがおかしいだけだから、気にしちゃだめだよ。耀君はよくやってる」
耀子は唖然とする耀之をなだめた。
「えーと、今は原料の大部分を日本窒素工業から買っているわけだね。残り2社から仕入れているのは?」
「三共さんからは主にフェノール樹脂とかエポキシ樹脂のような熱硬化性樹脂、バーデンの方からはニッチツさんでまだ作れない薬品類を輸入してる感じかな」
ちなみに、こういった化学メーカーは、宇部鉱産とか日本シェル石油とかから原料を輸入していると補足して、耀子は次の話題に入る。
「原料が届いても製造設備がなければ製品は作れないよね。うちは自分で製造設備を作っちゃうこともあるけど、大体は芝浦製作所か豊田式織機にお願いすることが多いかな」
と言って、
・設備
芝浦製作所
豊田式織機
と紙に書いた。
「芝浦製作所は"からくり儀右衛門"こと田中久重が設立した会社なんだよね」
「あー、そういえばこの前行った博物館でそんなこと書いてあった気がする……」
知識は複数の方面から結びつけることで強化されていく。それを面白いと感じることができる者が、学究の徒になれるのだろう。血は争えないのか、少なくとも耀之にはその才能があるようであった。
「繊維の生産設備は豊田式織機さん、それ以外のホットプレス機とか射出成形機とかは芝浦製作所さんに作ってもらってるね」
耀子としてはそれぞれの生産設備がどういうもので、と言う話をしたかったが、脱線しすぎるので次の説明に移ることにした。
「繊維系の製品はこのままうちの中で一般市民に売れる状態までもっていって、鈴木商店さんとかに売ってもらう。だけど、飛行機とか自動車とかの乗り物はうちだけじゃ作れないから、これだけの会社に協力してもらうの」
耀子はそういうと
・サプライヤー
三共内燃機:板金、(自動車は溶接、組み立て作業もここ)
日本楽器製造:内装品
豊田式織機:エンジンなどの鋳造部品
東京電機:電装系の部品
日本輪業:タイヤ、ホースなどのゴム部品
小糸源六郎商店:灯火類
播磨造船所:飛行艇の艇体、フロート
と書き記した。
「うちのジムニーが、お母さんの会社で作っているのに、『三共の』ジムニーって呼ばれることがあるのは、三共内燃機で作っているからってこと?」
「正解。内装品の一部と設計は帝国人繊だけど、実際に作っているのは三共内燃機さんで、売っているのは鈴木商店なの。わかりにくくてごめんね」
常々自分でも面倒な関係になっているなあと思うだけに、耀子は苦笑した。
「確か、ジムニーは車体やエンジンを載せない状態で他社にも販売しているんだったな?」
「そうそう。うちのフレームを使って、いろんな車が作られているの。皆さんよく考えられていて、ベンチマークのたびに感心してるわ」
そう言って耀子は
・ジムニーコンポーネントの卸先
三菱内燃機製造→パジェロ
石川島造船所→エルフ
東京瓦斯電気工業→TGE
他、海外のカロッツェリアなど
と書いた。
石川島のエルフは、ジムニーのコンポーネントでどうにかガスデンのTGEをしのぐ積載量を稼げないか考えた結果、キャブオーバー型トラックの形状に行きついたという代物である。歴史の修正力と言う奴なのか、見た目も史実の初代エルフによく似ており、試作車を見た耀子が冗談で「エルフ」の名を提案したところ、そのまま採用されてしまったのだった。
「カロッツェリア?」
「欧州、特にイタリアで自動車の車体を作っている会社の事。あそこは本当にいい仕事するのよ」
「へぇー」
「フレームに美しい車体を載せて自動車にすることが商売になるくらい、欧州は進んでいるってことなんだろうね」
今生では本気で絵を勉強したこともあり、耀子自身もそれなりのデザイン能力がある。しかし、どうしても機能美を優先しがちで富裕層好みの華美な絵を描くのが苦手なこともあり、最近デザイン部を創設して佐々木達三と豊口克平の2名を採用、配置していた。特に前者は史実でスバル360のデザインを手がけた人物であり、彼らをうまく育ててイタリア並みのデザイン能力を会社につけさせたいと考えている。
「とまあ、ここまではお母さんの会社の、いわば仲間みたいな会社の話。次はもっと政治的なことを話すよ。耀君的には、こっちの方が学校で役に立つ分聞きたい感じなんだよね?」
「うん。妙に仲良くしてくる子も居るし、逆に張り合ってくる子も居るから」
こどもの世界も大変だよなあと思いながら、耀子は
・五大財閥との関係
鈴木:出資者
三井:出資者が敵対
三菱:良好
住友:良好
安田:普通
と紙に書いた。
「結構みんなとは仲良くしてるんだ」
「おかげさまでね。三菱さんとはお国に奉公するという面で気が合うし、住友さんは傘下の日本楽器製造さんと大口の取引をしているから、結構仲良くやらせてもらってるよ」
三菱も重工系に強みを持つ財閥であることもあって、お互いの強みを生かしあって国を盛り立てていこうという暗黙の了解がある。たとえば、帝国人繊が航空業界で空技廠と双璧を成しているため、先ほど出てきた三菱内燃機製造は航空分野に進出しておらず、逆に帝国人繊は三菱が強い金属製輸送機器(つまり自動車や大型艦船)の分野には足を踏み入れていなかった。
「安田財閥との接点はあるのかい?」
「保険関係とかであるけど、そのくらい。多分他の企業と一緒だと思うなあ」
耀子は考えたこともなかったという感じでぼんやりとした答えを返す。安田財閥は金融に強みを持っているため、耀子のような技術畑の人間とはあまり接点がない。
しかし、実は自動車保険の制度について、無料ロードサービスを付与するべきといった助言を行っており、これが遠因となって後々安田財閥からも好意的に扱われるようになった。
「後は、取引してるわけじゃないけど関係がある企業って言うと、この辺かなあ」
と言ってまた紙にいくつかの企業や政府機関の友好度を書きだす。
日本銀行:実は出資者
神戸製鋼:鈴木商店が出資しているので仲が良い
日本航空技術廠(空技廠):軍用機の開発・審査機関なので、頻繁に交流
愛知時計電機、川崎造船所:空技廠が開発した機体をよく生産している企業
東洋レーヨン:三井系の競合他社。好敵手
「あ、日本銀行が出資しているんだ」
「そそ。だから一応半官半民の企業なんだよ。麻布のおじいちゃんの人徳さまさまって奴よ」
「……日本にはいろんな会社があるんだね」
知ってる会社も知らない会社も、本当にいろんな企業の名前が出てくるので、耀之は圧倒されていた。
「そうだよ。日本だけじゃなくて、それぞれの国の中で、本当にたくさんの会社が協力し合ってみんなの生活を支えているんだ」
「その中にはお父さんもお母さんも名前すら知らないような会社がたくさんあるの。それでも、原則として社会を支えるのに必要な大事な仲間だって言うことは、忘れないようにしたいよね」
とても小学校低学年の児童にするような話ではなかったが、それでも、このときの経験が彼の人生を豊かにしていくことになるのかもしれない。
覚えている限り書きましたが、取りこぼし等あったら教えてください。
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