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掲げる毒杯

11/13 14:30 90話と矛盾が生じる部分があったのを修正。日本が1922年から参戦していたものと思い込んでいました……

 1926年10月、日本チームは満を持して水上飛行機レースの最高峰シュナイダートロフィーレースに挑む。


「さあ三コーナーを回って最後の直線!先頭は日本の佐藤章!モンテカルロのチャンピオンが!日本の空で栄冠に向かって突き進みます!」


 現地のアナウンサーが興奮気味に状況を伝え、会場では歓声が沸いた。アジアの後進国だった日本が、欧米の先進国である列強のチームを打ち倒そうというのである。しかもこの時は日本で開催されているから、50万人以上の観客の大多数は日本人であった。


「二番手争いは熾烈なたたき合い!外はイギリスのシドニー・ウェブスター!内は日本の武部鷹雄!そして間からイタリアのマリオ・デ・ベルナルディが懸命に伸びてくる!」


 早仕掛けと絶妙なコーナリングによって先頭に立った佐藤を3機が追いかける。機体の最高速度は日英伊の間であまり差はないことから、ゴールまでエンジンがタレなければ佐藤の勝ち、そうでなければ後続3機の誰かが勝者となる真っ向勝負だ。はたして、運命(ミラ)は、設計者を信じ、メカニックを信じ、天運を信じた佐藤に微笑む。


「しかし佐藤との差が縮まらない!二番手は横一線大混戦!まさかこれは……!行ってしまうぞ!行ってしまうぞ!佐藤章が逃げるぞ!イギリスイタリア追いすがるが!前には届かないっ……!日本チームが!シュナイダートロフィーを制しました!」


 彼が優勝したことで日本は次回のレース開催権を手にすることができた。このときの川鴉の仕様は以下のとおりである。


帝国人造繊維 ST21R 川鴉 1926年仕様

機体構造:高翼単葉、飛行艇

 艇体:ガラス繊維強化フェノール樹脂セミモノコック

 主翼、エンジンナセル:炭素繊維強化エポキシ樹脂セミモノコック

乗員:1

全長:7.1 m

翼幅:7.2 m

乾燥重量:800 kg

 全備重量:1050 kg

動力:帝国人造繊維 "C222C" ターンフロー式強制掃気2ストローク空冷星型複列18気筒

 離昇出力:1578hp/3600rpm

 公称出力:1452hp/3200rpm

最大速度:660 km/h


 1924年に日本が二着に食い込んだ時、各国は素直に称賛した。前年に未曾有の大災害に見舞われ、首都が壊滅してもなお強さを見せつけたのだから、祝福するのが筋だと誰もが思ったのである。だが、次の1926年に優勝を果たしたとなると状況は変わった。


「何だあの機体は」

「前回もエンジン以外ほぼ同じ機体で通しているのにあの強さはおかしい」


 欧米列強は帝国人造繊維の強さの秘密を探るべく、合法非合法問わずあらゆる手段を使って調査を進める。そして、あるヒントと仮説にたどり着いた。


「川鴉はあり得ないくらい軽量だ」

「何か未知の樹脂材料を使っているに違いない」


 帝国人造繊維の癖からして、特許を取得しているだろうと、欧米列強は特許文献をもう一度確認し始める。しかし66ナイロンの時とは違い、耀子はCFRPの特許を取得していなかった。これは「特許出願した発明は、必ず公表される」という性質があるためである。


「よく『特許で技術を縛る』という言い方や使われ方をするので誤解されがちだけど、特許とは元来画期的な発明を広く開示し、公共に資することが目的の制度なの。だから『独占権』は技術を公表することの対価として与えられるだけに過ぎなくて、『満了日』が設けられているというわけ」


 こうした事情から、あまりにも重要過ぎる技術はあえて特許出願されず、秘匿することがある。仮想戦記ならば「世界に八木・宇田アンテナを公表させないため、論文の発表や特許の出願を止めさせる」というムーブが代表的だろう。なお、この問題について耀子はそこまでしなくてもいいと考えたため、特許は取得させ、それを自分たちで買い取るという対応をした。


「そして、特許情報を漁っても『帝国人繊の新素材』の情報が開示されないので、しびれを切らした欧米列強の情報部が帝国人造繊維(うち)に工作を仕掛けているというわけですか」


 耀子の東北大学時代に彼女の護衛を務め、そのまま帝国人造繊維社員としてラリー・モンテカルロに参戦し、その時のコ・ドライバーと結婚した佐藤文子は、現在また耀子の護衛として産後休暇明けの彼女に張り付いている。1926年のシュナイダートロフィーレースから海外工作員による謀略が活発化しているためだ。このため佐藤一家は、一時的に山階一家と同居する羽目になっている。元から近所に住んでいて家族ぐるみの付き合いがあるため、それ自体はさほど問題ではないのだが。


「そういうこと。他人のおこぼれにあずかることしか頭にない下賤な連中だよ」


 怒り心頭と言った様子で耀子が吐き捨てる。今のところ彼女自身は日本陸軍情報部と帝国人造繊維総務部警備課の献身によって直接的な被害を受けていないが、CFRPの開発に携わった研究員や川鴉の操縦経験があるパイロットが尾行されたり、執拗な引き抜き交渉をされたりと、会社に実害が出ていた。陸軍情報部は煕通らを経由した耀子の働きかけで史実よりだいぶ増強されてはいたが、チベット周辺がきな臭いこともあって手が足りていない。


「こういう時はイギリス情報部がいつもなら助太刀してくれるんですが、今回は動きが悪いです。彼らもそれだけあの技術が欲しいんでしょうか」

「ロシアあたりがうちの社員を拉致した後、それをしれっと救出した上で何食わぬ顔で尋問するとかやりかねないなあ。1926年のレースは、それだけ強い勝ち方だと思われたんだろうけど……」

「でもCFRPの技術は絶対渡せませんよね、どうしましょうか」


 CFRPはその製造に多大なエネルギーを要求する贅沢品である。つまり、史実よりはるかにマシとはいえ、工業国としてまだまだ粗削りな日本より、資源も工業力も勝っている欧米列強の方が有効に活用できる材料だ。例えば"CFRP製のP-51"なんて作られた日には、史実以上にアメリカ一強の状態になってしまう可能性がある。


「……鉛の盃でバクダンを飲んでいる紳士には、グラスできちんとしたカクテルを飲む大切さを教えてあげましょ。これでうまく食いついてくれるといいんだけど」


 耀子は関係各所と連絡を取り、シュナイダートロフィーレースで使った"きちんとしたカクテル"を餌に、イギリス情報部の協力を取り付けることにした。

わざわざ警備「課」が設立されてしまうくらい他国に狙われる帝国人造繊維。忘れがちだけど半官半民の会社だし、仕方ないね。

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挿絵(By みてみん)

本作世界のチベットを題材にしたスピンオフがあります。

チベットの砂狐~日本とイギリスに超絶強化されたチベットの凄腕女戦車兵~ 

よろしければご覧ください。
― 新着の感想 ―
実況が日本最速サラブレッドで芝
[気になる点] 「4年間もエンジン以外ほぼ同じ機体で通しているのにあの強さはおかしい」 1922年から参戦していたと勘違いしたから「4年間も」と書いてしまい修正されてないのでしょうか? それとも19…
[一言] まあ技術に関しては日本も昔から貪欲に他国の物を取りに行ってるからなぁ
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