鉄の愛馬が!
いつの間にか100話超えたのか。思えば遠くまできたもんだ。
時はさかのぼり1919年、陸軍派遣学生として東京帝国大学を卒業した鷹司信煕は、そのまま陸軍技術本部付となり、自身の論文で発表した「戦闘車」の具現化プロジェクトに参加することとなった。
「戦闘車」とはつまるところ戦車である。信煕の卒論内容は「航空戦での爆撃機に相当する歩兵戦闘車が、円滑に敵陣を攻略するため、航空戦での戦闘機に相当し、あらゆる障害を高い火力と装甲をもって排除する装甲戦闘車両がこれから先必要になってくるだろう」と言ったものであった。
「とりあえず、まずは櫛淵との約束を果たすか」
論文を書いたのが自分ということもあり、PJ内の階級は下から数えたほうが早かったが、プロジェクトチーム内の主導権を握った信煕は1年足らずで最初の戦車を完成させる。
陸軍技術本部 試製一号戦闘車
全長3.7m
全幅1.9m
全高1.8m
重量:4.9t
乗員数:2名(運転手、車長兼砲手兼装填手兼無線手)
主砲:毘式四十粍機関砲(ヴィッカースQF2ポンド砲)
装甲
砲塔正面:13mm
砲塔側面:13mm
砲塔天蓋:7mm
砲塔背面:7mm
車体正面
上部:13mm20°
下部:13mm60°
車体側面:13mm90°
車体背面:7mm90°
車体上面:7mm
車体下面:7mm
エンジン:帝国人造繊維"A040C" 強制掃気2ストローク強制空冷水平対向4気筒
最高出力:120hp/3000rpm
最大トルク:34.7kgm/1400rpm
最高速度:42km/h
構造的には三年式突撃車をぶったぎり、大幅に車体を小型化したものである。それに伴うパワートレインの小型化もあわせて、7t以上ものダイエットに成功した。手ごたえを感じた開発チームは、有識者を呼び寄せて、この試製一号戦闘車の評価を実施する。
「こいつは……難しい兵器だな」
汗だくになりながら車両から降りてきた櫛淵は、外で待っていた信煕にそう告げた。
「難しい?」
「こいつは確かに強い。強い兵器なんだが……車長一人で、指揮、射撃、再装填、無線交信の4つの作業を行わなければいけないのが、端的に言って職人芸だ。今みたいに平常時ならともかく、戦場では忙しさのあまり判断を誤ってもおかしくないと思う」
櫛淵の言葉を、信煕はきょとんとした顔で聞いている。
「……そうなのか?よ……山階さん」
「普通の人はそうです。の……鷹司さんがおかしいだけです」
呆れた顔をしながら、新婚ほやほやの山階耀子は実の兄に突っ込みを入れた。なぜ彼女がここに居るかと言えば、帝国人造繊維のA型エンジンは彼女が中心となって設計したものだからである。……と言うのは建前で、単純に信煕が耀子にも車両を見てほしかったからだ。
「櫛淵さんとしては、どうしてほしいですか?」
「少なくとも砲塔内にあと1人は欲しい。最低限、指揮と射撃は明確に分担するべきだと思う」
「私も同じことを考えていました。お……鷹司さん、砲塔を車体幅ぎりぎりまで広げて、もう一人分の空間を作りましょう」
櫛淵と耀子はもう一人乗員を増やして3名にすることを主張する。
「しかし、もう重量は5tぎりぎりだぞ?確かにこの車両はやっつけ仕事と言っても間違いじゃないが、もう一人人間を載せられるようになるのか?」
「ふふふ、簡素化と軽量化にかけては右に出るものがないのが弊社でございますよ?自動車メーカー仕込みの徹底的な重量管理というものを見せて差し上げましょう」
「……本業は合成繊維のはずなのに、どうしてそうなったんだろうな……」
怪しい笑みを浮かべている妹に、兄はため息をつきながらそう言った。
陸軍技術本部 十年式軽戦闘車
全長3.7m
全幅1.9m
全高1.8m
乾燥重量:4.8t
戦闘重量:5.9t
乗員数:3名(運転手、車長兼無線手、砲手兼装填手)
主砲:毘式四十粍機関砲(ヴィッカースQF2ポンド砲)
装甲
砲塔正面:25mm
砲塔側面:13mm
砲塔天蓋:7mm
砲塔背面:7mm
車体正面
上部:13mm30°
下部:13mm30°
車体側面:13mm90°
車体背面:7mm90°
車体上面:7mm
車体下面:7mm
エンジン:帝国人造繊維"A040C" 強制掃気2ストローク強制空冷水平対向4気筒
最高出力:120hp/3000rpm
最大トルク:34.7kgm/1400rpm
最高速度:42km/h
当時まだ東京大学に派遣されていた原乙未生まで引っ張り出し、縦置きイシゴニスレイアウトによるパワートレインのパワーパック化や、史実で原が発明した遊星歯車式操行装置の採用、全面的なレイアウトの見直し、砲塔の拡大などを行った結果、一回り小さいSPIC(戦後ドイツで試作された偵察用軽戦車)のような見た目の車両が完成。十年式軽戦闘車として制式化され、今まで冷や飯を食っていた騎兵を機械化すべく量産が行われた。
この措置に騎兵科の兵士はもちろん、将校も歓喜したのだが、所詮は軽戦車ですらない豆戦車である。やがてその能力に対する不満が聞かれるようになった。
イシゴニスレイアウト:イギリスの自動車設計者アレック・イシゴニスの開発したパワートレインのレイアウト。トランスミッションの真上にエンジンを二階建てに置くことで、全長を切り詰めることができる。本来はFFレイアウトの横置きエンジン車で行う手法であるが、耀子はA040系が水平対向エンジンであることを生かして縦置きで実装し、パワーパック化してパワートレインを小型化したということ