大規模衝突
さて、対する中華民国側であるが、盛大に内輪もめをしていた。地方に軍閥が割拠していることからもわかる通り、この時代の中華民国は中央の統制が完全に行き届いている地域はそこまで広くない。雑な言い方をしてしまえば青天白日旗のもとに集っている軍閥の連合体が、このころの中華民国という国であった。
「今の状態では列強に舐められてしまう!北伐を実施し、北京ででかい顔をしている直隷派の連中を屈服させなければいけない!」
「内戦など起こしてしまえばそれこそ列強に付け込まれるだろう!今は各省の自治を許してでも中華民国全体の力を底上げすべきだ!」
血気にはやる孫文はたびたび武力による真の国内統一を主張し、聯省自治を掲げる陳炯明らと対立する。
「中国には強い支配者が必要だ!」
「そうやって強引にまとめてもうまくいったためしがないではないか!」
こんな調子で議論は平行線をたどり、自勢力内の意識統一もされないまま、孫文は中華民国の政権を牛耳っている勢力と武力衝突を起こし、無残に敗走した。この時期の中華民国の中枢を握っていた直隷派はほかの軍閥とももめ事を抱えており、例えば列強と戦争にでもなれば──それこそ史実の日中戦争のように──たちまち団結したであろうが、辺境がチベットにかすめ取られている程度では本腰を入れて対応しようとはしなかったのである。
「とりあえず、一息はつけそうだが……いつまでこの平和が続くかわからん。国内の有能な者はもちろん、日英もうまく使って、この間に国内外の備えを万全にしておけよ?」
「仰る通りでございます。やれるだけやってやりましょう」
ダライ・ラマ13世は大臣たちに命じて富国強兵を急がせた。そして彼らの懸念通り、1928年7月に事態が動いてしまう。
「楊増新、新彊の未来のため、死ん……うぶっ!?」
「おやおや、殺生はいけませんよ漢人諸君」
新彊一帯を統治し、中華民国中央に干渉されることもなく鎖国的な統治をしていた楊増新が、部下の部下である樊耀南らに襲撃されたのである。
「貴様らは何……ぎゃっ」
「名乗る程の者ではございません。しがない托鉢僧にございます」
この暗殺はチベットの諜報部隊によって辛くも阻止されたが、楊増新は新彊からチベットへの亡命を余儀なくされ、代わって金樹仁が支配権を握ることとなった。
「中隊長、大変です!新彊の連中が我が軍に攻撃を仕掛けてきています!」
「なんだと!?」
このクーデターに前後して新彊軍は突如としてチベットを攻撃、上層部が密かに兵力を集めていたため、資源地帯であるツァイダム盆地は防衛に成功したものの、ナクチュ方面の戦線が突破され、首都ラサまであと100kmのところまで進撃を許してしまった。
「今こそ友邦の危機を救うときだ!日本男児の意地を見せてやれ!」
「ダライ・ラマ猊下万歳!天皇陛下万歳!」
「聞いたか!?ジャパニーズ・サムライは友邦のために死ぬ気らしいぞ!」
「紳士たるもの、素晴らしい心意気を持った勇者を見捨ててはおけませんな!」
新彊軍にとって運が悪かったのは、ラサ周辺に「たまたま」高地戦闘訓練をしに来ていた日英の2個師団が駐屯しており、即座に義勇軍としてラサ防衛に参加したことだろう。ただでさえ戦闘経験豊富な日英陸軍の中でも、選りすぐりの精鋭である彼らにとって、ろくな訓練も受けていない貧弱な装備の新彊軍は射的の的でしかなかった。
だが、この攻勢には新彊軍以外の参加者がいたのである。
「くそっ、今度のやつらは気合が入ってるな!」
「この感じ……まさか露助か!」
さすがに戦況をひっくり返すには至らなかったが、ロシアからの義勇軍が新彊軍の中に紛れ込んでおり、日英チベット軍を散々苦しめたのである。
つまり、今回新彊で起こったクーデターは裏でロシアが手を引いており、自身の中央アジアにおける勢力を拡大するため、日英の支援を受けるチベットを亡き者にしようとしたのであった。
「モンゴルを支援しているロシアの策に乗るのは癪だが致し方ない……チベットを攻撃せよ!新彊方面からの攻勢に戦力を回せないようにするのだ!」
最悪だったのは、幾度もの武力紛争を経て中国国内を概ね統制した蒋介石が、ロシアに密かに支援されてチベットへの攻撃を再開したことである。彼らは代償としてモンゴルとの国境線を不利な方向で確定させられてしまったが、地下資源などが発見され、日英の支援で国力が付いている今のチベットを奪取できれば十分元が取れると考えた。
「直ちに義勇兵を撤収させろ!今回の武力衝突は、全てロシアが仕組んだことだと調べもついているんだぞ!」
「なにをおっしゃいますやら。彼らはただ旧領を取り返そうとしているだけです。その中にロシア人がいたとしても、彼らの夢に共感してやってきただけにすぎません」
日英はロシアに猛抗議するが、案の定まともに話し合いがなされない。全面衝突に至るまでには、もはや秒読みという段階であった。
流石にこの世界のチベットはスターリンを呪殺したりはできません。そもそもこの世界の筆ひげ、よくて地下活動、悪いとすでに処刑済みでしょうし。