188 魔道具の利権
ルミナスが戻り、女王として即位することで、新たなスタートを切る事になった魔導王国イルーム。
その王の間にて、今後の国政において主要なメンバー……ルミナスの叔母にあたるミラージュ公爵、導師でもあるニックル伯爵や、他の導師たちによる会談が続いている。
裁判制度など整っている訳ではないので、今の所、立法権も司法権も、この場のメンバーが握っていると言っても過言ではない。
導師シェラウドの罪状を確定させるため、会談は、取り調べの様相を呈していた。
「シェラウド、正直に話してください。言いにくいようでしたら、場所を変えましょうか。
ニックル伯爵、別室で、話をしていただけますか? その内容次第では、本人、ご家族への処罰も変わるかも知れませんしね」
ルミナスとしては、国を率いた導師への処罰は、出来る限りは避けたい。中身が悪人で無いのであれば、優秀な人材になりうるからだ。
それに、今後の事を話したいので、罪人に構っている時間をあまり持ちたくない思いもあった。
「では、尋問は我々にお任せください」
兵士を引き連れ別室に移るニックル伯爵。シェラウドが他の導師の名を出すかは不明だが、正直どちらでもいい。
この場にいる導師の中から、信頼できる人物を見極める事が、ルミナスにとっては重要なのだから。
少し前。まだ導師が集まる前にルリから聞いた手段。……司法取引。
12人の導師の内、味方がニックル伯爵のみというのは、今後を考えるとやりにくい。
まずは味方に付けることを考えるようにと教えられた。
ルミナスが王女になると言った途端にしっぽを振る導師や、シェラウドの巻き添えで罪をかぶりたくない導師などは、信頼できるかというと別問題なものの、権力を笠に着れば、味方に付くであろう。
他の導師に中にも、司法取引などで利害が一致すれば、協力体制をとれるかもしれない。
ルミナスは、話を進めながらも、人の見極めに注力していた。
「まずは、この場にいる者を中心に、暫定の政権として、国民に発表させていただきます」
女王即位の触書を出す日程、お披露目のパレードを行う日程などをざっと決めると、導師たちにも協力を求めた。
「さて、国の体制とは別に、皆様にお伝えすることがあります。今後の方向性についてです」
ルミナスは姿勢を正すと、ユニコーンの事を話し始める。
広く伝わっている伝説は、当時の王族によって広められた出鱈目である事。
魔道具の事。
そして、ユニコーンは今も魔導王国を見守っている事……。
「女王様、では、私たちは、ユニコーンに恨まれている訳ではないのですか……」
「えぇ、むしろ、わたくし達の方から、ユニコーンと距離をとってしまったのです……」
昔、ユニコンの愛し子である王女を殺害した事。
そして、ユニコーンの角を望まない形で利用している後ろめたさ。
それらが重なり、王国はユニコーンを遠ざけてしまった。それが実情であった。
「では、女王様は、魔道具の事も、公表されるのですね?」
「何も隠さず、正直に話すわ。そして、魔道具は、王国の主要な産業として、発展させるつもりよ」
魔道具の製造技術は、ルリ達も知るところになっているので、今更隠しても仕方がない。しかし、長年の培った技術力は、そう簡単に真似出来るものではなく、クローム王国が頑張ったとしても、追いつかれる事はないであろう。……ルリが何かやらかさない限りは。
ユニコーンの角の管理だけはしっかり行う必要があるが、いっそのこと、公開した上で、真似できない技術として知らしめたほうがいいだろうと説明した。
特許を公開した上で、ブランディングを行い、唯一無二の商品として市場を独占するという事である。
「それはそれで、儲かりそうですな!」
「理屈でわかっても真似できない商品……いい商売になりそうですね」
導師は商人出身の者が多いので、儲け話にはすぐに乗って来た。
このまま秘匿しても、ルリ達が持ち帰った技術がクローム王国で発展すれば、いずれは追い抜かれる。
ならば、という考えは、非常に分かりやすい。
「ルミナス女王、陛下のお考えを理解しました。しかし……」
導師の一人が口を開く。
ルミナスの話は、全て順調にいけば成功する話だ。
そもそも、クローム王国が魔道具を作れない保証などどこにもない。
「ご安心ください。わが国では、魔道具の製造は致しませんわ」
導師の不安に回答したのは、クローム王国の王女、ミリアであった。
巨万の富を生むであろう魔道具の製造技術。
その方法が分かっていながら放棄する。本当に良いのか? と疑いのまなざしを向けられるが、ミリアの決意は固い。
「わたくし達の希望は、魔導王国との友好です。少々ドタバタいたしましたが、こうして話し合いの場を持てた。もし、友好関係を築いていただけるのでしたら、魔道具の製造については、知らなかった事にしますわ」
「えっ? それは反対!!」
「な、なんで? 友好のためには……」
ミリアの意見に反対の声を上げたのはルリだった。
政治的な交渉の場で、味方であるはずのルリからの反対に、戸惑うミリア。
「魔導王国の再建には、魔道具が必要ですわ。それをクローム王国が阻害しては、再建の道は遠のきます。ルリ、分かってくださらない?」
「うん。分かってるわ。でも、知ってるものを知らなかった事になんてできない。
ユニコーンからは、世界の発展の為に役立ててほしいって角を貰ったの。また隠してしまったら、今までと同じよ」
「でも……」
ユニコーンの話をされると、さすがに言い返しにくい。
ルリの言いたい事も分かるが、だからと言って、魔導王国再建の道を閉ざすような事は、友好国としては避けたいミリア。
「ルリは、どうしたいの?」
「私は、儲けとかいらない。興味がない。でも、魔道具という革新的な技術をもっと日常的にしたいわ。だから、開発に、関わらせてくれないかな?」
誰も損しなそうなルリの提案に、一同頷く。
「そう言えば、ルリって、魔道具の開発の助言の為に、この国に呼ばれたのよね。……忘れてたわ」
「そうよ。最初に職人さんと少し話しただけで、何もできてないわ。このまま帰ったら、私、後悔しちゃいそう……」
ルリの知識を魔道具の開発に役立てる。それは、当初の目的でもあり、歓迎すべきことだ。しかし、そうなってくると、やはり今後の利権などが問題となる。
当然、ルリはいつまでも魔導王国にいるつもりは無い。
将来アメイズ領に戻った場合にも、互いの足を引っ張らないような仕組みを考える必要がある。
「問題は、ルリが開発した魔道具を誰が売るかって事になるのかしら?」
「そうね。こんな非常識な人はそうそういないでしょうし……」
少しディスられている気もするが、事実、ルリが本気になれば、誰もかなわないだろう。
知識チートとは、普通は超えられない壁なのである。
「ルリが何か作った時に、魔導王国の不利益にならない……正確には、魔導王国の職人さんが、自信を無くしたりしなければいいのでしょ? 技術情報を公開すればいいんじゃないの?」
「それがいいわね。どっちにしても、私ひとりじゃ製品とか作れないもの。魔導王国で製品化してくれれば、何よりだわ」
とりあえず、ルリが開発したとしても、量産して製品として販売するのは魔導王国で行うことにする。
ルリとしては、便利な自分で使う魔道具をつくれればいいので、特段問題はない。
「ひとつ提案があるのですが、よろしいです?」
「ルリ、いいわよ。言ってちょうだい」
「私、故郷で学校をつくる予定なのです」
「え? あなた、まだ学生なのに?」
「えぇ。学生であると同時に、次期領主ですのでね」
学園都市の話は、まだルミナスにも導師たちにもしていなかったので、興味深く聞いてくれた。一部の、小娘が何を! というような導師の視線もあるが、クローム王国のバックアップで進んでいる事を伝えると、さすがに懐疑的な導師もいなくなる。
「アメイズ領と、どこか魔導王国の街……魔道具の製造に特化したような街を、姉妹都市として結びませんか?
私たちの街で冒険者を育て、また同時に、技術者としての基礎も学んでもらう。卒業生は、魔導王国の街で魔石を獲り、または、魔道具の技術者として活動する。そんな関係をつくれたらと思うのです」
「壮大な話になってるわね……」
「でも、お互いの発展にはなるわ。検討の価値はあるかと思うけど?」
ルミナスとしては、どちらかというと目の前の事に集中したい。それに、ルリがほとんど思い付きで話している事も理解している。
否定も肯定もせずに、ただ静かに前を向いている。
「ねぇ、メアリーはどう思う?」
「え、私? 私は、どんな契約であれ、メルヴィン商会を御贔屓にしてくれればそれでいいけど?」
どうにもマイペースなルリとメアリー、それにミリア達。
話し合いは、……なかなか前に進まない……。
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