180 王都帰還
「抜け道から王都に入りましょう」
王女を連れて魔道王国イルームの王都に戻ったルリ達は、王都内部への侵入の為、城壁の警備の様子を窺っていた。、
「城壁の上に3人。巡回で通り過ぎるのを待ちましょう」
城壁の各所に備えられた見張り台からは距離がある。
城壁の上を巡回する兵が移動するのを待って、侵入経路となる川を進む事にした。
「え? 水の中を進むのですか?」
「正面からは入れませんのでね。我慢してください……」
王都に戻る為オシャレをしていたルミナスは不満そうだが、他にルートがないので仕方がない。
ルミナスの記憶では王族のみが通れる地下通路もあるらしいが、いきなり王宮に突入する訳にもいかず、今は不採用だ。
「出たら洗浄しますので……」
何とか説得して、バシャバシャと川の中を歩き、ついにルリ達は、王都へと戻って来た。
追放された王女を引き連れ、公聖教会を半壊させ、ユニコーンの角を貰っての帰還。
見る人が見ればこれ以上ない成果を上げての凱旋なのだが、当然、密かに帰って来たので歓迎などない。
「ここが王都ですの……?」
ルミナスが驚くのも無理はない。
川を越えて出た場所は、スラム街の中心地。幼少期の王女が来る事は絶対になかった場所だ。
「王国の民が、このような困窮の状態にある……。これが現実なのですね……」
寂しそうにつぶやきながら、ルリ達に続いて歩き出すルミナス。
王国を正す、その意思が高まったようだ。
「モノケロースの拠点、寄ってく? それとも一度、宿にいく?」
「ユニコーンの報告は必要よね……」
「でも、替え玉の皆さんが無事かも気になるわ……」
秘密結社モノケロースの拠点でもある飲食店の前に到着したルリ達。
通りがかったのでついでに報告をしていきたい気持ちもあるが、何より、宿に置いてきた兵士やメイドたち、替え玉として滞在している少女たちの様子も気になる。
「あの、聞いてもいいかしら? あれが目的地? あそこに入るのですか?」
拠点に寄るかよらないかと会話をしていると、あまりの汚さに、ルミナスは目を回していた。
「まぁ、そうなるわよね。宿に戻って、まずはお風呂入りましょうか。報告は、後でもいいと思いますわ」
結局、モノケロースへの報告は後回し。
川で汚れた身体や衣服を洗い流し、改めて出直そうという事にした。
洗浄で汚れをとったとはいえ、やはりお風呂の方が気持ちいい。
宿に向かって進むと、辺りの騒がしさに気付く。
住民はソワソワと逃げるように歩いているし、街中の兵士の数が妙に多い。
「何かあったのかしら? 様子がおかしいわ」
「宿の周囲を見て! 兵が整列してる……」
「魔導王国の兵が、宿を取り囲んでいるようね……」
兵に見つからないように隠れながら宿へと行くと、臨戦態勢で宿を取り囲む、魔導王国の兵士の姿を見つける。
「魔導王国がクローム王国にケンカを売ってきたのかしら?」
「替え玉がバレた?」
「いずれにしても、まずい状況のようね」
「宿の中には入れそうにないけど……。突破する?」
「余計なトラブルは避けたいわ。まずは状況確認ね……」
「冒険者ギルドに行きましょう。誰かいるかもしれないし」
既に戦闘中というのであれば、迷いなく参戦する所だ。
しかし、そうでないのであれば、無理に戦闘を開始する事は避けたい。
それに、ルリ達が宿の外に居れば、替え玉を証明することにもなってしまう。
冒険者ギルドに行けば、味方になってくれると思われる、ギルドマスターのアプトロや、モノケロース所属の冒険者、カルド達がいるかもしれない。
裏道を戻り、ルリ達は冒険者ギルドに向かった。
裏口からギルドに入る。
チロリンというベルの音はない。
「ギルマス、いそう?」
「うん、部屋には反応あり。一人みたい!」
「よし! 他の冒険者や職員に見つからないようにしながら、直接ギルマスの部屋に向かいましょう」
別に冒険者ギルドの中が安全とは限らないので、誰にも見つからないようにしながらギルドマスター、アプトロの部屋を訪ねた。
「おぉ、驚いた! 戻ってたのか!?」
「はい、先程王都に戻りました。それで、お聞きしたい事が……」
「あぁ、すぐに入ってくれ……」
ノックもせずに中に入ったので驚かれるが、すぐに察し、前回同様、床に小さくなって座る。
「誰にも見つかってないか?」
「はい。一応、隠れてきました」
透明化とかをしている訳ではないので、全ての人目を避けられたわけではない。
しかし、兵などに見つかってはいないと思われる。
「先程、宿を見てきました。どうなってるのでしょうか?」
「例の替え玉の件だ。兵を率いてが確認を要求してきたようだ。交渉で粘っているようだが、突入は時間の問題だろう……」
起きている事態そのものは、想定の範囲……起こるべくして起きたと言える内容だ。
驚きよりも、気まずさ、悔しさが込み上げてくる。
「すみません、やはり3週間は長かったですよね……」
「もっと早く戻っていれば……」
「仕方ないさ。密かに宿に戻って替え玉と入れ替われればいいのだが……」
アプトロの言う通りなのだが、それが出来れば苦労はない。
兵が囲んでいる以上、外から兵を引かせる術を考えるしかないだろう。
「なぁ、さっきから気になっているのだが、そちらの方は、まさか……?」
「はい、ルミナス王女殿下ですわ。教会でシスターをなさっていたのですが、一緒に来ていただきましたの」
「ルミナス・フォン・イルームです」
宿の件があり遅れたが、王女を紹介すると、アプトロは、少しの沈黙を挟んで語りだした。
「王女殿下、ミラージュ公爵様の事は覚えていらっしゃいますでしょうか」
「叔母様ですね。当然覚えておりますわ」
ミラージュ女公爵。ルミナスにとっては叔母にあたり、魔導王国では女帝とも言われる存在。
導師の台頭により政治の裏舞台に追いやられてはいるものの、その権力は大きく、導師の中には彼女の派閥の者もいる。
ルミナスにとって母親のような存在でもあり、味方になってくれるとの事だった。
「ミラージュ叔母様に会えるのですか? それならば……」
「いえ、申し訳ございません。公爵様につながる導師が、私たちの組織と懇意にしておりまして、そこから公爵様を頼れば、事態を変えられるのではないかと思いまして……」
ルミナスが期待したように、すぐにミラージュ公爵に会えるわけではないものの、一本の糸がつながった。
確かに、一線を退いたとは言え、王家の重鎮であれば、現王宮の行動に物言う事は出来る。
「わたくし、その導師とお会いします。ミラージュ叔母様と話せば、何とか出来るかもしれません」
「わたくし達も、ご一緒します。クローム王国の問題ですので……」
「分かりましたわ。でも、ルリ、あなたは、宿へ向かってちょうだい。もし、戦闘が始まる様なら、全力で止めてほしいの」
「分かったわ!」
ルミナスが、魔導王国とクローム王国のいざこざを止めさせるために動く。それならばと、ミリアも同席を伝えた。
ただ、交渉の間に戦闘が始まる可能性もあるので、『ノブレス・エンジェルズ』は二手に分かれ、ミリアとセイラはルミナスに同行。ルリとメアリーは、宿に向かう事にした。
「すぐに、導師の場所に案内いただけるかしら? 事態は急を要しますわ!」
「私たちも、すぐに宿に向かいます! あ、セイラ、これ持って行って!」
導師の元に向かうセイラに、ユニコーンの角を渡す。
交渉で利用できるかも知れない。
「……それは?」
「ユニコーンの角と、毛を編んだ布です。ユニコーンにいただきましたの」
「えっ? ユニコーンに会ったのか? それに、角を貰っただと!?」
「はい。後で説明しますわ。あぁ、いろいろと情報もあります。組織の皆さんを集めておいてくださいね」
「あ……あぁ」
ルリは半分忘れていたが、秘密結社モノケロースの目的は、住民の生活向上の為に、今の政治体制を崩す事だった。
その切り札として、ユニコーンに関する謎を解き明かす事を、目標にしている。
追放された王女の帰還。それにユニコーンの角。必要なピースは埋まり、あとはパズルをくみ上げるだけの状態だ。
「一分だけ待ってください。すぐに戻ります」
ユニコーンの角を目の当たりにしたアプトロは、とにかく、冒険者がたむろするホールに向かい、集合の命令を伝えるのだった。
裏口から冒険者ギルドを抜け出すと、二手に分かれる。
ルリの行き先には、冒険者パーティ『ナイトメア』のメンバーが集まっていた。
「カルドさん、お久しぶりです」
「あぁ、今さっき、ルリとメアリーが宿に向かうってアプトロから聞いてな。俺たちにも協力させてくれ」
秘密結社の一員である『ナイトメア』、そのリーダーのカルドが、ルリ達と同行してくれるらしい。
「さぁ、こっちだ。宿の周辺を一望できる場所がある。ついて来てくれ!」
「「はい!」」
カルドの後に続いて走り出す、ルリとメアリー。
そして、両国の命運をかけて、導師の元へと急ぐ、ルミナス、ミリア、セイラであった。
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