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内緒話の愉悦

「エミューなんでも上手だねぇ。その調子ならきっと、一ヶ月もあれば私と肩を並べる廊下掃除マスターになれるよ!」


「ありがとう。……ありがとう……?」



 夕方、今日の掃除を全て終えた私達は住み込み使用人の部屋に戻ってきた。これから私はこの部屋に寝泊まりする。

 屋敷はメイド長を例外とし、数人の年配の使用人らは皆通いである。屋敷に住むのは若い使用人とメイド長、それから旦那様と妹様だけ。いつ秘密を漏らすかも分からない年配使用人(おしゃべり)をぬけぬけ帰す訳もないだろう。やはり注意すべき人物は三人……。



「夜は皆この部屋で寝るんだよ。皆っていっても使用人室三つあるし、ここはエミュー入れて三人だけど」


「三人? 意外と少ないんだね」


「大まかに年齢別になってるみたい。私達より下が右隣、上が左隣ね。メイド長の部屋は旦那様の部屋の隣。今はメイド長入れて十人が泊まりで働いてるよ。皆身寄りがなくて、旦那様とお嬢様に助けてもらったの!」



 エトは自分のベットに座ってにこにこ話す。半日しか一緒にいないが、エトのことは大体分かった。というのも、彼女はお喋りなのである。一聞けば十帰ってくる。これ以上ない有益な情報源だった。



「綺麗なシーツをひいて寝れて、暖かいスープと焼きたてのパンを毎日食べれて、やり甲斐のある仕事もある。さらに加えて、少しずつだけどお給料まで出る! 私お嬢様に出会えて本当に良かった!」


「ユトも身寄りがなかったの?」


「うん。お父さんが外に女の人作って逃げちゃって、お母さんは体が弱くてその後薬が買えなくなって死んじゃったの。歳の離れた弟が二人いて私は働かなくちゃいけなかったけど……三人分の食費を稼ぐ仕事なんて私くらいの歳の女の子じゃ中々見つからないしねぇ」


「うんうん」


「少しずつ家具を売って、それでもどうにもならなくて、いよいよ体でも売らないといけないかと思った時お嬢様と出会ったんだよ!裏路地に立つ天使みたいに綺麗な人だった、あかぎれだらけで汚い私の手を取ってくださった……。本当は、こんな良いところに住み込めるなら弟たちもと思ったけれど、お嬢様が『小さすぎる子に仕事をさせるのは酷だわ』って」


「そうなんだ、大変だったね」



 ユトの不幸な生い立ちには毛ほどの興味もないが、お嬢様の勧誘の話は有益だった。あの人も、何も無差別に人を連れ帰っている訳では無いらしい。昼間ざっと見た感じからしても、男は十代後半から二十代前半、女は十二から二十までといったところか。ストックできる数には限りがあり、より多く売れる人材を手元におきたいということだろうか。


 商品に出す人間にはもっと制限があるのだろうか? ストックは今は九人だけ? どこで売買の契約をしているの?



「エミューは?」

「え?」


「えっ、て……。私だけ話すなんてことないでしょう。エミューの話も聞かせてよ」



 そうだ、今はユトと話し相手をしなければ。私は今エミューなのだから。あれこれ考えるのは皆が寝静まった深夜にしよう。

 私は頭の中にびっしり書き写された台本を読み始める。



「私は戦争孤児で……パパとママが死んでからは、一人で、生きる場所を探し歩いていたの」



 睫毛を伏せて瞳に影を落とす。まだ癒えぬ傷を抱くように背を丸める。

 私が密偵として演技を叩き込まれた時、注意するよう言われたのが『言葉と体の感情一致』だった。口先だけなら誰だって上手くなる。足の爪から髪の毛先まで全てを役に染めること、それを体の言葉という。逆に、人の嘘を見破る時は私が相手の体の言葉を見る。つまり、体の言葉は嘘つきの間では極めて初歩的であり、最初の難関だ。


 ユトはうんうんと頷いてホロリと目に涙を浮かべた。激チョロ過ぎる、まだ触りしか言っていないのに。それを見て、これが演技ならユトはベテラン詐欺師だと思う私は正しいだろうか。優しすぎる人は気持ち悪い。



「────ところで、ここは三人部屋って言ってたけど、もうひとりって……」



 適当なところで私の話を切り上げて情報収集に戻ろうとした時だった。まるでその話に変わるのを待っていたかのように、ドアが開いた。そこには今日の一度も屋敷の中で見かけなかった女の子が立っていた。肩で真っ直ぐ切りそろえた髪と同じように固く横真っ直ぐ一文字に口を結んでいる。機嫌が悪いのか、眉間にシワも寄っている。

 これはまた、ユトとは対照的なタイプの子だなと思った。



「あっ……こんばんは。あの、私今日からここで働かせていただけることになりました、エミューです」



 無視。頭を下げて丁寧に挨拶した私の前を通り過ぎると、彼女のスペースで何かを探し、またすぐ戻って部屋を出ていこうとする。



「あの……」

「話しかけるな。出てけブス」

「ブッ……」



 淡々と暴言を吐いて彼女はこの場を後にした。私は何も言えずドアを見つめる。何もしていないはずだが、彼女は私に対して怒っていたのか? それとも性格が絶望的にねじ曲がっているのか?


 わずか一分足らずの短い対面時間で、私は彼女と仲良くなるという選択肢を切り捨てる判断を下した。彼女は、きっと多くは語ってくれない。今回の任務期限は長くても三ヶ月。限られた時間の中で心を解かし絡めることに必要以上の手間はかけられない。



「気にしない方がいいよ。あいつ誰に対してもああだから」


「そうなの? メイド長に怒られないのかな」


「られてるよ。折角働かせてもらっているのに、サボったり暴言吐いたり問題行動ばっかりなんだ。ゼシルっていって、私より先輩なんだけどね。私の世話係はあいつだったんだけど、全然教えてくれないどころか意地悪や邪魔ばかりしてきて、最初の頃は心が折れそうだった」


「新人が嫌いなのかな……」


「どうだろう。性格が悪いだけな気もするけど。エミューもいじめられたら、言ってね!」


「う、うん」



 使用人全体に悪影響を及ぼしていそうだが、よく売り飛ばされていないものだ。しかし、彼女の存在に少し安心する気持ちもある。ユトのような善人を相手にするよりはゼシルのようなタイプの方がやりやすい。ゼシルは、『私の知る人間』らしい人間なのだ。

 積極的に関わる気は無いが、別に嫌いではない。



「私もこの後一仕事あるから出るけど、エミューはもう休んでいいよ! 明日から朝早いからゆっくり休んでね」


「うん、ありがとう。ユトも頑張ってね」


「うん!」



 ユトは子供みたいに無邪気な笑顔で手を振り部屋を出ていった。足音が遠ざかって行くのをしっかり確認して、自分の荷物の中から紙とペンを取り出す。


 さあ、初日の報告を書かなくては。


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