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ある任務

 赤いスカートの召使いが一人。かかとを揃え背筋を伸ばし、希望とやる気を満ち満ちされた目で、そこに立つ。

 彼女の名前はエミュー。今日から旦那様のお屋敷で働かせていただけることになった戦争孤児。旦那様の優しい妹様が救いの手を差し伸べてくださったのだ。彼女は全身全霊で、わずかばかりのこの一生をこの家族に捧げようと思う。優しく暖かなこの二人に恩返しを、少しでも、少しでも……。



 …………と、いう。健気で儚い少女(エミュー)が、今回与えられた私の役だ。シナリオは読み込んだ。これから私の体は彼女(エミュー)のモノ。エミューという完璧な一つの人格が私の中に生まれるのだ。旦那様や妹様がシナリオにない行動をしても大丈夫。アドリブでだって気のきいたことが言える。

 失敗は許されない。こんな大仕事を任せてもらえるのは私達の中でもエリート十数名だ。あとは町でパン屋の娘になってみたり、鍛冶屋の息子になってみたり……または誰かの救援要請を受ける度に出撃する仮面の武闘派だったり。

 次も使ってもらう為には、私の有用性を隊長に知らしめなくてはならない。

 ごくり、緊張の生唾を飲む。


 さあ、頑張ろう。セルザリス帝国密偵部隊員エリュシュカ・フォンセルビート、貴方とはここでさようなら。



「は、はじめまして! 本日より、旦那様のお屋敷で働かせていただくことになりました、エミューです! よ……よろしくお願いします!」


「ええ、よろしく」と返したのはこの屋敷のメイド長。彼女はキレ長い目が軍人のように恐ろしい女性で、キュッとキツく高い所でおだんごに結ばれた白髪はまるでロウで固めたように一本たりとも落ちてこない。顔に刻まれたシワが剣の傷に見える。


 私は深々と頭を下げながら今回の任務を再度胸の中で確認する。


 この館の主人とその妹君には、違法に人身売買をしている疑惑がかかっている。現在帝国認められているのは戦争捕虜や軍が捕らえた少数民族など、ごく一部。我がセルザリス帝国の国民や同盟国の民はもちろん禁止されている。

 事前に密偵隊長から受けた説明では、孤児や働き口の無い若者を妹君が集め、しばらく使用人として働かせているのだが、何故か数ヵ月立つと皆行方が分からなくなってしまうのだという。


 権力者の悪事が大々的に知れ渡れば国民に不満が溜まる。私は消えていく使用人達の行方を暴き証拠を掴み、それを秘密裏に密偵隊に持って帰る。

 後は暗殺なり、(まつりごと)の汚れを押し付けて消えてもらうなり……私の手からは離れたことだ。


 長年この館に仕えているメイド長は、主人達の共犯の可能性が高い。一番接触回数が多くなることも考えて、全く油断ならない強敵だ。



「エミュー、貴方の仕事は主に掃除です。置物には壊れやすいものが多々あります。決して簡単な仕事だとは思わず、懸命に取り組んでくださいね。この館には貴方に歳の近いメイドが二人いますから、慣れるまでは一人を隣につけましょう。彼女からやり方を教わりなさい」


「は、はい!」


「時々他の仕事を頼むことがあるかもしれませんが、臨機応変に」


「はい!」


「では貴方の世話係のところへ案内しましょう」



 メイド長はようやく少し口角を上げた。丁寧なこの老婆は、今どんな気持ちで説明をしたのだろう。数ヶ月後には売買に出す娘を前にして。

 その背中から気持ちを読み取ることはできなかった。私は同じペースで彼女の後ろを歩く。廊下は掃除がよく行き届いていて隅っこにもホコリは残っていない。置物はピカピカに磨かれ花はシャキッと鮮やかな色を広げている。


 やがて、とある部屋の前で止まるとメイド長は「ユト、貴方が世話する新人が来ましたよ」。木製のドアとメイド長の骨ばった手がぶつかるとコンコンと軽い音がする。中からはハキハキと明るい少女の返事。



「メイド長! どんな子ですか!?」



 メイド長が下がるより早く、轟速でドアは開いた。今度はメイド長の硬そうな頭とぶつかってゴンッと重い音がした。思わず口をポカンと開けてしまう。痛そう。

 しかし、メイド長は額を一擦りだけすると、何事も無かったかのように下がった。



「ユト。落ち着きを持ちなさいと、何度言えば分かるのですか」


「あああごめんなさいメイド長! 大丈夫ですか?」


「私は問題ありません。それより、今日から貴方がお手本となるのですからしっかりしてもらわなくては困ります。旦那様の御屋敷に相応しい使用人としての所作を……」


「はい! ごめんなさい!」



 私と同じメイド服を来ているのに、彼女は花畑を歩くお嬢様のように可愛かった。赤毛はパサついていたが、きちんと手入れをしてあげればツヤが出るだろう。彼女はメイド長に対し背を直角に曲げて謝るとすぐ私の方へ眩しい瞳を向けた。ヘイゼルのぱちくりした目があんまりにも嬉しそうで、私はどきっとする。



「こんにちは初めまして! 私はユト、貴方は!? ねえねえ、貴方もお嬢様に拾われたの? 何が好き?」


「……ごほん。エト」


「……あー。初めまして。私はユトといいます。このお屋敷で使用人としての働かせていただいています。どうぞ、よろしくお願い致します」



 嫌な咳払い一つで、彼女ははしゃいでばたつかせた手足を落ち着かせ、ちょんとスカートをつまみ正しい挨拶をした。どこかぎこちない。私も不慣れを装って真似る。



「は、初めまして。エミューです。今日から、よろしくお願いします」


「ユト、まずは基本の仕事から教えてあげなさい。今夜の給仕はゼシルに代わってもらいますから、終わったら部屋でエミューとお休みなさい」


「はいメイド長!」



 パッと笑う顔がお日様みたい。メイド長は「では」と短く別れの言葉を発してカツカツ廊下の先へ消えていった。なんて速い。先程は、私の歩幅に合わせてくれていたのたと理解する。

 なんて、メイド長の影を目で追っていると肩をがっしり掴まれた。



「わっ!」


「エミュー! 早速行こう、ここには沢山の使用人がいるけれど、私が一番床磨きは上手いんだよ。エミューが二番になれるようにいっぱい教えてあげる!」


「あ……ありがとうございます」


「敬語なんて良いよ! お屋敷勤めは楽しいけれど、お話できる子がいなくて寂しかったんだぁ。歳の近い子が入るって聞いてすごく楽しみにしてたの!」



 私の返事なんて待たずに、彼女は私の手首を掴んで駆け出した。ああ馬鹿、お屋敷を走るなんてはしたない。潜入捜査を成功させる為に、真面目で健気な女の子でいなければならないのに。

 けれど、何故だろうか。私は練習よりも極めて自然に困り笑顔の演技ができたのだった。


 任務の幸先は良さそうだ。

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