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300 ~A Cup of Coffee~  作者: うつろあくた
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What I know.

「いい雰囲気のお店ですね」


 テーブルに着いたら今度は聖夜子がきょろきょろしている。


 店内に他の客は見当たらない。雪宿り(?)はふたりだけのようだ。


「そうだね」


 額装された古い写真。いつから貼ってあるのか分からないポスター。几帳面に掃除されていてもあちこち歴史を感じさせる内装。


 ただおそらく毎日手書きされる黒板のメニューの“時計”だけが正しい。


「はい、どうぞ」


 店主がお冷とおしぼりを運んでくる。


「ありがとうございます」


「それと」


 と、灰皿を聖夜子の前へ差し出した。


「あ、タバコは吸わないです……よね?」


「あ、うん」


「あらそう?」


 店主は少し不思議そうな顔をして灰皿を取り下げると、代わりにメニューを置いた。


「ご注文はしばらく後がいい?」


「ブレンドで。熱いのを」


 祥子はそのメニューを見ることなく即決した。


「ブレンドホットと。えっと?」


 聖夜子に。


「じゃ、わたしも同じのをお願いします」


「ブレンドふたつね。しばらくお待ちください」


「あ、メニュー見せてもらってもいいですか?」


 下げられかけたメニューを引き留める聖夜子。


「どうぞ」


 店主は微笑んでカウンターへ。


「ふふ♪」


 聖夜子は早速メニューを開いて眺める。お品書き見るの好きだな、この子は。


「ブレンド一杯300円! お安いですね」


 ほんとに。いつからこの値段なんだろう。


「おお!?」


「なに?」


 ぼんやりしていた祥子もさすがに振り向く。


「見てください、すごくお高いコーヒーです。1,500円とかしますよ」


 コピ・ルアク。


「あ……それか。珍しい豆だから、高いんだよ」


「ジャコウネコの糞から採れるんですよね」


 長生きだから知識だけはあるのだ。


「祥子は飲んだことがありますか?」


「ないよ。希少ってだけでたいしておいしいもんじゃないって聞くし」


「そう、ですか」


 聖夜子はメニューをたたむ。


「それより、注射は怖くなかった?」


 そうだ。ふたりは病院帰りなのだ。


 用件は聖夜子の健診。血液検査をしたり予防接種をしたりと、そこそこちくちくされてた。


「はい、ちくりとしましたが平気です」


「あはは、いい子だ」


 平気というか、刺してるところをガン見するから看護師さんがちょっと引いてた。


「年末にも行きましたね」


「“新生児”のな。今回のは“三ヶ月児”健診」


 実日数的には。


「おかげさまで、元気です。献血も出来ます!」


 そういや病院の前で呼びかけしてたな。


「待てよ。…………よし、大丈夫だな」


 指折り数えて何かを確認した祥子。


「でも予防接種した後だから、また今度な」


「はい」


「まぁ。ひとまず健康体なのが分かってよかったよ」


 ほっとした表情。


「心配してくれてありがとう」


「そりゃ……モデルがモデルだからさ」


 ええっと……ごめん。


「そういえば、血液検査でバレたりしないんでしょうか?」


「しないよ。身体はただの人間だもん。AB型のね」


 あ、一緒一緒。


「あなたはB型だから、何かあっても上げられませんね」


「こっちもね」


 おい、殺し屋同士の会話みたいなのやめろ。


 …………………


「ブレンドふたつ、お待たせしました」


 テーブルにカップが置かれる。


「お砂糖とミルクは?」


「あ、大丈夫です」


 差し出されたポットを祥子は遠慮する。


「それじゃ、ごゆっくり」


「あの、わたしはお砂糖欲しいです!」


 ポットを盆に乗せたまま下がろうとした店主を引き留める聖夜子。


「と、ごめんなさい」


 慌ててポットを聖夜子の前に置く。


「ブラックはまだ苦手で~」


 はにかむ聖夜子を見て、店主は気付いた。


「……あ」


「どうかしましたか? ひょっとしてお砂糖ミルクは別料金とか?」


「ううん。こちらが勝手に勘違いしてただけだから。あらためてごゆっくりどうぞ」


 そう言って店主は、祥子をちらりと見て、少しばつが悪そうに笑みを浮かべて戻っていった。


「…………」


「…………」


 聖夜子は砂糖とミルクを入れてかき混ぜる。


 祥子は黙って何も入れないコーヒーを飲んでいる。


「のえるさんはこのお店に来たことがあるんでしょうか?」


「な、なんで?」


 カップとソーサーがカチャンと音を立てた。


「お店の人が勘違いだって。わたしをのえるさんと間違えたんですよ。灰皿を出したのも、お砂糖を出さなかったのも、きっとのえるさんがそうだったんです」


「そうなの、かな?」


「祥子も来たことがあるんですか?」


「……え、どうして?」


「お店に入ってからずっと変なので」


「ぐ……」


 さすがに気づくよ。


「え、あ……そういえば見覚えがあるような気がするかも~」


「…………」


 目力。


「い、一度だけね。でも、店に入ってからだよ、気づいたの!」


 なんで慌ててんの、この人? 


「のえるさんと、ですよね?」


「…………」


 話すまで離さない顔だ。


「…………うん」



「5年前のクリスマスイブだよ。あの子と初めて逢った日」


 初めても何もその一日しかないんだけどさ。


「降りてきたばかりのわたしに街を案内してくれたんだけど――」


「おお、デートですね!」


「なのかな。でも、すぐにあの子が疲れちゃってさ」


 ごめん、そんときもう余命半日くらいだから。


「それでこのお店に?」


 祥子はうなずく。


「この店はのえるの行きつけの店だったから。“いつもの”で注文が通るくらいの」


「だからわたしをのえるさんだと……」


 ちらとカウンターを見る。店主は雑誌の続きをめくっていた。


「コーヒー飲んで、タバコ吸って、本読んで。授業をサボっちゃ入り浸ってた」


「不良ですね」


 はっはっは。


「コーヒーはブラックだしね?」


 それは“悪”なのか?


「だから祥子もブラックなんですか?」


「そだね、タバコと同じ」


「…………」


「でも、あの日初めて飲んだブラックコーヒーは熱くて苦くてね。思わず吹き出しちゃった」


「あわわ」


「そんで、のえるのマフラーにかかっちゃってさ。それ、帯の辺にうっすら染みが残ってるでしょ?」


「えっと……ほんとだ!」


 コーヒーの染みは落ちにくいから。


「あとね、あの時はまだ入荷予定、だったんだ」


「え?」


「さっきのコピ・ルアク。今度飲もうって約束したんだけどね」


 …………。


「……それからは一度も?」


 肯く祥子。


「ほんとに忘れてたんだ、店に入るまで。どうしてかなぁ?」


 祥子はそう言って、カップを飲み干した。


 …………………


「そろそろ行こうか。雪もやんだみたいだ」


 伝票を取って腰を上げる祥子。


「300円、ですよね」


 バッグから財布を取り出そうとした聖夜子を祥子が制する。


「あの日はのえるが奢ってくれたんだ」


 降りたばかりであなたは無一文だったから。


「奢らせてよ。あの子にはもう返せないから。あ、お勘定お願いします~」


 カウンターに声をかけて、祥子はレジへと向かう。


「祥子!」


「なに?」


「また来ましょう。次はこぴ・るあくを飲みましょう」


「…………」


 きょとんとした顔。


「わたしとじゃダメでしょうか?」


「……迷わずに来れるかな」


「わたしが案内します。覚えましたから」


「コピ・ルアクは高いよ?」


「貯金します」


「どうかなぁ、このあと散財するしなぁ」


「ああっ、ホワイトデーの買い物なのでした……」


「あはは。待つよ。お金が貯まったらまた連れて来てよ」


「はい!」



 ――チャリン。


 ふたりが店を出ると雪はすっかり止んでいて、春らしい陽が差していた。

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