第4話 悪意と覚悟(前編)
それは暗闇だった、窓は封鎖され廃棄口すらない。外界と唯一の接点は歪んで動かす度に嫌な音がする外から南京錠のかかった扉のみだ。
「で、話す気になったか?」
顔に傷のある男が問う、その目線の先には身体中縛られ横になっている初老の男性二人、少女からげんさんとしゅうさんと呼ばれる者だ。彼らは男の問に答えない、その回答を有しておらず仮に答えたところで無駄であることを知っているからだ。
「無視すんなよっ!」
それを無視と捉えた男は彼らの腹部、胸部に顔面に複数回の蹴りを加えて報復を行う。このような光景はもはや一回や二回では済まないほどに行われており既に肋骨は折れ身体中痣ができ傷口は化膿している。衛生状態も劣悪であり部屋の隅に放置された排出物には蛆が集り強烈な汚臭が漂う、そしてそれがこの男の苛立ちを加速させており暴力はより過激になっているのだ。暗闇で時間の感覚さえ分からない彼らにとってこの監禁が永劫に及ぶことのように感じられた。
「ちっ、黙りやがって。さっさと喋れば放してやるのによ」
嘘である、その上既に身体の一部の感覚がなくなっており近い将来この命が尽きるであろうことを二人は理解していた。それにだ、仮に本当だったとしても彼女を差し出すことは二人にはできない。
彼女は過去に幾度となく自分たち三人を助けた、食事も時たま恵んでくれた、何よりその笑顔は自分たちに希望を与えてくれた。彼女がいなかったら今頃自分たちはこの世にいなかったかもしれない。それに彼女を裏切るのは"先生"の思いを裏切ることになる。自分たちは"先生"からほむらを託された、彼女を護ることは自分達の使命だ、そう彼ら三人は誓っていた。
「ちっ、時間だ。また来るぜ、次はちゃんと吐けよっ、いいなっ!」
そう言って男は乱暴に軋む扉を閉め部屋から出て行った。二人の間に言葉はない、喋ると肺が痛む上にお互い無事でないことは理解しているからだ。もうしばらく食事も取っていない、精神的にも肉体的にも限界である、二人は既に死を覚悟していた。ただ一つ懸念事項があるとすればほむらのことだ、彼女は無事であろうか?どこかにいるのだろうか?ちゃんと食事はできているだろうか?心配は尽きない。
彼女の笑顔をもう一度見たい、二人は思う。しかしそれが叶わぬ夢であることを二人は知っていた。
歴史あるスヴェート、その首都たるシルク、そのさらに中心にあるシルク城、建国以来常に国の中心に位置し様々な歴史の舞台となりつづけた最も重要な機関、その地下深くにはその歴史の負とも言える広大な空間が広がっている。地下牢にシェルター、そしてほむらのいる地下駐車場だ。ここはあの地下シェルターと繋がっており一般には存在の知られていないいわゆる秘密の場所である。緊急時のシェルター内への物資の運搬や避難民の運送、そして秘密の通路としての脱出口の役割を担っている。
ほむらの目の前にはシルク物産と書かれたトラックが止まっており、そこに背をもたれながら佇んでいる龍の姿があった。その姿はいわゆる外様向けではなく黒のジャケットに白のロングシャツ、黒いスラックスとどこにでもいそうな青年の姿をしていた。首からぶら下がるガンメタリックのネックレスや太ももに巻いた紺のスカーフがいいアクセントとなっており服装全体を引き締めて見せる。髪もきれいにまっすぐ整えているわけでもなく跳ねている、しかし決して寝癖をそのままにしている訳ではなくしっかりと整えたものだった。いつもと違うラフな格好、高身長なことも相まってまるで雑誌モデルのような龍をほむらは単純にかっこいいと思った、気を許したら見とれてしまいそうになるくらいには。もちろん見た目だけはと言う話だが。
「何よ私服で来いとか言って。デートのお誘いとか言わないでよ」
作業中急にそう呼び出されシェルター内の一室でメイド服から私服に着替えさせられたほむらは毒づく。私服、とは言ってもほむらはまだ外出を許されていないため持っている服は最初から部屋に用意されていたものだけだ。アーミーグリーンのジャケットに白を基調としたどこだか分からないロゴのプリントされたタンクトップ、素足を隠す気のないデニムのショートパンツに赤と白が基調のスニーカーという出で立ちだ。
「デートな訳ないだろ、こんなお子様相手に」
龍は近付くとじろじろとほむらの全身を観察しながら呟く、その視線には欲情的なものは全く感じられずただただ興味本位で覗いているようだった。
「誰がお子様よ!それに何よじろじろ見て、この変態!」
その視線に性的なものを含んでいないことを承知でほむらは怒鳴る、事実年齢はともかく二人は一見一回り近く離れているように見える。もっともそれは龍が同年代より大人びておりほむらが同年代より成長が遅れていることが起因である。しかし龍はほむらのそう言った抗議の声に意に介さずに呟く。
「お前スカートは恥ずかしいのにそういう露出はするんだな、生足なんて出して。色気なんてない癖に」
「余計なお世話だ!」
ほむらはその心無い発言に白い顔を真っ赤にさせながら足に白炎を纏わせて渾身の蹴りを繰り出すも龍はそれをひょいと軽くかわした。生活環境の改善やあの三人が毎日のように煽てることもあり一応それなりには自分の容姿に自信がついてきたため尚更頭にきていた。
「ったく、これからスラムに行くというのに。怪我しても知らないからな」
えっ、と言うとほむらの顔から急激に紅潮の色が消え失せる。スラムに行くだと?ということは・・・・・・
「例の仕事?あの裏の」
龍はそうだと言って頷く、あの血に染まった廃屋の光景がほむらの脳裏に過る。それと同時に先ほどまでとは違う怒りが込み上げてくる。
「俺の仕事を見て貰うと言ったはずだ、それとも何だ?今更嫌だとか言うんじゃないだろうな?」
嫌だ、そう言いたかった。できるなら約束は反古したい、しかしそれを言った瞬間自分の首は飛ぶだろう。それに何より約束は約束だ、それを守らないのは主義ではない。
ほむらが首を降った時シェルターと繋がっている扉が開く。作業着姿に扮した老人、執事の久留間だ。久留間は二人に気がつくと深く一礼する。
「お二人とも仲のよろしいようで」
「良くない!」
ほむらは怒鳴って否定する一方龍はいつものことだといって無視する。そんな様子を眺めながら久留間はニコニコしていた。
「いやぁ、あなたが坊っちゃまを手伝って下さるなんて一ヶ月前は思いもしませんでしたよ。あなたを坊っちゃまが連れて来た時は大旦那様から処分するように仰せられたのにまた連れて来たのかと頭を抱えたものです」
余計なこと言うなと龍は水を刺す。また連れて来たと言うのはあの様子から椎香たちのことだろうか。
「揃ったしそろそろ行くぞ、作戦は車内に入ってから話す。その方が楽だからな」
そう言う龍は心なしか焦っているように見えた。正直彼女らを連れてきたのは自分の甘さ所以であり本当なら自分の姿を見られた時点でほむらにやろうとしたように処分すべきだった。しかしそれが出来なかったのだ、だからこそ自らを質すためにもほむらには非情に接しようとしたのだが、再び行うことが出来なかった、もちろんほむらの場合はその才能所以の例外ではあるが。再び自分が風香や明日香、椎香のような人と鉢合わせても冷酷に始末できるだろうか?
これらの思いは龍にとっては恥でもあった、故に他者に余り触れて欲しくなかったのだ、自らが行った事実も含めて。久留間はそれを察したのかはいはいと言ってトラックに乗るようほむらに促す。そのトラックに書かれているシルク物産という会社も実際国内にあるものであり何も変哲もないトラックのように見えた。しかし龍とともに荷台に乗り込むと印象は真逆に変わった。トラックの姿は偽装であり中には巨大モニターやスピーカー、無線機器等ハイテクな装置が備わっている。
「トラックに乗り込め言われた時はびっくりしたけど中はまるでSF映画みたい。どんだけ金かけたのよ」
「さぁ、ざっと数億は上るでしょうか?装甲も追加されておりますし」
スピーカー越しに運転席の久留間が答える、一方龍は巨体なモニターの前に備え付けられた二人用のソファーに脚を組んで座るとリモコンを操りディスプレイの電源を付ける。やっぱりあるところにはあるんだな、そう思いながらもほむらは久留間に危険だからと促されたため龍の隣に座った、シートベルト等はないようだ。
「・・・」
車が動き出しその揺れで龍の上腕とほむらの肩が当たる。龍とは戦闘訓練でよく二人っきりになるがこうやってくっつくほど近付くのは初めてのことだ、そもそもこうして同年代の異性とここまで物理的に接近すること自体初めてではあるが。とは言え龍は十八歳であるが同年代の中では大人っぽい一方ほむらは十六歳であるが一回り幼く見える。そのため二人が並んでいても年の差以上の差が感じられる。ほむらはふと見上げて龍の顔を見る、鋭い目付きに端正な整った顔、男とは思えない透き通るような白くて決め細かな肌。自分と同年代の女性ならきっとこの状態にうっとりするだろう、しかしほむらはこの状態に嫌悪感を抱いていた。
「今から向かうのは四号区画と呼ばれる地区、お前が潜んでいたところだ、そこで人身売買の取引が行われるという情報が手に入った」
ディスプレイには地図が表示されその区画部が薄い赤で識別され、さらに複数の監視カメラの映像が写し出される。
「うわっ、何これ?こんなもんいつの間に仕掛けたのよ」
「大分前からだ。ここは犯罪の温床になっているんでな。これでもまだ数は足りないほうだが」
監視カメラの映像は次々移り変わる、その中にはほむらの知っている場所も多々あった。当然自分が寝泊まりしていた場所もだ。
「あんたらプライバシーって言葉知ってる?」
「大事の前の小事だ」
ほむらは隣にいる青年を睨み付ける、もしかしたら着替えや体を洗っている姿を録画されていたかもと思うとゾッとする、しかし龍は睨むほむらの様子に意を介さず続けた。
「人身売買で売買されているのは主に誘拐された少女だ、ここで近いうちに少女の引き渡しが行われるらしい」
「らしいってもうちょっと正確な情報はないの!?」
「これでもかなり情報集めたんだがな、秘密裏に動いている以上情報も限られる。それにいくら最新の情報を得ても直前で予定を変更されたら堪ったもんじゃない、結局最後は現地で監視するのが一番正確だ」
龍はモニターから目を離さずに言う、モニターは何か動くものが映ると撮影が行われるようになっておりモニターにはスラムに居着く浮浪者やネズミ、虫の動きに反応したカメラの映像がいくつも写し出されている。
「そうそう、今言った情報を集めていたらついでに面白い情報も手に入った」
あの男から情報を得た後聞き込みや"表側の"諜報機関を使って調べた結果粗方の取引日程と場所を知ることができた、どうやら元の情報からあまり変わらないようである。とは言えガセ情報の可能性もあるためこうして張り込みを行うのだが。
「連中お前を血眼になって探してるらしい、しかも俺が奴らを殺ったのもお前がしたことだと思われているとのことだ。まぁおかげで多少情報は集め安かったがな」
ほむらはムッなり不快感を強くする、あれを自分がやったと思われるのは憤慨ものだ。
「もし捕まったら売り物にされるだけじゃ済まないだろうな、まぁおとなしく見学だけしてれば大丈夫だろうがせいぜい気をつけることだ」
興味無さげに龍は言った。奴らが自分を探しているようにあの三人も自分を探しているのだろうか?心配しているだろう、隙を見つけて彼らに会いに行かなければ。そうほむらは決心する。
「いいか?俺達はスラム内のこの場所で待機する、久留間は車内でモニターを監視して俺に随時情報をくれ。取引はおそらくそんなに時間をかけないだろう、俺は取引後少女らの行き先を追う、運び屋が次の奴にそいつらを引き渡したタイミングで確保に動く。少女らの解放後の処理は手筈通りに行ってくれ」
「へぇ、冷たいあんたのことだからその子達見捨てるかと思ったのに」
嫌味を効かせて言ってみるものの龍は表情一つ変えなかった。やっぱりこいつに嫌味は効かないのね、ちょっとぐらい眉を歪めてもいいのに。かれこれ一ヶ月くらい彼を見ているが未だに龍の考えていることが分からない、かすかに表情を変える時はあるがそれも稀だ。
「お前と違って彼女らは何も悪いことしてないだろうからな」
「お前と違ってってあたし何もしてないでしょ!?」
「俺を脅して財布を強奪した、お前がおとなしく何もしなければ始末しようと考えなかったかもな」
ウッとほむらは顔をひきつらせる、確かに自分は龍から見たら強盗以外の何者でもないが。もっとも龍が始末しようと考えなかったかもというのは嘘だろうが。
「まあいい、お前は俺の後ろについて来い。お前が知らない世界を見せてやる」
そう龍は言うとほむらに何か小さな物体を手渡す、肌色のそれはまるで補聴器のようだった。
「通信機だ、スラムではこれで久留間と連絡を取る」
ほむらは言われるがままにそれを耳の中に埋めるように取り付けた、一見すると装着していることすら全くわからないように作られている。しかもだ、外の音はしっかりと通しており装着による外の音の聞きづらさが全くない。
「こいつはお互いの距離が離れていないと通信しないようになっててな、わざわざ電源のオンオフの必要がないようになっている。それと一応だが万が一お前の身に何かあった時のために発信器機能と生命反応機能もついている。作戦中は常に着けておけ」
ほむらの状況を常に監視できるそれはほむらの危機に対応するためであると同時にほむらの脱走を封じるための首輪でもある。万が一ほむらこの仕事を断った時この反応を元に隣にいる青年が彼女の命を奪いに来るだろう。ほむらはそれを理解していた。他者の死か自らの死か・・・・・ほむらは考えるのを放棄していた、それが逃避であることを自覚せずに・・・
四号区画は表通りにもっとも近い貧困街だ、かつては表通り共々街の中心として栄えたが年数が経つにつれビルが老朽化、建て替えの時期に世界的な恐慌が押し寄せ再開発ができない状態になってしまった。恐慌が終わったと思ったらその時には行き場を失った人々の溜まり場となってしまい立ち退きが中々進まず次第に浮浪者以外の人々が近づかなくなり放棄されてしまった土地になる。とは言え少しずつではあるがこの地区の再開発は始まっており面積は縮小傾向にある、そう遠くない将来この区画は新たな街に生まれ変わるだろう。
車が止まりしばらくすると周りに誰もいないことを確認して龍とほむらは荷台からひっそりと降りた、空は暗く電灯が少ないこの通りはその湿気と昼の陽気が嘘のような肌寒さが不気味さを演出している。龍とほむらは路地の裏手に入りスラムの中に侵入する、この路地は龍とほむらが初めて出会った場所でもある。龍は頭の中に地形を叩き込んでいるのか暗い路地を迷いもなくサクサクと進んでいく、その道のどれもが知っているものだ。この一ヶ月間毎日が新鮮で忙しくてあっという間だった、そのせいかここを離れたのはほんの僅かな期間のはずなのに懐かしく感じてしまう。
街角に一人の女性が座っていた。まだ若いボロボロの服を着た痩せ細った女性、ほむらよりも一回りほど年上だろうか。彼女は龍の姿に気が付くと立ち上がり駆け寄る。
「私といいことしませんか?」
必死に痩けた顔で妖艶な表情をするが無視する龍にほむらは慌てて駆け寄った。
「ちょっとあんた、無視するのは」
「行くぞ」
龍は急ぎ足で角を曲がる、面倒なことには巻き込まれたくない、そんな意志を感じられる。
「あんたあれを見てなんとも思わない訳!?あんなみすぼらしい格好で売春なんてしているのに」
「思わなくはないさ。ただ俺には何もできない」
その言葉はほむらを苛つかせる。何も出来ない訳ないだろう、こいつは皇子、打てる手段は山ほどあるはずだ、現に風香たちを彼は救っているではないか。
「あんたねぇ、どうしてそう非情なの?あんたの財力ならあの子ぐらいどうにでもなるでしょ?それとも何?スラム民には使う金はないっていう訳?」
するとだ、龍はほむらを一目睨みイライラした口調で言う。
「あのな、勘違いしているなら言っておくが俺はそんなに金は持ってない。いつもの食事も城もこの服もこうした行動も全てお偉いさんが予算決めて支給してるんだ。俺の金と言ったらこの仕事で手に入る金だけだ。そりゃ命をかけるような仕事だ、そこらのサラリーマンよりは高い給料は貰っているかもしれない。でも誰でも彼でも救えるほど力はないんだ。」
「だったらそのお偉いさん方に言えば・・・」
「無理言うな、これら全部税金だぞ。それにあいつ一人救ってどうする?もっと沢山救わなきゃいけないやつがいるだろ、そいつらまで考えたらどんだけ金がかかるか・・・」
そう言って龍は拳を握った。龍も放置したくはないが自分ではどうしようもない。スラム地区の再開発によるスラム外との一体化、差別意識の撤廃、就職支援、住居の手配、いろいろと壁はある。そしてそれを龍の力だけで行うのは不可能である、そもそも皇族が政治の権限を持っていたのは遥か昔のことであり今この国は完全民主性、龍は立場のみを保証されたお飾りの存在でしかない。龍がこうして行動しているのも基本的には他者の思惑で動いているに過ぎない。
その龍の苛立ちを感じたのかほむらは口を閉ざす。立場こそ輝かしいものの彼もまた末端に過ぎない、ほむらは自らの浅い考えを反省するのであった。
「ちょっといい?」
とある曲がり角に差し掛かったところでほむらは声をかける、龍は立ち止まり振り返ってほむらの顔を見た。
「あのさ、ちょっとだけ寄り道していい?その、お世話になった人にちょっと顔見せたくてきっと心配してるからさ。ダメ・・・かな?」
龍はふむ、と頷き考え込む。正直に言えばほむらが追われている以上無駄な行為をしたくないし罠を張られている可能性もある、しかし一方ほむらの言っていることも一理ある、突然ほむらを拉致したのは自分であり確かに周りの関係者を心配させているだろう。それに行かなければこいつは単独行動を行う可能性もある、連れてきたのは失敗だろうか。しかしだ今回の仕事はほむらと出会ったあの時の続きでもある、それに自分のやっていることの負の側面だけ見て判断されるのは癪に触る。
「いいだろう、ただし時間はかけるな。お前が追われているという事実を忘れるなよ」
「いいの!?」
まさに許可が得られるとは思ったほむらは驚いた、自分が未だに追われているという事実は理解している。だがそれでも会いたいという事実のほうが強かった。一方の龍も彼らに会ってみたいという気持ちもあった、彼女が持っている槍、そして武術を教えた人物のことを知っているかもしれないからだ。
龍とほむらは位置を入れ替え進んでいく、さすがに既知の場所ということだけあって暗くても迷わずにほむらは進んでいった。しかし二人とも常に警戒だけは怠ってなかった、特にほむらは以前痛い目見ただけあってより慎重に進んでいく。周りを注意深く観察していた、だからこそこんな暗い明かりもない空間で気付けたのだ、一部分だけ地面の色が違っていたのに。そこはよく三人がたむろしている場所でもあった、もちろんこんな遅い時間に三人ともこんな場所にいないのは知っているが。コンクリートは一部分だけ黒く染まっている。
「これって・・・・・」
「血だな」
龍は即答しほむらは絶句する。一瞬の間の硬直、直後ほむらは走り出した。
「待て!焦るな罠かもしれない!」
その叫びはほむらには届かない、ほむらの脳内には最悪の事態が過る。ひとまず彼らの寝床に行こう、もしかしたら自分の思い違いかもしれない、そう自分に言い聞かせながら走る。彼らは普段この先にある廃墟となって放置されているビルに寝泊まりしているはずだ。
チィッと龍は舌打ちをしてほむらを追いかける。不安が的中してしまった、やはり一人で来れば良かっただろうか?そう自問自答するがその考えを振り払う、自分まで焦っても問題がより大きくなるだけだ。龍は慌てずに周囲を確認する、監視している者はいない、カメラはこちら側が設置した物だけだ。龍は久留間に首元に仕込んだ通信機を使って近くのカメラで撮影した映像の録画データを確認するように指示しながらほむらを追う、幸い行き先は近い上龍の脚力なら容易くほむらに追い付いた。
「待てって言ってんだろ!」
「離して!げんさん達が、げんさん達が!」
ほむらの腕を掴みながら龍は言うがほむらは腕を振り払おうとする。
「行くなとは言ってないだろ!落ち着け、もう少し自分の状況を考えてから行動しろ」
龍はほむらの両手を握り動きを制するとほむらの瞳を見つめる。暫しの間硬直するほむら、その全てを吸い込む闇のような暗い金の瞳はまるで自らの焦りまで引き込むようだった。現にその焦りがなくなり落ち着きを取り戻し始めている。
「・・・・・分かったわよ。騒いでも仕方ないもんね」
龍ははぁ、と溜息を吐くとほむらの手を離した。目的地はもう目の前にある、この街ではよく見る古くなって放棄されたビルだ。もう耐久年数は過ぎており崩落の可能性もあるがこうして中に人がいるため取り壊したくとも壊せないでいる。
二人ともそのビルの中に慎重に侵入する。そもそもこのビルにはあの三人だけではない、他の人も寝泊まりしており中には荒れている人もいる、そのためほむらは三人がここに寝泊まりしていることは知っていても余り来たことはなかった。もちろんここにいる人間の大半をほむらは知らない、だからこそ警戒心を持ってほむらは先を進んでいく。龍はほむらから少し距離を離して周囲の人物の様子をよく観察する、何か不自然な動きをしていないか、何か口を動かしていないか確認しているのだ。あの三人は確か三階に寝泊まりしていると以前聞いていた、二人は舗装が剥がれコンクリートがむき出しになった階段を昇るのであった。
三階は壁のない大きな吹き抜けの空間となっている。規模の小さいビルだ、元々は壁もあったのだろうが崩壊して今は鉄筋コンクリートの柱だけとなっておりそれはまるで建築途中のビルのようだった。その灰色の虚無感溢れる空間には段ボールや埃だらけの毛布で覆われた人物ら四人がそれぞれ隅に寝泊まりしている。ほむらはその内の三人の服装に見覚えがあった。
良かった、無事だったのね。ほむらは安堵してその中で一番近くにいる人物に付いた。
「いっちゃん」
そう呼びかけた瞬間だった、その人物が僅かに動くと同時に龍は一瞬にして接近、首を掴むと壁に叩き付ける。砂煙を上げて崩壊する壁、その煙幕の中さらに大剣を出現させ他にいる三人に対して真空の弾丸、龍斬弾を打ち込んだ。
「なっ、あんた何やってんの!?」
「こいつの顔を見ろ、本当にいっちゃんとやらか?」
龍はほむらに耳打ちしながら三つの段ボールや毛布の塊がうめき声を上げて赤く染まっていくことを確認する。ほむらは煙が消えない中恐る恐るその男の顔を覗いた。中年の男、違う、いっちゃんじゃない。それに他の人達のうめき声もあの三人の物ではない気がする。龍は武器を消すとその男が握っている何か四角い物を奪い取りそれの電源を切る、携帯電話だ。
「ねぇ、いっちゃんはどこ!?しゅうちゃんは!?げんさんは!?」
「取り乱すな、それはこいつから聞けばいい。それよりも」
龍は彼の首を掴んだまま血が流れ続けている残りの三人に近付くと物色し始める。何か通信をしていないか、録音していないか確認するためだ。そして予想通り携帯電話による通信は行われていた。龍はそれらを乱暴に踏み潰し粉々に砕いた。
「油断し過ぎだ、さっきあれほど言っただろうが。俺がいなかったら今頃お前はどうなっていたか」
龍は男らが持っていた拳銃を次は回収してマガジンを取り出す、他国の、恐らくイグアレフで非正規に生産された自動式拳銃だ。国内で拳銃の所持は禁止されている以上密輸されたものであろう。間違いない、例の組織の人間だ。
「そっ、そんな物あたしの炎の前じゃ」
「どうだかな、対策されてるようだが」
そう言ってマガジンをほむらに投げ渡す。そのマガジンは通常のものとは大きく異なっていた、いや見た目は通常と大差ない、しかしその重さは通常のそれとは大きく異なっていた。
「タングステン弾、お前の炎でも溶かせない金属でできている。高価なのが難点だがな」
タングステンの融点は三四二二度、ほむらの白炎は三五〇〇度程なため時間を掛ければ溶かせるだろう、しかし高速で飛翔するそれを一瞬で溶かすとなったら話は別だ。
「さて、本題に戻ろう、三人はどうした?」
龍はドスの効いた声で言いながら男の首を持って宙に上げる。取り乱していたほむらが一瞬で気を取り戻すほどに低くて恐ろしい声でだ。と同時に龍の腕に力が入る、ミシミシと骨が締め付けられる音、しかし呼吸器官は潰さない、ただただ首の骨に指が食い込み砕けそうになるだけだ。
「言うまでもないと思うがお前の首なんて一瞬で握り潰せる、十秒待つ」
男は龍の足元で転がる仲間に視線が移り恐怖する。もちろん龍はそうなるように彼を持ち上げ目線が向くよう仕向けたのだ、脅しの効果は絶大だったのか十秒待つことなく男は口を開く。
「一人は殺したっ!二人は別の場所に監禁している!」
「嘘・・・」
ほむらは崩れ落ちる、考えていた最悪な予想が当たってしまったのだ。呆然とするほむら、それを横目で見た龍はほむらの代弁にと続けて質問する。
「その監禁場所はどこだ?監禁してからどのくらい経つ?」
「この先の廃工場だっ!二週間前から監禁している!」
龍はすぐさま久留間に連絡をする。すると一分もしないうちに久留間から連絡が返ってきた。どうやら本当のことらしい、彼らが連行される瞬間もしっかりと確認できたという。しかもその廃工場と今回の取引予定の場所とは目と鼻の先だ。しかしだ、そうだとしたら無闇に行動するのは不味い、相手はほむらを捕らえるないし亡き者にするために何らかの罠を張っている、戦力もあるだろう。取引場所が近いということはその戦力を取引の妨害対策に回される危険もある。
だがそれよりもと龍は手の内にいる男性の首をグシャリと握り潰す、まるで卵を握りつぶすかのごとく軽い音が灰色のコンクリートの空間に響き男性は泡を吹いて白目を向き脱力する。絶命したのだ。この後の行動を考えてもこの男に生きていられるのは面倒だからだ。既にただの物体と化した男を投げ捨てると龍は崩れている目の前の少女に目を移す、今龍が行った事は普段のほむらなら怒り狂うはずであが今の彼女はそれすら気付かない程に呆然としていた。
「久留間に確認を取った、奴の言ったことは本当のようだ。二人を助けに行かないとな」
龍の言葉に反応すらしない、ただただ虚ろな眼で正面を向いているだけだ。試しに龍はほむらの顔を覗くがそれも無意味だった。
一方ほむらの中では彼らとの思い出が駆け巡っていた。スラム内で暮らし始めて右も左も分からなかった時、先生に救われ先生伝いで三人に出会った。先生がいなくなったあとも三人は自分に対してまるで娘や孫のように可愛がってくれた、そんな彼らに恩返しと少しでも負担を減らそうとほむらは窃盗や自らを餌にした強盗を行っていた。ここまでは良かったのだが変に目立ってしまったらしい、自分の周りに変な奴らがうろつくようになった。彼らに迷惑をかけない一心で離れて生活するようにしたのだが。
「あたしのせいだ・・・・・あたしが目立つ行動したからこんなことに」
大人しく野垂れ死にしとけば良かったんだ、大人しくあいつらに犯されておけば良かったんだ、大人しくあいつらについて行けば良かったんだ、ほむらは激しく自分を責める。
一方龍は既に次の作戦を考えていた、二人の救出と少女らの救出、一人では困難を極めるだろう、もっとも龍には二人を救う義理はない。しかし目の前でこう崩れてしまっている少女を見るとどうしてもそう冷たくなれなかった。
「あたしなんていなければ良かったんだ」
「おいっ」
龍は絶望に顔を染めている少女に声をかける、その声は怒りに満ちていた。
「お前いつまで嘆いてやがる、なんだ?残り二人も殺すつもりか?お前俺に対して以前言ったよな、命を奪っていい訳ないって。お前がやってんのはそれと同じだ、救えるかもしれない命を見殺しにするのは。大体自分なんていなければ良かっただと?あいつがせっかく救ってやった命なのにか?お前は自分まで殺すつもりか?いい加減にしろよ、お前が言ってんのはただの我が儘だ!」
ほむらはようやく顔を上げる、しかしその顔は未だに暗い。だがほむらは龍がここまで感情を込めて言葉を発する、それを聞くのは初めてのことだった。さらに龍はほむらの胸ぐらを掴んで言葉を続ける。
「このまま落ち込んで座っていたいならここにいろ、俺は俺の仕事に戻る。だがな、もしお前が動かないならお前はあいつら以下の屑だ、あいつらですら組織のために殺してんだ。だがお前は違うだろ、自分だけのために人を見殺しにするんだ。俺が仕事に戻って暴れたらあいつらは間違いなく殺されるだろうがそんなこと俺が知ったことじゃない、そもそも俺はそいつらなんて顔も知らないし助ける義理もない。何だったらそいつらが邪魔になるようなら殺してやる」
龍の怒りの言葉に触発されたのかほむらもだんだんと頭に血が昇る、体が熱くなっていく。特にだ、最後の一言、それはほむらの怒りを爆発させるには充分だった。
「殺そうとした癖に」
呟く。あまりにも小さい声、しかし龍はそれを聞き逃さなかった。ほむらは胸ぐらを掴んでいる龍の腕を振り払う。
「あんたあたしを殺そうとしたのに何言ってんのよ!?大体あんたがあんだけ殺りまくったからこんなことになってんじゃないの!?それを何よ偉そうに説教垂れて!こっちとら大切な人失ってショック受けてんのよ!ちょっとくらい「大丈夫?元気だして!」みたいな励ましの言葉はないの!?この人でなし!!」
ほむらは龍の顔に顔を近付けて睨み付ける、まるでさっきとは逆だ。しかし龍はその怒涛の憤怒の言葉に驚くどころか口端を曲げてふっと笑った。
「そんだけ元気があるなら大丈夫だな、さあ行くぞ」
龍は背を向けて室内から出ていく、ほむらも慌ててほむらも龍を追いかける。わざと自分が怒るようなことを言ったのだ、自分を焚き付けるために。
「行くってどこによ」
「もう用事は終わっただろ、さっさと仕事戻る。ほら行くぞ!」
「結局見捨てるの!?」
「俺には関係ないことだからな」
ほむらは龍に呆れてはぁっと溜息をつく、ちょっと見直したと思ったらすぐこれだ。しかし龍は言葉を続ける。
「もっとも、もしお前がそいつらを助けたいというなら・・・・・手伝ってやってもいい、作戦は考えてやる」
新島裕二は波乱万丈な人生を送っていた、なまじ能力なんてあったからだろう、みんなに恐れられ孤独となった彼は荒れた学生時代喧嘩で幾度の投獄をされていた。高校を中退した彼は不良となりそこで神津と式根の二人と知り合った、二人とも新島と同じように能力があり似た境遇だったこともあってすぐに意気投合、今に続く悪友となった。地区ではそこそこ名前の売れた三人組、そんな彼らの噂を聞きつけ組織が近付いてきた。組織に入った彼らは自分たちの地位を上げるためになんでもやった、薬の密売、盗み、賄賂、人さらい、殺し。そうして組織からの信頼を得て着実に自らの地位を上げていった彼らはいつしかそれぞれが多くの部下を持つ存在、幹部にへと登り詰めていた。
「ちっ、なんでよりによってこんなタイミングに!?」
顔に傷のある男が大声を上げて携帯を耳から離す、今日は重要な取引がある日だ。そんなタイミングで奴は突然現れた、いやだからこそ現れたのか?通話はすぐに途切れたがどうやらもう一人誰かいるようだった、しかも相当腕の立つらしい。だがしかも、だからと言って取引を中断させる訳にもいかない。幸い戦力は取引を行うということもあり揃っている、しかも幹部の連中までいる。組織の幹部は例外なく能力者だ、対策もしてある、奴だけなら何も問題のないはずだ。問題はもう一人の方だ、全く見当が付かない。
「どうした?何か起きたのか?」
灰色のスーツを来た眼鏡を掛けた男が声をかける、パッと見たところ特徴のないただのサラリーマンだが彼こそが組織の幹部、新島である。
「ええ、例の奴が現れました」
そう傷の男は新島にその今起きた情報を詳細に伝える、するとなるほどと新島は頷く。
「一人ではなかった、と。だが想定していなかった訳ではあるまい」
そう、奴が見つからない時点で誰かが逃亡の支援をしているのは明らかだった。そして恐らくその支援者にこちらの情報が漏れている。恐らく三宅が口を割ったのだろう。彼ほどの実力者が拉致されたということは想定外で現実的ではないと考えていたがあり得ない訳ではない。現に情報が漏れている、彼が拉致されて情報を吐いたと考えると納得もする、そうだとしたら敵も組織的であることは明白だ。そうなると本当に二人だけなのだろうか?暁ほむらはどうやら今しがたまであいつらがいなくなっていたことを知らなかったらしい。それにもう一人の方は情報があまりにも少ない、恐らくそいつが通信を妨害したのだろうか。だとしたらそいつは相当場馴れしている。しかしだ、今日の警備体制はかなり堅牢であるのも事実だ、大量の人員に大量の火器、何より自分も含めて強力な能力者が三人もいる、正規軍の小隊以上の戦力はあるだろう。
「すぐに警戒を厳にします」
「遅い!ここに伝える前にやれ、今来たらどうするんだ」
傷の男は新島の言葉に震えて逃げるように行動を起こす。そもそも彼は組織の最下位の存在だ、たまたま暁ほむらと直近の関わりがあったこと、殲滅班の最後を目撃したこともありここにいるだけだ、本来こんな場所にいるような人間ではない。
「取引のほうはどうだ?」
「順調だ、今のところはな」
新島のところにカーキのトレンチコート姿の長身の男が近づき話かける、同じ幹部の神津だ。
「今のところ?どういうことだ?」
今度は新島が神津に説明する、するともう一人の幹部の式根も話に加わった。今日は久々に三人揃っての仕事である、その意味を彼らは理解していた。
「確かに問題だ、特にそのもう一人の奴」
「知っているのか!?」
神津の驚きに式根はあくまでも噂程度だがと前置きして続ける。
「組織の周りを嗅ぎ回っている奴がいるらしい、だがそいつを調べようと動いた奴は全員神隠しにあったかのように忽然と消えるとのことだ」
二人はゴクリと喉を鳴らす、それがほら話ではないことは重々承知である、しかしこの業界ではよくある話でもあった。問題は忽然と消えるということ、敵対組織なら見せしめとして遺体を残すだろう。しかしそいつは律儀に遺体を隠している、殲滅班の時は遺体は残っていたためそいつの仕業だとは考えられなかったがもしそいつがやったとしたらどうだろうか?暁ほむら以上の実力者がいることになる、戦力は自分たちも含めて余剰にあるため敗北するとは考えにくいが苦戦は必死だ。
「常に三人で行動しよう、状況に応じて本部への応援の依頼もする、最悪戦闘になっても俺達なら連携は慣れている、時間は稼げるはずだ」
神津の提案に二人はそうだなと頷いた。
廃工場裏手、佇む一台の白のワゴン車。一見何の変哲もない乗用車で中には五人の若い女性が鮨詰めのようになって乗っており中には少女の姿もある。しかしその瞳には精気はなく虚ろでどころか遠くを見ているようでしかし表情は恍惚としている。運転席には誰もおらず彼女らは一見自由のようであり車外に出ようと思えば出られるはずだがそれを行おうとする者はいない、皆薬で自我を失っているのだ。
取引はこの車を少女らごと受けとり金は後払いであり口座に送金することで行われる。現在この車は彼女ら以外誰も乗ってないが周囲は違う、パッと見誰もいないように見えるがその物陰にはおびただしいほどの武装した人物がいる、彼らは蟻一匹も車に近寄らせる意思はなく受け取り人以外がここに近付くことは許されない。当然龍も近付くことはできない、いやその気になれば可能だろうが必ず騒ぎになるだろう、もっとも龍にはその気はないが。
龍の隣には紅の少女の姿はいない、彼女は別行動中だ。ただし通信機をお互いに着けており会話は可能となっている。
「結局あんたに協力する羽目になるなんてね・・・・今回限りだからね」
「勘違いするな、別にやらなくてもいいんだぞ彼らがどうなってもいいのならだが。そもそも俺がむしろお前に協力してやってんだ。これは借りだからな」
「はいはい、働いて恩は返しますよご主人様」
ほむらはちゃらけた様子で龍に返答する、彼女はメイド作業でこの分をチャラにしたいようだが一体何円請求されると思っているのだろうか?少なくともメイド作業だけで支払いを終えるのは困難だろう。
龍は裸眼で隠れている組織の人間を確認する、双眼鏡は必要ない、むしろ相手の中にスナイパーがいれば見つかる危険性は跳ね上がる。周囲にいるのは三十人ほど、事前に工場内を確認したが合わせて百人ほどだろうか。
「どう?いけそう?」
「厳しいな、中に相当な数がいる、特にその中の三人は要注意だ。目付きが違う、能力者か魔装使いの可能性がある。もっともお前が覚悟を決めるなら話は別だが」
ほむらの喉を鳴らす音が聞こえる。彼女にはこの一ヶ月間ある程度の基礎戦闘技術は教えたがまだまだ不十分だ、いくら天才的なほむらでも時間が足りない。それにこの期に及んで彼女は殺しは嫌だと甘えた言葉を言っている。奴らも人の人生を壊して生きているのだ、そのくらい奴らにも覚悟して貰わなければ。
「どうする?降りるなら今だぞ」
ほむらは一瞬間を置いて龍に返答した。
「大丈夫、始めて」
ほむらは正直不安だった、今までは自分の命を守るための戦い、つまり逃げるための戦いしかやったことがない。しかし今回は違う、奪い返すための戦いで逃げることは許されない、攻めるのも自分だ。しかしやらなければならないのだ。大丈夫、絶対に大丈夫。そう自分に言い聞かせる。
「始めるぞ」
それだけ言うと龍は行動を開始する。