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第3話 新たな日常

静寂、漆黒、暗黒。石造りの古い通路、じめじめとしたその空間は等間隔に並べられている薄暗いオレンジのランプだけが明かりの頼りで薄気味悪さを演出している。通路には時折開いた扉が現れその中には様々な拷問器具や拘束具、古びたベッドが展示されている。ここはシルク城地下、かつて様々な罪人とされた人物を秘密裏に収用した地下牢獄。この美しき城、その闇の部分だった場所だ。しかし今現在は光の元にありその役割を全うしたこの場所一般向けに公開されており誰でもその暗い歴史に触れることができるようになっている。

しかし人々は知らなかった、広い城内にはいくつも地下牢があるがそのうち人触れぬ未公開のエリア、その場所は未だその役割を担っていることには。

暗闇にいる一人の男、手足は錠で縛られその自由を奪われ大の字になって部屋の中央に立ったまま固定されている。色黒の全裸の長身の男、その身体は傷だらけであり表情には疲弊の色が伺える。この男性の名は三宅隆次、ほむらを襲ったあの白服とサングラスの男である。そのサングラスの下から伺えたあのナイフのような鋭い眼光も今や錆び付いたかのように虚ろであり一見では同一人物であることを疑うほどだった。

「どうだ、聞き出せたか?」

扉越しでその男性を一瞥した龍はこの場所の責任者である部下に訪ねる。彼は尋問、拷問のプロだ、当然拷問や監禁はこの国では禁止されているが彼のような裏世界の組織の人間、増してやその幹部の人間は普通の尋問では生ぬるい。

「いえ、まだですが時期に協力するでしょう」

「時期に・・・か。協力して貰わないと困るんだがな」

彼らの会話は扉の内側には聞こえない。牢獄そのものは古いがこの区画は最新の設備を備えており現代の使用に耐えうるようになっている。

ここで行っているのは洗脳だ、密室に閉じ込め恐怖による支配を行い肉体的、精神的に弱らせる。その後刷り込みを行い従うようになったところで拘束状態を解き安心させた後また拘束監禁する・・・その繰り返しを完全に忠誠を誓うまで行う。洗脳はマインドコントロールより短期間で済む分抜け出しやすいがどちらにせよ極刑になる人物だ、生かす必要はない。

「聞き出せ次第知らせろ、被害が拡大しつつある」

三宅隆次が行っていたこと、それは少女を標的とした拉致、売春斡旋、人身売買だ。スラムに暮らす多くの少女が犠牲になっておりほむらもその一人になるところだった。さらには最近はスラムだけでなく郊外に暮らす少女らも犠牲になり始めている。その少女らの行方、犯行に対する報復、そして最終的には組織の壊滅が今の龍の仕事である。とは言え組織が巨大であることは理解しており壊滅はなかなか難しいのが現状だ。奴らの事業は人身売買だけではない、薬物密輸販売、武器密輸販売、暗殺、違法賭博等様々だ。その大部分は警察組織が捜査を行っているもののスラムのような街はどうしても手が及び辛い。何より合法的な捜査をせざる終えない以上柔軟性や機動性がどうしても足りない場面ができる、それを補うのが龍の仕事だ。

あいつもきっと分かってくれるはず、龍は紅の少女にそう願いながら地下牢を出ていった。


「ほむにゃん朝からがば盛っとるやん、そんだけ食べたら太るよー」

あれから二週間の時が過ぎた、ほむらも最初はたどたどしかったものの新生活に慣れてきていた。ほむらはスープ、ベーコンエッグ、そして皿いっぱいのパンをトレーの上に乗せている。

「こんだけ食べないとやっていけないのよ」

痩せ細っていた身体は食生活の改善もあり健康的な丸みを取り戻しつつある、病的だった白さも美肌と呼べるようなものに近付いていた。しかし決して太ったという訳ではない。確かに体重は増えたが身体につくのは脂肪ではなく筋肉でありそれがほむらの悩みの種となりつつあった。もっとも決してボディビルダーのような身体ではなくスラリとしたアスリート的な身体付きでありその平たい胸部以外はファッションモデル的であるため三人からは羨ましく思われているが。

食堂のカウンターから四人とも食事を取るとテーブルに向かう。その時だ、ほむらはふと紫髪の女性が目についた。二対の縦巻き、いわゆるツインドリルと呼ばれる髪をした女性、彼女は二人の同僚らと賑やかな雑談をしながら朝食をとっている。彼女は泉堂蘭、有名大学出身のいわゆるエリートに分類される人間だ。彼女はほむらの視線に気が付くとそれを無視した、エリート思考の強い彼女はほむら達が龍のお情けで入ってきたと思っており彼女らのことをひどく嫌悪している。しかもだ、それでいて彼女らは龍の近くに配属されている。


ここにいるメイド達にとって龍は憧れの存在である。その整った容姿に皇子という立場、甘く美しい声、その太陽のようにまぶしい笑顔。まさにおとぎ話に出てくる王子様そのもののように思えるからだ。ちなみにこの職業の就職競争倍率は高収入の国家公務員であるため極めて高かったりする。

それもあり四人は非常に疎まれいるがほむらはそういう事情をまだ理解してなかった、しかしそれでも周りの異様な空気は理解していた。特にこの千堂蘭の嫌悪は異常だ。ほむら達は彼女らのテーブルの横を通り奥のテーブルに向かおうとする。その時だ、泉堂蘭が足を伸ばしてほむらの足を引っかけようとしたのは。

「ほいっと」

しかしほむらはそれをひょいと軽く飛んで避けるとそのまま何事もなかったかのように進み奥のテーブルに座った。続く三人も蘭のイタズラに侮蔑の視線を向けながらも席についた。

「ほむらちゃんよく避けれましたね、大丈夫ですか?」

「うん、平気。あれぐらいあの街では日常茶飯事だったし」

ほむらはあの街のことを思い出す。あそこでは大の大人が子供に向かって足払いすることなんて日常茶飯事だ。それに何より彼女には何かするという気配があった。そういったものに反応できたのは日々の鍛練の成果だろう。まだ二週間しか鍛練はしていないが自分でも分かるくらいに成長しているのが実感できている。

「あいつら、新人にも容赦しないんですね、これが新人イビりってやつですか。ホント卑怯なことしかできないんですね、それとも年下にビビってるんですか?」

明日香が小声で毒舌を吐くがほむらはいざとなったら脅せばいいと言ってパンをかじった。ほむらは彼女らを恐れていなかった、というのもそれ以上の恐怖を知っているからだ、それは他の三人も同様である。しかもだ、言うまでもなくほむらは彼女らを黙らせるほどの力がある、実力行使をしてきても返り討ちにするだけだ。風香らもそれを聞いてほむらが特段怯えていないことを確認できると安心して食事を開始した。

一方蘭はほむら達を睨み付けていた。朝から食い意地張っているガキに恥をかかせてやろうと考えていたがあちらのほうが一枚上手だったらしい。しかもだ、自分の行為を完全に無視しておりその余裕の態度は馬鹿にされている気分だった 。事実ほむら達からは馬鹿にされているのだが。

「なんであいつらなんかが・・・」

自分たちがいかほどの思いをしてここにたどり着いたのだろうか、そんな苦労をまるで馬鹿にした存在、礼儀作法も知らない田舎娘以下の存在。そんな奴らがこの国で最も高貴なあの方の身辺の世話をしている。蘭はそんな彼女らと一緒の空気を吸うのも嫌だとに不快感を二人に伝えると席を立ちと二人と共に食堂をあとにした。


「で、今日の予定は?」

椎香に髪を整えられながら龍は確認のために尋ねる。普段のボサッとはねた髪型はそこにはなくきれいに髪が下りている。また顔もうっすらとメイクをしておりまるで別人のようである。

「十一時から庭園探索を行いそこで昼食、十四時から講演会に出席、十八時に帰城です。ほむらちゃんのあれはどうしますか?」

「そのあとだな、十九時からやる」

龍は多忙の身ではあるがそれでもほむらの鍛練のために必ず毎日時間を作っていた。今は基礎を固める時で大切な時期、今後のためにもなるべくほむらに時間を割きたいと考えている。近いうちにほむらを連れて行動することになるだろう、その時までに多少なりとも成長して貰わなければ。

「龍様、お支度終わりました」

「あぁ、ありがとう」

椎香の言葉に小さく礼を言うと龍は顔に手の平を当てる。そして次の瞬間その表情は大きく変わっていた。キリッとした鋭い眼差しは穏やかで温和な瞳に、ぶっきらぼうな口元は弧を描くように曲がったやわらかいな口元に。そこには先ほどまでのギラついた近寄りがたい印象を思わせる姿はどこにもなく優しげな好青年の姿があった、公の場に出る演技の姿に変わったのだ。その姿こそ千堂蘭らが憧れを抱く姿であり世間一般における皇子の印象であった、まるで先ほどまでの龍とは別人のようだ。

「それじゃあ行って来ますね」

爽やかに龍は言う、その口調も先ほどのそれとは大きく違い今の姿に併せたものであった。その姿を部屋の片隅で見ていた壮年の執事が龍の荷物を持つと彼女らに一礼してその後ろを付いていく。この執事は龍の身辺の世話や仕事のサポートをしており龍の裏の仕事にも関わっている、ほむらを拉致同然に連れ去った時一緒に行動していたのも彼だ。

「よくもまああそこまで人変われるわよね、二重人格じゃないの?」

龍のデスク周りを掃除しながらほむらは毒を吐く。そう言うほむらも騙された人間の一人である、最初龍を見た時彼が新聞等に出ているあの皇子だと思いもしなかった、でなければ龍をカツアゲの対象になんて選ぶはずがない。

「でも龍様の隠されたもう一つの顔を見れるのは愉悦です」

「うわっ!?いつの間に!?あんたはそこで何してるのよ!」

ほむらは自らのスカートの中で足に頬擦りをしついる明日香を蹴飛ばす。いつの間に潜伏したのか、気配すら感じなかった。

「今度は白炎叩き込むわよ!」

「美少女に殺されるならむしろ本望です!」

ほむらが足元に白炎を出現させるが蹴飛ばされた明日香に反省の色は見えない、それどころか手をワキワキさせてほむらに迫ってきておりほむらはヒィッと明日香から離れる。

「フウカァァ!モォォオップゥ!ブゥゥーメランッ」

「ヘブシッ」

風香は持っていたモップをくるくる回転させるとそれをブーメランのように明日香目掛けて投擲、彼女の顔面にクリーンヒットさせ明日香はまるで虫が踏み潰された時のようなうめき声を出して倒れる。このようなやり取りはもう一度や二度ではない、というよりほむらがここに来てから毎日のように行われてる。

風香はふぅと息をつくと話を続ける。

「あのバカはおいといて、龍様のああいう姿見れる人ホント少なかけん。それにあいつらが知らん姿を見てると思っとるとね」

ほむらは三人と違い特段龍に憧れを抱いている訳でもないためその感情はわからない。しかしだ、千堂蘭らが知っている龍の姿は所詮演技によるものであの冷酷な姿を知らないのだとと思うと確かに愉悦に浸れる、彼女らがあの冷徹な龍の姿を見たらなんと思うだろうか。

「こーら、そんなに人の陰口言わないほうがいいですよ、どこに人の目があるかわからないですからね」

椎香のお叱りに三人ははーいと返事をすると龍の部屋の掃除に専念するのであった。


「畜生っ!」

顔面に大きな斜め傷のある男がゴミを蹴りながら叫ぶ。ここ数週間は最悪だ、組織に反発しているガキがいるから拐ってこいと言われて見てみたら思ったよりも面のいい奴だったので犯そうと襲って見たら顔に一生物も傷を負ってしまった、そんなことを周りに知られたら馬鹿にされ仕事も来なくなるだろう、一生の恥だ。さらにあいつの居場所がおおよそ知っているということで三宅率いる殲滅班に呼び出されたが全く相手にされずまるでパシリのような扱いを受けた、もっともその殲滅班もそのガキに返り討ちにされたらしいが。殲滅班のメンバーは全滅、三宅は行方不明と散々な結果だったらしくそのガキもそれ以来行方不明らしい。ざまあない結果だがそのせいで組織にケチがつけられることになりそんな舐められてしまう状態を組織が放置する訳なく本腰を入れて組織は彼女を追うことになった、そして白羽の矢が立ったのが俺だ。しかしいくら探してもあのガキは見つかりはしない。

「ちぃ、どうして俺がこんなことやんねぇといけねぇんだ!?」

その問に答える人はいない。あの気に入らない威圧的な三宅の奴も消えたがあの死体の山となったビルの惨状を見るからに骨すら残さずに焼け死んだと断定された、ビルの至るところに高温により焼け落ち溶けてしまった痕跡や溶解した弾丸が残っていたからだ。報告からあいつが相当な炎の能力者だということも分かっている、それほどの高温を出せる能力者なら人体を文字通り灰すら残さずに消せるだろう。それに複数の遺体につけられた斬り傷も魔装によるものだ、奴がやったと見て間違いないだろう。

実際のところその場に残したものは龍らによる工作であり龍の存在を隠蔽するためのものだった。結果的にほむらの行方も眩ませることに成功したのだが。

男は四号区画と呼ばれる地域に入った、暁ほむらが最後に拠点にしていた地域だ。当然この地域は最優先で彼女の捜索を行った場所だがその痕跡はなかった。もう別の場所に拠点を移したと考えてまず間違いないだろう。にも関わらず男がここに来た理由、それは・・・・・

「いやがった」

男の視線の先にいるのは座って雑談している三人の壮年の浮浪者、いずれもあの少女によく接していた者達だ。既に組織の他の連中によって彼女の行方を聞き出そうと試みたものの口が硬いのかはたまた本当に知らないのか分からないが失敗に終わっている。三人は男を気付くと同時に慌てて立ち上がり逃げようとする、危険を察したのだ。しかし男はよれたジーンズの後ろポケットから拳銃をとりだすと威嚇にと発砲する。

「なに人の顔見て逃げてんだよ!」

威圧的な態度に小心者の三人はヒィッと怯え動きを止める。顔の傷や拳銃がその威圧感をより高めており三人は並々ならぬ恐怖を感じていた。

「あのガキのことでちぃと協力して貰いたいんだけど」

「なんだよぉ、あの子のことは知らないって言ったじゃないかぁ」

にやけ顔で、しかし威圧的に要請する傷の男に対して緑のニット帽を被った浮浪者が怯え震えながら答えた。

パァンッ!その瞬間だ、破裂音とともにニット帽の男はドスッと音を立てながら崩れ落ちて地に伏せた。

「いっちゃん!?」

二人が駆け寄ろうとするがそれを男が銃を向けて制止させる、薄汚い埃だらけのコンクリートの大地が暗い紅に染まりいっちゃんと呼ばれた男は声にならない声を出しながら顔から生気が消えていく、あまりに呆気ない最期であった。

「協力して・・・くれるよな?」

唐突な惨劇も相まって二人は凍りつく、その惨劇をもたらした男の言葉をほむらの無事を祈りつつも怯えながら呑むしかなかった。


三人とも元気にしてるかなぁ・・・そう思いを馳せながら頬に手を当ててほむらは窓の外を見つめていた。暗い藍色の空に日の光の支配から解放された星々が空を自由に駆け巡っている。この星を見ているとほむらは自らと星を重ねてしまう、暗闇ではあるが自由に輝くである夜空の星達と光満ちた世界だが輝くことのできない支配された星達。どちらが幸せなのだろうかと問われると一概には言えない、自由の代償は自らの命を削り輝かないといけないという過酷な環境でありそういう意味では夜空の星達も支配されてると言える。しかし昼間の星達は光に支配されているが自ら輝く必要がないとも言える。ならば今の自分はどうであろうか・・・

「暁さんっ!どこ見ているのですか!?」

ほむらはビクッとなって正面を向き直る、ほむらは今現在メイド長の早乙女から個人授業を受けていた。早乙女の顔をほむらは恐る恐る見上げるとそこには鬼がいた。

「余所見するほど余裕がある、そう言うことですね?」

ほむらの眉が引き吊った。机の上に目を移すとそこには沢山の文字が羅列してある、つい数週間前までは勉強という概念からも離れていたほむらにとってこの詰め込み式の教育は苦痛であった。別にほむらの理解力が低い訳ではない、早乙女の教師としての能力も決して低い訳ではない、ただ余りにも教えなければならないことが多すぎるのだ。

「グヌゥ、龍めぇよくもこんな無理難題を押し付けて」

「坊っちゃんはこんなものすぐに理解しましたよ」

ほむらは変なうめき声を上げながら龍を妬む、とは言え龍が悪い訳でもないのは理解していた。単純に自分がスラムで生活していた分一般教養が遅れているのだ、それを短期間で同年代を追い越さなければならない。でなければこれから一般社会での生活も儘ならないだろう。

「もう一度説明します、いいですか?知っての通り魔力とは体力と集中力によって生まれるものです。魔力の使い道は主に三つ、呪文を唱えて魔力を魔術に変換する呪術、導具を媒体に魔力を魔術に変換する導具術、そしてあなたがよく使う術者の肉体を媒体に魔力を魔術に変換する無言魔術、いわゆる能力と呼ばれるものとなります。能力は基本四種の、すなわち炎水風地の属性に分けられ一人につき一つの属性が基本です。つまりあなたは炎の能力なので炎以外の能力、例えば水の能力は使えないことになります。もちろん呪術や導具術を行使すれば可能ですが」

ここまでは基本的なことでほむらもよく知っていることである、しかしふとほむらは疑問に思い槍を出現させる。

「早乙女さん、この槍にもやっぱり何か能力秘められてるのかな?魔力通しても何の能力も出ないんだけど」

「当然です。魔装も魔導具の一種、当然何かしらの能力はあります、あなたがそれを格納できるのも能力の一つです。魔導具の特徴は複数の種類の魔術を呪文なしに行使可能になることです、魔装の場合はその一つに体内に格納させる魔術が込められています」

魔導具は言ってしまえば呪文の記憶媒体だ、術者が呪文を唱える代わりに導具に呪文を記憶させること魔術の行使が可能になる。

「じゃあこの槍は格納以外の魔術は使えないってことなのね・・・」

そうしょんぼりした様子でほむらは槍を見つめるが早乙女は怒鳴るように否定した。

「とんでもありませんっ!その槍は強力な能力を秘めた魔装の中でも上位に位置するものです!あなたが使えないのは単にあなたがその槍を使いこなせていないだけです」

早乙女はこの槍をまるで知っているかのように言った。そういえばと龍もこの槍を初めて見た時見覚えがあるような態度を示していた、彼らと先生は何らかの面識があるのだろうか。

「とにかく授業を再開します、槍は片付けてください。あなたは魔術を感覚的に使っていますが本来はかなりの知識がなければそこまでの技術は身に付きません、それにその能力を生かすにはある程度の科学知識も必要になります。いいですね?」

ほむらは早乙女に命じられて呪文の書かれている本を開く、魔術の基礎である呪術の勉強である。呪文はある程度の法則に則って言葉を並べ発動する、魔術の行使の範囲や行使する現象、速度、時間、必要な魔力量、それらはまるで難解なプログラム言語のようでありほむらはその文字列とにらめっこしながら頭を抱えるのであった。


「二段龍斬!撃!刃!」

「遅いっ」

ほむらは龍に四連撃を叩き込もうとするが脚払いを受けて反動で床に転がる。

「無理に攻撃を続けるな」

ほむら悔しがりながら龍を睨み付ける。どうにかこいつに一撃叩き込んでやりたい、その一心で立ち上がる。この距離だ、能力さえ使えればこいつなんて燃やし尽くしてやるのに・・・・その衝動を押さえ込む。能力に頼り過ぎ、彼の言っていたことは正しい、今もこうして能力に頼ろうとしている、そうした結果がこの間の様だ。能力は魔力、つまり体力と精神力を大きく消耗させる以上コストパフォーマンスが低い、まだ成長期で体力が少ないほむらにとってはそれは致命的だ。

「もう一度!回転龍穿!」

槍をまるでドリルのように回転させながら突き刺す技、龍が見せてくれた技でありそれを見よう見まねでやってみる。

「だから遅い」

龍はひらりと横にかわすとほむらはバランスを崩して再び転倒する。

「痛ぁっ!」

「回転龍穿は基本突進技だ、近距離から放っても回転させる分初動が遅れやすいせいでただの突きの劣化になりやすい。そもそも防御破壊の技だ、相手が鎧でも着ているならともかく壁もない近距離で撃つメリットはない」

ほむらは立ち上がりながら懐かしいような不思議な感覚を感じていた、先生と教え方がそっくりなのだ。あのスラムで生き残るための術として教わった槍術、パイプを槍代わりにして練習した日々の記憶が甦る。脳裏に浮かぶ厳しくも優しかった先生、その姿が不意に目の前の龍の姿と被った。

「こいつからは優しさは全く感じないけどね」

ほむらは呟いた、龍にとって自分は道具のような存在でしかないことは理解している、自分だって龍を利用しているだけだ、優しさなんて不要だろう。

「よく見とけ、回転龍穿はこうやって使う。動くなよ」

そう龍は言うと大剣を水平に握った腕を後ろに引きほむらに向かって飛ぶ、そしてすれ違い様にその剣を回転させながら突き出した。ほむらの額からは一滴の汗が流れ落ちる、龍の握っているのは魔装ではなく木製の模造品だ、当然ナイフのように手軽に扱える魔装よりも遥かに重量があり並みの人間では持つことすら厳しい。それなのに龍の突進は自分のそれよりも遥かに高速でその剣の動きは機敏だ。そして何よりその技の発動タイミングは絶妙でありほむらとすれ違うその瞬間、零距離で龍は腕を突き出した。これから何をするかが分かっており且つある程度龍の動きを見慣れなこと、そして注視していたからこそ目に捉えられた動きだ。

「ってできるかぁっ!」

ほむらは叫び突っ込みを入れる、あんな動きは間違いなく人外の範疇にあるものだ。あくまでも一般人の範疇にある(と本人は思っている)ほむらにそれは不可能である。

「そりゃできる訳ないだろ、この動きができるような肉体を作るまで俺が何年かかったと思う?それにこれはあくまでもお手本、俺の技だ。それをどう自分に落とし入れていくかが重要だろ。お前は確かに俺より身体能力が劣るが実戦ではお前には俺にない魔術がある、俺より小さい分俺にはできない戦い方もできるだろう、それにそもそも武器も違う。無理に俺の動きを真似する必要はない、お前なりの槍術を完成させていけ」

確かにだ、自分には彼の動きはできない。そもそも先生の動きすら真似できていない上に中途半端にしか教わってないため途中からは我流が入っている。しかしそれを生かしながら龍の動きを取り入れればより強くなれるかもしれない。

「あんたあたしに魔術に頼るなって言ってなかったっけ?」

「頼るなとは言ってない、頼り過ぎだと言ったんだ。大体前も言ったが白炎は魔力を使いすぎる、コストパフォーマンスも劣悪だ。それを使いすぎるから直ぐにバテてあんなことになるんだ、それに炎は燃やす以外にも使い方があるだろ」

ほむらはうーんと考える、炎の活用法は一考の価値がありそうだ。

そう思慮しているほむらを龍は表情の変化こそ乏しいものの嬉しそうに見ていた。自分の技術を盗み自らの成長の糧にするほむらの姿は龍にとって面白いものであった。彼女が優秀なのもあるだろう、だがそれ以上に人を育てるという感覚に快楽を感じていたのだ。今ならあいつの気持ちも分かる気がする、育てるという喜びも。よくよく考えたら年下と接する機会は今までほとんどなかったのもあるが。

「まあ考えるのは後にしろ、時間がもったいない。次は回避練習だ、いいな」

「うげぇ」

回避練習、つまり相手の行動を先読みしてひたすら攻撃を回避する練習だ、それがほむらは苦手だった。龍の動きが素早い上に回避できなければ痛い思いをする、現に毎日の練習で身体のあちらこちらに青アザができている。

「嫌ならさっさと上達しろ、じゃないと次は蜂の巣にされるぞ」

ほむらは嫌々ながらも武器を構えると龍の高速の斬撃をひたすら回避することに集中するのだった。


「はぁっ、ホント疲れたっ」

「ほむにゃんお疲れ。はいこれ」

そう言って明日香はテーブルに伏せるほむらの頬にキンキンに冷えた缶ジュースを当てる、一瞬ビクッと身体か反応するもそれを受け取り今やられたように頬に缶を当てる。火照った身体を冷やす缶がとても気持ちいい。

「んっ、ありがと」

「ほむにゃんここに来てからずっとそんな感じやねー」

風香はスナック菓子をつまみながらほむらの顔を覗きこむ、部屋の隅では椎香が三人のためにお茶を入れていた。今彼女らは椎香の部屋に集まっていた、ほむらの宿題を手伝うためだ。椎香の部屋は殺風景なほむらの部屋とは違いピンクを基調とした部屋で綺麗に纏まっておりメルヘンな雰囲気を醸し出している。四人が向かい合えるローテーブルにファンシーな小物の飾られた棚、ベッドの片隅には彼女が毎晩抱いて寝ている大きなぬいぐるみが鎮座している。談話室と化しているこの部屋には三人のための菓子やティーカップが用意されており椎香の趣味の物以外にも明日香や風香の好みの菓子類やジュースも置いてあった、今明日香の出したジュースもそれだ。また服装もみんないつものメイド服とは違い椎香は薄い紫色のゆったりとしたワンピース、明日香はオレンジ色のパジャマ姿、風香は白のシャツに赤いジャージを羽織っている。ほむらもまた部屋着のタンクトップと黄色のショートパンツを履いており椎香以外は女性しかいない寮内だからこそできるラフな姿をしていた。

「お茶入りましたよ、今度外出する時はお茶菓子も買い足さないといけませんね」

椎香は自ら仕入れた紅茶と茶菓子を三人に振る舞う、夕焼けのような色をした透明感の高い本格的なもので湯気とともに漂う花弁のほのかな香りが心を落ち着かせる。とは言えほむらは今渡された缶ジュースがある訳だが。

「ほぉら、起きてって!宿題やらんと早乙女さんにがられるばい」

「はぁーい」

ほむらは意を決して起き上がり脇に置いている教材を広げる、宿題もそうだが授業の内容は非常に濃いため予習もやっておかなければとてもではないがついていけない。

椎香がほむらの向かい側に座り問題を解くほむらのノートをまじまじと観察する、今の彼女はほむらにとってまるで家庭教師のような存在だ。ちなみに風香と明日香はそれを余所目に携帯ゲーム機を持ち込んで協力系RPGを行っていた。

「そこはこうやって解くのですよ」

文字式の羅列を明日香は手本を見せながら解く、早乙女が知識を分かりやすく伝えるなら椎香は実践方法を教えてくれる。そのおかげでほむらは辛うじてその早い授業スピードに追い付くことができていた。一方風香は紅茶を飲み終えると冷蔵庫から缶チューハイを取り出して茶菓子をつまみにゲームをしながら晩酌を開始した。明日香は気にせずゲームに夢中になっている。

「ふふっ」

「どうしましたか?」

ほむらの小さな笑いに椎香が尋ねる。

「いやね、まるで家族みたいだなぁって。椎香が長女で風香が次女、明日香が三女であたしが末っ子って感じ。急にお姉ちゃんができたみたいで嬉しくてね」

「姉妹・・・そうですね。私も妹ができたみたいで嬉しいです」

そう言いながらも椎香は言葉とは裏腹に寂しそうな表情をする、まるで懐かしい思い出が甦ったような悲しそうで寂しそうで儚い表情だ。

「椎香?」

「ううん?なんでもありません!さあ勉強の続きをしましょ」

そう言いまるで先ほどのことを振り払うかの如くほむらに勉強を促す、ほむらもまた今の話題は触れてはいけないことだったと理解し椎香の言う通り勉強に没頭するのであった。


ほむらが勉強に集中している頃龍は地下のシェルター内で剣術の鍛練をしながら執事の久留間から報告を受け取っていた、三宅から引き出した情報のことだ。

「なるほどな、二週間後か」

龍の手に握られているのは魔装である。しかしそれは形こそ同じだが普段使うあの大剣ではない、龍の身体に強烈な負荷をかけるための魔装でおおよそ実戦では使えないものである。龍は普段はこの武器を使って鍛練をしておりこれこそ龍が超人的な身体能力を得ている由縁なのだ。

「はい、あの男がついに吐きました。洗脳により吐いたので嘘ではないと思われます」

続いて久留間は手持ち式のプロジェクターを用いて資料を壁に投影、詳しい説明を龍に行う。取引場所は四号区画、あのほむらが潜んで場所だ。とは言えだあの事件のこともある、あれほど部下が殺られたのだ、素直にそのままの取引を行うのだろうか。

「それとですが・・・・・もう一つ連絡することがあります。噂程度ですがどうやら彼らはこの間のことを暁さんがやったことだと断定しているようでして彼女を追うのに必死になっているみたいです、こちらとしては好都合ですが・・・・・本当に彼女を連れていくのですか?」

龍は動きを止めて顎に手を当てて一瞬考えこむ、あいつには土地勘もあるし一応見学だけという約束だが思った以上に役立つかもしれない

。懸念事項も沢山あるがもし彼女を味方にできれば強力な戦力になりえる、そう考えると今回の一件で彼女が何かしらやらかしてもそれに見合う対価は得られるだろう、もちろん彼女が死ななければの話だが。

「ああ、ちょうどいい機会だし連れていく。俺達が何やっているのかを内側からも知って欲しいからな。それにもしかしたら戦力になるかもしれない」

「足手まといになるかもしれませんぞ。私は彼女を連れていくのはあまりお薦めしません」

久留間は彼女のことを心配しているようだった。無理もない、ほむらの持っているあの槍は"あいつ"のものだ。特別な感情を抱かずにはいられないはずだ。

「なに、あまり心配はいらないはずだ。あいつこの二週間で物凄く成長してやがる。あいつの教え方が良かったんだろうな、元々資質があるのもあるが。まあどうしようもない時は囮にもなって貰うさ、そうならないことは祈っているが」

それでも久留間は心配そうであった、いくら彼女に才能があるとは言え一ヶ月だ、鍛えられたとしても付け焼き刃にしかならないはずだ。

「とにかくほむらは連れて行く、予定に変更はない。それとだあの後の隠蔽工作は入念に行ったはずだが既に二週間前の情報だ、そのまま計画通りに取引を行うとは限らない。見張りをスラム全域に広げるように」

久留間はハッと答えて一礼したする。龍も一度身体の動きを止め壁に写し出された資料に注目した、以前しかけた監視カメラは未だ活動している。だが常に全部をリアルタイムで監視している訳ではない、もちろん録画はしているが。

少女らを誘拐して薬をつかって仕立てあげ売買しているその取引、その販売相手を突き止め金と人の流れを突き止めるのだ。ほむらももし自分がなにもしなければこの取引の"商品"となっていたかもしれない。本来は警察機構がこんなことやるべきなのだが残念ながら警察が宛にならない組織が大きい以上警察官個人のプライベートを組織が狙うからだ、それに内通者の情報もある。それにだ、龍は誘拐された少女達、報道番組で見たその親が取材を受けている様子を思い浮かべる。ほむらは冷酷だと龍に対して評価を下したが龍にも龍の正義がある、ただほむらがまだそれを理解してないだけである。もっとも彼女が冷徹な人間じゃないのは分かっている、彼女はお人好しだ。でなければ脱走の素振りも見せずに毎日こうやって訓練やメイド仕事をする訳がない。そんな彼女なら自分が戦っている意味もすぐに理解するはずだ。

既に時刻は深夜に差し掛かろうとしている、龍はプロジェクターを消すと一人黙々と剣を振り続けた、無音のコンクリートの空間にただただ風切り音が木霊するのであった。

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