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第2話 焔と龍

黄金とクリスタルに飾られたシャンデリア、天井一面に描かれた邪竜と対峙する戦士の姿を描いた神話的絵画、黄金に入った絵画や古い甲冑の飾られた深い赤の壁、黄金の装飾の扉、心地よい春の風に揺れる白いカーテンと青空を額縁のように彩る開いた窓、細かく整えられた真っ赤な絨毯。

豪華に装飾された部屋、そこに据え付けられたこれまた深い装飾の入った木製のベッドの上で少女は目覚めた。全身を包み込むように沈む敷き布団と重さを感じないほど軽く柔らかで温かい羽毛布団。ここは天国かと勘違いするほどの心地よさ、思わずもう一度目を瞑り意識を暗転させたくなる。春眠暁を覚えずとはよく言うがまさにその通りであり睡魔に負けて紅の少女は再び深い眠りにつこうとした。

「って!?」

ほむらは急に身体を起こす。ここはどこ?あれからどのくらい時間が経ったの?どうして生きているの?・・・頭が混乱する。ここは、富裕層の屋敷か何かか?自分が捕らえられたのか?売り飛ばされたのか?混乱する頭で必死に考えるも答えは出ない。

ふと身体を見た。身体のラインが浮き上がる白いネグリジェ、あのズタズタの服ではない。それに身体もあまり痛くない。治療を受けたのだろうか。ほむらの脳裏には一つの可能性が思い浮かぶ、あまり想像したくない可能性だ。

売り飛ばされたのか?富裕層に、愛玩具として・・・それなら納得できる。身体の傷が治っているのは傷があると売り物にならないため、それに身体のラインが浮き上がるこのネグリジェは欲情的でもある。

それならば、とほむらは窓に向かう。あまり期待していないが脱出が可能かどうか確認しておきたかった。

「まあ・・・そんなに上手くいく訳ないよね」

地上何階だろうか。ベッドから起きた時他の建物見えなかった時点で予想していたがかなりの高所にある。ちょっと目を上に移すと近場には木が生い茂り他の建物は少し遠くの下方にある。ちょっと町から離れた場所、山か何かの上にこの建物はあるようだ。町全体を見渡せるこの景色は近場の緑とのコントラストが美しく絶景といえ、ほむらは一瞬目的を忘れ目を奪われそうになった。

ギィィと扉が開く音がしてほむらははっと振り返る。もう少し外の光景を見ればここがどこか分かったかもしれないがひとまずそれは置いておくとする。扉を開いたのは金髪のサイドポニーが特徴の女性、高身長のおっとりとした雰囲気を醸し出す若い女性だ。その服装からメイドであることが分かる。

「あら、お目覚めになりましたか?」

身構えたほむらに対してにっこりと笑顔で女性で問いかける。その黒い瞳からは敵意は全く感じない、むしろ好意的に接してくれている。

「ふふふ、そんなに警戒しなくて大丈夫ですよ」

女性は口に手を当てて上品に笑う。騙している可能性も否定はできないがほむらは取り敢えず緊張感はそのままに構えを解いた。

「よくお眠りになられてましたね、相当大変な事にあったようで」

「ここはどこよ?だれがあたしをここに連れて来たの?何をあたしにさせるつもり?」

ほむらは焦っているのか口早に尋ねる。しかし女性は首を横に振りながら口を開く。

「すいません、それはわたくしから申し上げることは許されていませんのでこれからご拝謁して頂く龍様に直接お伺い下さい。こちらにお越しください、龍様にご拝謁していただく準備がありますので」

苦笑いしながら非常に丁寧な言葉でほむらの質問を断り自らに着いてくるよう言う女性、龍という人物は誰だろうか?そんな疑問を抱きながらもそのメイドに対してほむらは無言で頷いた。


赤い絨毯と金の装飾のランプ、時折飾ってある美術品、部屋と同じく豪華に装飾された廊下は建物自体が歴史的建造物であることを象徴してるかのようでまるで美術館だとほむらは感じる。それに妙に廊下が長い、相当大きい屋敷のようだ。ほむらはここ数年は裏路地で生きてきたため表の事情は子供程度の知識しかない、だがそれでもこれほど大きな屋敷なら目立つはずなねだが頭の中に思い浮かばなかった。

「こちらです」

そう言って女性は扉を開く。温かで湿った空気、水はけの良さげな木製の床、巨大な鏡と洗面台、大きな棚積まれたタオルと籠、そして部屋の奥にある大きな半透明窓の付いた扉。間違いない、そこは脱衣場だ。

さらにそれ以上に目立つのが中を掃除している二人の女性、その姿からメイドだと分かる。

「あっ、目覚めたと!」

「寝ている時も可愛かったですけど起きてても可愛いいですね、舐めていいですか?」

訛りの混ざった口調で話すほむらより真っ赤な、薔薇のように赤い髪に黄色の瞳で明るくしゃべる女性がその隣にいる失礼な発言をした少女の頭にゴツン、と鉄拳を与える。にやけたな表情の野獣のような眼差しをした青い髪に短めのツインテール、ほむら以下の背丈のニギニギと手を動かしている少女にだ。ほむらは彼女を見て顔をひきつりながらも呆気に取られた。

二人ともに害意がないことはなんとなく理解できたがほむらは一歩後ろに下がる。何か嫌な予感がしたからだ。

「あ、あの・・・」

「さあ、おぬぎ下さい」

女性はにっこりと笑いながらいい放つ。ほむらは金髪の女性を睨み付ける。先ほど「龍」とか言う人物に会う準備と言った、そして入浴・・・嫌な想像が現実と結び付く。

ほむらは咄嗟に構えて槍を展開、さらに脅しの意味をこめて白炎を槍に纏わせる。敵意はないようだからこれで充分だろうか。仮にあの青年のように皮をかぶっていてもこれならすぐに対応できる。

「おっ、落ち着いて下さい!そんなに嫌がることをするつもりないですから!」

「そうそう、ちょっとペロペロするだけヘブシッ」

「あんたは変なこと言わんと!怖がらせるやん!」

三人は三者三様に驚き恐怖する。やはり敵意はないようでほむらは少し安堵した。三人ともパッと見は(一人を除いてだが)いい人みたいだったのでなるべく傷つけたくなかった。

「あたしをどうするつもり、こんな屋敷に連れ込んで、こんな服着させて!」

三人は目を合わせてぱちくりさせる。まるで何か言葉の通じてない、そんな感じだ。

「何って、お身体汚れてらっしゃるので入浴して貰えと申し付けられただけでして」

「なんか勘違いしとうばってんさ、何にも変なことする気なかよ!その服も保護した時着てた服破れてたけん取り敢えず着て貰っただけやし!」

赤と黄の女性が慌てたように言う。冷や汗を三人とも流しておりほむらは少し怖がらせ過ぎたかなと思う。そして「保護」と言う言葉にほむらは反応した、今までは拉致されたと考えていたからだ。実際殺されかけた、だがもしかしたら青年が仕留め損なってその後別の人に保護された、その可能性もある。

「第一何かするつもりなら薬打って首輪付けて体縛って身動き取れなくしてペロペロしてます。薬は趣味ではありませんが」

怯えながらも変態的な発言をする青髪の少女にほむらはドン引きしながらも一部はその通りだと考える、確かにここまで自由にしておくのはおかしい。何より最初部屋の窓も開いていた、あくまで敵意はないという証か、そう考えるとほむらは槍を光の粒子に変えて体内に納め、臨戦体制を解く。

「分かったわ、今はその言葉を信じる」

ほむらはため息を吐いた。どうやら自分の勘違いのようで自分はあくまでも保護という形らしい。ならばひとまずその「龍様」とやらに会おう、それからだ行動を起こすのは。

「ただし!その子は近づけないで」

ほむらは指を指していい放つ。あの少女だけは危険だと本能的に悟っていた。その指先の青髪の少女は・・・いつの間にかいない?

その瞬間ふくらはぎにぬるっとした感触を感じほむらは全身に寒気を感じ鳥肌を立てた。

「ペロッ、ちょっと泥臭いですけどこれは処女の味!」

ギロリと眼下の青髪の少女を睨み付けると唐突に赤髪の女性が投げた雑巾が少女の顔面に叩きつけられる。ほむらは不快感を露にしながら腕の匂いを嗅ぐ。そんなに臭いかな?取り敢えず身体をしっかりと念入りに洗おう、と胸に刻んだ。


湯船に浸かりながら思う、控え目に言って最高だ、天国だ、こんな大きくて豪華なお風呂に入れるとは。お湯もただの水ではない、恐らく何らかの効薬が混ぜられているか、もしくは温泉かもしれない。いい香りもする。シャンプーもリンスもボディソープも凄くいい香りがするし自分が見違えるように綺麗になった気もする。思えばここ数年は風呂なんて入ってない、濡らしたぼろ雑巾のようなタオルで身体を拭くぐらいしか出来なかった。

ほむらは肩にお湯を手でかける。日に当たらないところで生活していたからか透き通るほど白い肌にお湯が流れる。どのくらい眠っていたかは分からないがつい昨日?までの自分では想像もできないだろう。白炎の高温にも耐えうるほむらは逆上せることもない、ほむらはいつまでも湯船に使っていたいと感じた。

「そろそろ上がっていただけますか?」

扉が少し開くと顔を出した金髪の女性がそう言った。どうやら少し長く浸かり過ぎたようだ。ほむらは立ち上がる。無駄な脂肪のない細い手足、凹凸のない胸部、わずかに腹筋の見える腹部、透き通るほど白い肌を垂れる水滴。実年齢の十六より少し幼く感じる身体だがその未成熟な肉体は美しさすら感じる。ほむらはしなやかな細い指で扉付近にかけてあるタオルを取り身体の水滴を拭き取り身体を隠すようにタオルを巻いた。

扉を開くとメイド達三人が待っていた、手にはいろいろ服やら櫛やらハサミやらの道具を持っている。そしてよりにもよって青髪の少女が白いシンプルなデザインのキャミソールとショーツを持っており、ギューと抱きしめていた。

「あの、それあたし着るの?」

青髪の少女は首を縦に頷く。赤髪の女性もにっこり笑っている。金髪の女性もだ。

「温めておきました、どうぞ着て下さい」

ほむらは顔を引き吊らせる、この子だけは苦手だ、そうほむらは感じていた。

「それとも私の今履いてるパンツ履きますか?むしろ履いて下さい」

そう青髪の少女が言うと突如赤髪の女性が少女の耳を引っ張る。

「余計なこと言わんと!」

「ごめんなしゃい・・・」

赤髪の女性は怒った状態で少女を叱る。そしてほむらに顔を向けるとごめんなさいと少女の頭を押さえながら何回も頭を下げる。

「分かったわよ、その持ってるやつ着るわよ」

ほむらはため息をついて少女から下着をぶん取り、再び浴室に入って着替える。下着のサイズはちょうどいい、サイズを測ったようにだ。もしくは実際寝てる間に採寸したのかもしれない。

「はい、上着。趣味じゃないかもしらんけど、あとで用意するけん許して!」

そう渡されたのはワンピース状のドレスだった。ピンクに白のレースと赤いリボンのあしらわれた、かわいいデザインだ。確かに好みではないが女の子が憧れそうなデザインであるには間違いない。用意した人に非はないだろう。ほむらはさっそくドレスを来てみる。膝まで伸びたスカート、上腕部までの袖、適度に開いた襟、ドレスなんて着たことなかったがこれなら簡単に着れる、そこまで憂慮してくれたなら文句は言えないだろう。生地は柔らかくて肌当たりの優しいいい生地で服のサイズもちょうどよくキツさは全く感じない、これも高級品なのだろうか。

扉を開くと再び三人がほむらに注目し、そしてわぁと声を上げる。

「やっぱ見立て通り、がば似合っとうやん」

「ペロペロしたいでいひゃいです」

赤の女性が青の少女の頬を引っ張る。一方金髪の女性は鏡の前にほむらを手招きした。鏡の前に向かったほむらはそこで初めて自分の現在の姿を見た。服は好みではないが確かに似合っており、赤髪の女性の見立ては間違いないようだ。金髪の女性に椅子に座るように促されほむらは鏡の前の椅子に座る。金髪の女性はほむらの後ろに立つとドライヤーで髪を乾かしながら髪の毛を櫛でとかし始めた、ほむらの髪の毛はお世辞にも状態がいいとは言えないがたったこれだけでもかなりよくなった気がする。

「髪の毛、相当痛んでます、身体を見た時もそうでしたが大分苦労されたようですね。」

女性はカット用のケープをほむらに着せると透きバサミで髪の毛を綺麗に整え始める。その目は哀れみや同情と言うより悲しみに満ちた目をしていた。決して自分を下に見てない、ほむらと同じ目線でだ。

「まあ・・・ね」

彼女達は気付いていた、ほむらの身体の細さや年齢よりも未成熟な状態、これは本来成長期の彼女が栄養を確保出来てないことによるものだ。肌が白いのも必要な日光にあまり当たっていないからであり、ほむらの生活環境を物語っている。

ちょっと暗い空気の中女性は手際よく髪を整える。決して美容師のような腕ではないがそれでも慣れた手つきだ。きっと普段から自分の髪の手入れをしっかりと行っているのだろう。

「さて、終わりです!見違えるように綺麗になりましたよ」

ほむらは改めて鏡を見て、そしてうわぁと感嘆の声を出した。まるでお姫様みたいだ。膨らんでいてはねっ毛のあった髪の毛は綺麗に降りており纏まっている、前髪も目までかかりそうな状態だったのが左右に分けられておりほむらの本来の魅力を引き出してくれていた。

「あたし・・・こんなに変われるんだ」

「まあ元がいいけんね、それにしてもよう似合ってんやん」

ほむらは改めて自分の価値に気づく。そりゃ自分を度々男たちが襲う訳だ、こんなに綺麗なら高値になる。嫌気が差しながらもほむらは男達の目が正しいことを理解した。

「舐め、いや犯していいですか?むしろ犯して下さい」

青髪の少女は赤髪の女性に頭を叩かれた。


「龍様ってどんな人なの?」

ほむらは金髪の女性に案内され廊下を歩きながら訪ねる。後ろには青髪の少女と赤髪の女性がついてきており時折青髪の少女がほむらに触れようとする度に赤髪の女性に制裁されていた。

「どんな人って言われましてもねぇ・・・私達のご主人様でちょっと近寄りがたいですが優しい方ですよ」

そう言って彼女は微笑んだ。後ろの女性達もそれには頷く。その表情から彼女らからは信頼されてるようで悪い人ではないようだ。

「イケメンよー、惚れちゃいかんけんな」

赤髪の女性が笑いながら言った。その反応からほむらは警戒の必要はなさそうだと感じた。

「さて、こちらでお食事しながらお待ち下さい。もう少ししたら、龍様もお見えになられるはずなので」

そう言って彼女は扉の前に立ちそれを開く。案内されるがままに開くと大きな広間に豪華な大きなテーブル、飾られた燭台、並ぶ料理の数々が目に飛び込んできた。ドーム状の天井は絵画が描かれ、やはりシャンデリアで飾られており壁には複数の甲冑と燭台が、奥の壁にはステンドグラスで描かれた巨竜が存在感を醸し出していた。

「どんだけの金持ちよ・・・」

ほむらは呟く。この部屋も芸術的で自分の存在が場違いであることを認識させられる。漂う料理の香りもその見た目もいつか本やテレビでしか見たことない料理ばかりだ。

「さあ、こちらへ」

案内された席にほむらは言われるがまま座る。嗅覚と視覚両方で食欲をそそられる料理達、しかしほむらは戸惑っていた。食べ方が分からないのだ。テーブルマナーなんて分からないしそもそもナイフとフォークの使い方すらまともに分からない。ましてやナイフやフォークが複数本並んでいる。ちんぷんかんぷんだ。

ほむらは助けを求めるように周りを見る。すると赤髪のメイドが笑いながら反応した。

「はっはっはっ!分からんとやろ食べ方が。適当でよかよどうせ誰も見とらんし、期待もしとらんよ」

ほむらはむっとしたがその通りなので言い返せない。仕方なく幼少期、まだ普通の女の子の時に見たテレビの記憶を元にナイフとフォーク、スプーンを使い食事を始めた。

料理はこんなものあるのかと思えるほど上品な味わいだ。宮廷料理と言えばいいのだろうか、先ほどは視覚と嗅覚で食欲がそそられたが今はそれに加えて味覚触覚聴覚が旨みを伝える。肉料理も長時間漬け込んであるのかしっかりと味が染み混んでおり野菜もしっかりとドレッシングや肉料理との付け合わせも考えてある。魚介類のリゾットもしっかりと白米に魚介の旨味が溶け込んでいて絶品だ。スープも、ドリンクも、デザートもすべてが最上級の料理であまりの美味しさにほむらは涙を流しそうになった。

食事を可能な限り食べ尽くしたがそれでも料理はまだ残っている、久方ぶりだお腹いっぱいに食事をしたのは。

ほむらがその満腹感に浸っていると後ろの扉が開かれ、一人の青年が姿を表す。黒のシャツに白いスラックスに、肩まで届く跳ねた黒髪に白い肌、鋭い金の瞳。間違いない、ほむらは咄嗟に立ち上がり身構える。いつでも槍と白炎を出せる、すぐにでもその刃を彼の首へと向けられるようにだ。

「あっ、あんたは!」

「食事、堪能したみたいだな」

メイド達は深々とお辞儀をする。この態度は、まさか!?

「「「お帰りなさいませ」」」

青年は軽く手を振るとほむらに近付く。ほむらは手に白炎を出した。

「そんなに警戒するな、こちらに敵意はない。それは分かっているはずだ。暁ほむら」

こいつ、あたしの名を・・・ほむらは驚くが表情に出さない。ほむらの脳内は怒りによって煮えたぎっていた、彼に殺されかけたのだ記憶が蘇ってきたのだ。

「あんた、何者よ。それにここはどこ?あたしをどうするつもり?」

先ほどメイドらにかけた、質問を再度かける。すると青年はため息をついた。

「どうやらまだきづいてないらしいな、自分の置かれた状況を」

すると青年はほむらの隣の椅子に座って足を組んだ。

「俺は龍、辰牙 龍。第百三十八代スヴェート民主国第一皇太子。ここまで言えば分かるか?」

そう、龍と名乗った青年は睨んだ。ほむらは一瞬頭が真っ白になる、想像よりあまりに掛け離れた存在だからだ。頭の中で様々なことが交錯する。既に民主化が進んだ今、王族なんて外交の駒でしかなく、民衆もほとんど王族の顔を知らない。知ってるとしても国王の顔が分かるのみで皇子の顔など知ってる者は学者かよっぽどのオタクのみで数少ない。しかしだ、この場所、広すぎる敷地に豪華すぎる通路や部屋、歴史を感じる壁、そしてこの豪華な料理の数々。屋敷だと考えていたがこれが城だとすると納得のいく。何より窓から見た景色はどこか高台になる建物の景色だ。そしてそんな建物限られている、この街の象徴たるシルク城なんてまさにそうだ。そしてメイド達の態度も彼が高位の者であることを物語っている。

「だがまずは謝らせて欲しい。俺はお前を拉致同然に連れ去った。この食事はその謝罪の証だ」

青年は立ち上がり深々と頭を下げた。ほむらは内心慌てるが態度を変えなかった。ここで下手に出れば相手に飲み込まれかねないからだ。

「まあいいわ、そして何であたしを連れ去ったの」

そう腕を組んでほむらは言うと青年は顔を上げ腕を組んで仁王立ちした、切り替わりの早い奴だ。

「俺の下で働いて貰う」

・・・ほむらは頭が真っ白になった、意味が分からない、何を言っているんだ彼は。大体自分に何をやらせるつもりだ。ほむらがあたまにハテナを浮かべると龍は察したのか説明する。

「お前にやって貰うのは俺の護衛、俺の護衛メイドだ」

「いや、あんたに護衛なんて必要ないでしょ?」

ほむらは即座にツッコミを入れた。自分より遥かに強い男の護衛なんて不要だろう、何より一回対峙したから分かる、彼の強さは底が知れない。自分と戦っていた時も完全に余裕を見せていた、自分が一撃叩き込めるチャンスを見つけられたのも彼が余裕を見せたからだ、それでも防がれたが。

「まあいろいろあるんだ、護衛が必要な訳が。それにお前には才能ある。槍使いの才能、炎の能力者としての才能、そのどちらも申し分ない。増してや希少な白炎使い、伸ばせばいい戦力になる」

ほむらはギロリと目を動かし睨む。まるでまだ何か隠してる、そんなことを感じたように。そしてそれは龍も察していた。龍は目を動かしほむらとメイド達以外誰もいないことを確認すると口を開いた。

「ここからは機密だ、内外に話すな」

メイド達は龍の気迫に押されたのか唾を飲み首を縦に振る。室内は急激に温度が下がったかのように感じられ、ほむらは鳥肌が立った。

「ほむら、お前には俺の裏の仕事を手伝って貰う。俺の裏の仕事・・・って言ったら大体どういうのか分かるな」

裏の仕事と聞いてほむらの脳裏にはあの惨劇の光景が浮かんだ。重なる死体、絶えない流血、その中に帰り血すら浴びずに佇む白黒の青年、あれを自分もやるのか?そう考えた時ほむらは背筋が凍る。ほむらはあの世界においてまだ殺しは経験していない、大怪我負わせたぐらいならたくさんあるがそれでも禁忌をまだ犯してはいないのだ。それをこの青年はやれと言うのか?

「当然、報酬も出・・・」

「冗談じゃない!誰があんな殺戮者になるか!」

ほむらは唐突に怒鳴った、龍の気迫に押されずに、それどころか龍を圧倒する気迫だ。龍もほむらの勢いに押されて一歩後ろにさがる。

「大体なんなの人を連れ去って唐突に裏家業手伝えって!?あんた皇子でしょう?そっちの道のプロがいるでしょ!?なんで昨日まであんな薄暗いところでひっそり生きてきたあたしなんかがそんなことしなきゃいけないのよ!?いくら積まれてもやってやるか!!それなら死んだ方がマシよ!」

龍はその言葉を聞いた瞬間眉間に皺をよせる、それだけではない、メイド達も目を下に向けた。

「・・・死んだ方がマシ、か。なら今ここで死ぬか?」

ほむらがえっ?って声を上げた時には既に巨体な大剣がほむらの首に当てられていた、龍はあの殺気を放っている。

「どちらにしても俺の話を断るなら今すぐ首を跳ねる。掃除は大変だろうがな」

龍は横にいるメイド達に視線をずらしながら言う。ほむらは身体が震えた、対峙した時とは違う、彼がちょっと力を入れるだけでほむらはその身体と決別することとなるだろう、そして彼はそれくらい平気でやる、脅しではない。だが、ほむらは殺戮者にだけはなりたくなかった。なってしまえばあの暗闇にいる男共、奴らと同じに堕ちてしまう、そう考えていたからだ。

「それで脅したつもり?」

震えを必死に堪えながらほむらは尋ねる。声を出すだけで刃が喉に食い込みそうでほむらは内心冷や冷やしていた。

「ああ、脅しだ。だが俺が躊躇ない人間なのはお前も分かっているだろ?」

彼の言う通りでほむらも理解していた、そもそも自分は処分されていたはずの人間だ。しかしだ、ほむらはそれでも口答えする。

「・・・あんた、あんだけの人間殺して何も思わないの?」

殺気に気圧されずにほむらは龍の顔を瞳を凝視する、あの暗いまるで闇のような金の瞳を。龍もほむらの瞳を凝視した。烈火のごとき光を宿す真っ直ぐな瞳、汚れのない瞳を。

「殺らなければ殺られる、それだけだ」

「あんたの実力なら殺る必要はないでしょ!」

唐突にほむらは怒り声をあげた、下手な行動をしたら首が跳ね飛ぶ、そんな状況でだ。そのまるで考えなしの言動、いや死よりも自らの信念を優先したがゆえの行動か、龍は感心する。更にほむらは勢いを増して言葉を続けた。

「あんたに殺された人達、あいつらだって家族がいたかもしれない、好きであんな奴に従っていた訳じゃないかもしれない、足を洗って更正する機会を探していたかもしれない、そんなこと考えたことなかった!?もしそうならあのクズらとあんたは同列よ!」

薄暗い汚い場所にいた真っ直ぐ綺麗な少女、明るく綺麗な場所にいる歪んだ醜い青年。両者は対象的だった。

「俺が殺さずとも後で誰か別のやつが始末するだけだ」

「だから殺していいと?」

睨み合う紅の少女と黒の青年、その青年は眉間に僅かにシワを寄せた。綺麗ごとばかり言いやがって・・・その言葉は口には出さない。言ったところで無駄だと分かっていたのもあるが何より彼女が知らないのは自らの行いの結果であることを理解していたからだ。

「俺にも使命がある、そのために犠牲になってもらっただけだ」

「あたしもその使命とやらの犠牲だったわけ?」

そういうことだと龍は表情を変えずに言う、それはほむらの怒りのボルテージを更に上げることとなった。

「あんたの使命がどんな崇高なもんかは知らないけど命を奪っていい訳がない!」

詭弁だな、そう龍は答える。彼女は知らないのだ、その犠牲の上に彼女を含めた多くの人間の幸福が成り立っているのを。だがそれは実際に肌で感じないと実感が沸かないだろう。

「だったらだ、その使命その意味を理解してもらう」

剣は光に変わると身体に吸収される。喉元にあった危険物がなくなりようやく命の危険から脱したほむらはほっと息を心の中で吐いた。しかしだ、まだ怒りは治まってはいない。

「脅しに屈しないと見たら次は何?あたしは絶対にやる気ないから!」

挑発的な態度を取るほむらだが龍は肩を竦めるて手を広げる。

「脅しに屈していたらそれこそ首を跳ねていた。どちらにしても急過ぎる話だ、今すぐやれと言うのは酷だろう」

試したのか?そうほむらは問うが龍は半分だけなと肯定しつつもほむらの発言で頭に血が上ったことを認めた。その上で龍は提案を出す。

まずほむらは見学という形で龍の仕事に着く、その傍らでほむらは一応のために能力や武術の訓練を受ける。更にその間は収入がないためこの三人の下でメイド作業に従就する。訓練は仕事ではないのかとほむらは聞くがそれは自分の仕事を手伝うなら出すと龍は受け答えをした。

一瞬ほむらは考え込む。龍の仕事の手伝いは嫌だ、見学すらしたくない。しかしそれ以外は好待遇ではないのだろうか、訓練は万が一あの世界に戻った時に役立つだろうし何より定期的な収入が得られる。あとは暮らしていけるかだがほむらの後ろから金髪のメイドがほむらの耳元で囁く。

「ちなみに週休二日制、有給休暇年間二十日で三食支給の独身寮ありですよ」

ほむらはピクンと反応した、それだけであの暗いコンクリートと泥水をの世界からは暫くおさらばできるのだ。

「まぁそれならいいかもね。いいわその条件飲んであげる。ただし、絶対にあんたの仕事を手伝う気はないけど」

この高飛車めと龍は思いながらもフッと笑う。あまり顔の変化が乏しいが意外にも感情豊かだとほむらは龍に対して感じる。

「それはどうかな?ともかくだ早速明日から働いて貰う、まずはあの三人についてメイド作業を覚えろ。その傍ら俺が直々にお前を鍛えてやる」

急に堂々となった龍にほむらは笑い、そして再び頭にハテナが浮かぶ。

「直々・・・に?」

「ああ、何てったってお前が使う槍術、あれはうちの武術だ。俺が鍛えてやるのが一番効率がいい。感謝しろよ、ワンツーマンでびっしり鍛えてやる」

ほむらは先ほど飲んだ条件の説明、それが不十分だと抗議した。


結局抗議は一蹴されてしょんぼりとしながら食堂から金髪の女性に連れられてほむらが出ていく。残る龍と赤と青のメイド。

「あの子やんねぇ、がば殺気立った龍様にあんだけ啖呵切れるって」

「びっくりしました、私あの子死んじゃう思いました」

龍はフッと笑う。

「全くだ、本当にいい拾いものした。殺されそうだって言うのにその相手に向かって説教とはな、大した度胸だ」

表情の変化こそ乏しいがその顔は本当に嬉しそうで、楽しげだった。暗い金の瞳も今だけは僅かに明るく見える。

「武術の才能、能力の才能、心の強さ、おまけに容姿、どれを取っても文句なしだ。文句あるとするならあの幼児みたいな体型ぐらいだが・・・まあ十年後に期待というところか」

「それセクハラ発言ですよ」

お前が言えたことか、と龍は青のメイドに思うが口には出さなかった。

「龍様がそこまで言うなんて珍しかね、がば気に入っとるやん。それともああいう娘が好みと?」

「馬鹿言うな」

実際龍の性的な好み・・・ではない。だが気に入っているのは事実だ。感服せざる負えないその芯の強さ、死ぬとしても自分の信念だけは曲げないその強さ、自分にも迫るとも劣らないその力を。しかしだ、今の彼女にそれを通すだけの力はない、現にあの時自分が来なければ彼女は今頃どうなっていたか。それにだ、「生きることを諦めるな、最期までもがき足掻け」彼女はそう言っていたのに自ら放ったその言葉を信念で曲げてしまった。強い生への執着と生をかけてでも折れない信念。今のままではいずれぶつかりあいいずれかが折れてしまうだろう。二つ同時に追うならば力がいる。

「あの子龍様の仕事手伝うんですか?凄く嫌がってましたが」

問題はない、そう龍は言う。人の財布は盗むがあれだけ正義感が強いんだ、現実を突き付けられれば協力するだろう、いやせざる負えない。何よりあの思いは"かつての自分"と同じだから。

「さぁ、俺もそろそろ食事にするか。で俺の昼食はこの食べ残しか?」

龍の目線の先には食べ掛けの皿の山がある。実のところいつもの食事はもっと質素でありこの食事は交渉を優位に進めるために龍がほむらに対して自腹で用意したものになる。それを見かねたメイド達は慌ててテーブルを片付けて食事の準備を始めた。


「あらぁ、よく似合います!」

ほむらが眠っていた豪華な部屋で金髪のメイド、貫内椎香がそう褒め称える。その視線の先にはリボンのあしらわれた白と黒が基調のかわいらしいメイド服を着たほむらが顔を紅潮させながらスカートを押さえていた。スカートは特段短いものではなく膝より僅かに上、と言うものだが白いニーソックスとレースのあしらわれた黒いスカートの間から僅かではあるが露となっているいわゆる絶対領域と呼ばれる色白の太ももに恥ずかしさを覚えたのだ。スカートなんて着たのは数年ぶりだ、何よりほむらは動いた際に下着が見えかねないスカートが苦手である。しかし似合っているのも確かであり、その恥ずかしがる仕草も含めて今のほむらは非常に魅力的であった。現に三原色の三人組メイドはそんな恥ずかしがるほむらを見て頬を赤らめている。

三人は今新たに後輩となったほむらの制服、すなわちメイド服の仕付けを行っていた。ほむらの体格は小柄だがドレスを用意した時採寸はできていたためメイド服の仕立てはほぼ終わっていた。あとは着心地を聞くだけなのだが・・・

「馬子にも衣装とはまさにこのことばい」

三原色の赤のメイド、阿久風香がそう言うと隣にいる二人も頷く。

するとほむらはスカートを押さえ見上げながら声にならない声を上げて睨み付けた。

「わっ、ほむにゃんそれは反則です、犯罪です、イジメたくなります」

「明日香先輩それ以上言わないでください・・・」

青のメイド、霧草明日香はそう言ってうずくまるほむらを見るや否や我慢できず押し倒して襲いかからんとする。しかしそれを風香が制止する。

「やめんね、手出したくなるのも分かるばってん出したらこげん可愛かと見れんくなるやん」

「風香先輩まで!? 」

風香のその言葉にはっとしたのか明日香は動きを止め恥じているほむらの愛らしい姿をその瞳に焼き付ける作業を再開した。

「まあまあその辺にしてあげましょ、ほむらちゃんもそんなに恥ずかしがらないで下さい、すぐに慣れますから」

椎香がそういうと二人は不貞腐れながらほむらから離れる。ほむらも不満の表情を浮かべながらも立ち上がる。明日香は相も変わらず腕をニギニギしながら厭らしい表情をしているがほむらはそれを嫌悪感を込めて睨んだ。

「着心地はいかがですか?キツいところとか緩いところとかありませんか?」

ほむらはそう聞かれると腕を動かしたり腰をひねったりして確かめる。スラム暮らし故かほむらは服装を機能性で選ぶ傾向がある。

「うーん、ひとまずは大丈夫かな?この横に広いスカート以外は」

「ならスカート脱ぎますか?私は一向に構いませんよ?」

明日香がそう言ってほむらのスカートに触れようとすると風香が唐突に彼女の頭を叩く。

「そろそろ変態行為もいい加減にせんね!ほむにゃん恥ずかしいなら下にスパッツとか履いてよかけんね。ほむにゃん結構動く仕事になるやろうし、言ってくれたら頼んどくばい」

その仕事はやる気ないけどと思いつつアドバイスは素直に受けとり彼女にスパッツを頼むのであった。

コンコン、と扉から音がすると4人のいる空間の扉が開かれる。扉の外から現れたのは初老に差し掛かろうかという女性だった。装飾のない長い紺色のスカートにエプロンの出で立ち、彼女らと同じく給仕や主人の世話等を行う人であろうことは分かるがその背筋の伸びたキリッとした姿勢と堂々とした表情から彼女らメイドとは一線を画する存在だと分かる。

彼女が現れるや否や三人のメイドらは背筋を正し緩んだ表情を引き締める。それに倣ってほむらも背筋を正し表情を引き締めた。

「メイド長をしている早乙女です。皆さんもう自己紹介はお済みですか?」

すると三人は「はいっ」応答して首を縦に振る。

「暁さん、あなたにはこれからこの三人に付いてもらい龍様の周辺のお世話をして貰います。主に龍様のお世話、掃除、洗濯、それにあなたの場合は龍様のお仕事のお手伝いのための訓練をしてもらいます」

ほむらはゴクリと唾を飲み込む。あらためて聞くと膨大な仕事の量だと感じる。

「それから暁さんは初等教育しかお済みでないようですね、ですから毎日お勉強も受けて貰います、龍様からの申し付けです。厳しくしていきますからね」

目を光らせる早乙女にうっ、とほむらは一歩足を引きたくなる。正直スラム生活で勉強とは無縁だったため初等教育すら今のほむらには怪しい。一応初等なら教育を受けてはいるが・・・

とは言えだ、教育を受けれること自体は嬉しかった。スラム暮らしで教育の価値を思い知ったからだ。

「まあまあそんなに緊張しないで、私達もできる限り手伝うから」

椎香がほむらに囁きちょっとだけ心配が緩んだ。


壁一面に並んだ本と巨大なモニター、赤い絨毯の敷かれた床と金の装飾の施された天井にパーティールームのようなシャンデリア、一つの大木から切り出されたであろう職人の技術の粋を込めて作られたであろう年代物の机とその上に置かれた三つのモニターと大量の書類。中世の王室に近代的なアイテムがところどころあるこの部屋の主、龍は椅子に深く腰かけて机越しで少女を見つめた。

「で、何よ。さっきの今別れたばかりなのに呼び出して」

メイド服姿になったほむらは不機嫌そうに言う、ほむらの横には三人のメイドも一緒にいた。一方その言葉を聞いた龍は大きなため息をついた。

「お前はもうちょっと敬語を使うとか立場を弁えろ。俺はお前のご主人様だぞ」

呆れながら龍がそう言うがほむらは「だれが弁えるか」と聞く耳を持たなかった。

「まあいい。それよりお前達を呼んだのは他でもない、例の場所に案内するためだ。そこの立場の分からないガキを鍛える訓練場にな」

龍は立ち上がりながらそう言うとほむらはあんたも大して年齢変わらないじゃんとムスッとした。

龍は「ここから先は機密事項だ」と言うとおもむろに本棚に近づきその中の何の変哲もない冊子を手に取り開き手をかざす。するとだ、本棚は大きく前にせりだし裏に大きな空洞が現れた。この本棚にも魔導具が仕込まれているのだろうか。

「付いてこい」

そう短く言うとほむら達は龍に先導されて共に本棚の裏に入る。石作りの壁、湿った暗い明かりのない石畳の幾度となく折り返す階段。豪華絢爛な龍の部屋とはうって変わっていかにもな暗い隠し通路だ。龍に続いて彼女らが階段に足を踏み出すと扉となっていた本棚が自動で締まり通路内は真っ暗になった。ライトも何もないのかとほむらはふてくさりながら自らの手のひらに炎を生み出し暗闇を照らした。

「便利なものですね、能力というものは」

椎香がほむらの後ろから炎を見ながら言う。炎はいつもの白ではなく普通の紅色だ。

「ほむにゃんいたらライト要らずやん、これから深夜の見回りの時は付いてきてもらおうかな?」

二人の褒め言葉に機嫌を治したほむらはこういうこともできるよと炎をまるで傘のように五人の上に広げて階段を照らした。これほどの炎に包まれているが四人には全く熱さを感じない、これこそほむらの能力の才能の一端だ。三人はほむらのその炎の扱いの器用さに感嘆とし、ほむらはどや顔をする。一方龍はこのくらいできて当然だと鼻を鳴らす、事実白炎なんて炎の制御を極めないと出来ない技術だ、彼女にとってこんなお遊びは朝飯前だろう。

「今日はこいつらがいるからいいがあんまり照らすんじゃない。暗さに慣れるのも訓練の内だ」

水を刺され気分を害したほむらは炎を手の平大に戻した。


「ここが鍛練場、城内では俺も含めて僅かな人間しか知らない場所だ」

地下、細い通路を抜けた先に重々しい扉が待ち構えていた。中世の城の地下には似つかわしくない、近代的な加工の施されたダイヤル式の鍵のついた分厚い金属製の、まるで金庫のような扉だ。龍はそのダイヤルを弄り鍵を解除する。

「外は魔導具の鍵なのにここはずいぶんアナログなのね、予算不足とか?」

ほむらは茶化すように言うが龍は表情一つ変えずに扉に手をかける。

「あえてです。両方とも魔導具にしたら魔導に詳しい人に突破されやすいですし」

明日香はそう説明する、聞くと彼女らはここに何度も来たことがあるらしく鍵の解除法も知っているということだ。

巨大な扉がガチャンと解錠の音を立て、すぅーと滑らか開く。真っ白なコンクリートに覆われた通路、間接照明となっている蛍光灯、そしてその壁に設置された分厚い扉。これは金庫というよりも・・・

「シェルターみたい・・・」

「ご名答、ここは緊急時のシェルター。過去に王族や要人を守るために作られたもので今でも定期的に改装しながらその機能を果たしている」

確かにパッと見相当頑丈そうで例え核兵器でも防ぎきれそうに見える。しかしだ、なぜわざわざこんな場所に連れて来たのだろうか?ほむらは疑問を抱きながら二つ目の扉をくぐる。

そこは灰色のコンクリートに覆われたドーム状の、大小それぞれ扉が一つずつある以外何もない。地下とは思えないほど広く、野球ぐらいならできそうなほどだ。

「ここが訓練場だ、非常時は倉庫として使用予定でついでに言うとそっちの扉は居住区に繋がっている。普段は更衣室代わりだけどな」

龍は小さな扉を指して言う。ちなみにだが大きな扉は運搬用の扉でありほむららが入ってきた入り口と同様に厳重に管理してあるという。また、二人が入ってきた金庫のような扉までの通路もほむらは気付かなかったが城内様々なところに繋がっており非常時に早急に避難できるようになっているらしい。

何故自分にわざわざそんなこと教えるのか、そう疑問に思っているとそれを察したのか風香が説明を始めた。曰く自分たちの業務にここの管理や清掃が入っているとのことでほむらも訓練以外にもここの管理や清掃を担当するからだとのこと。しかしだ、それでもほむらの疑問は尽きなかった。

「でも、なんであたしなんかにこんな重要な仕事任せるの?こんなこともっと信用できる人に任せればいいのに」

ほむらの意見はもっともでほむらのように入って間もない人間に任せる仕事ではない。しかし龍は首を横に振る。

「合法的に雇ったやつらに任せる訳にいかない、何かあった時処理に困る」

合法的に雇った人には任せられない?ならば彼女らは違うのか・・・そう龍に問うが龍は彼女らを一目見ると沈黙した。

「あのねほむにゃん、うちらも実はほむにゃんと同じでスラム出とよ」

えっ!?とほむらは三人を見る。すると三人は瞳を床に向けた。その姿だけでほむらは理解した、彼女らは恐らく自分以上にひどい目に遭ってきたのだと。そもそも自分がそんな目に遭わなかったのは自分に能力があったこと、それにあの人に助けてもらったためである。だからもしもそれらがなかったとしたら・・・

「龍様に拾って頂かなかったら今頃どんなことになっていたかと考えるだけで憂鬱です」

明日香のその言葉にほむらはあのスラムで見た光景が蘇る。自らに忍びよる魔の手、にやけた男ども、薬漬けになり壊されて物同然に道端に放置されただ野垂れ死ぬ運命にある目の焦点すら定まっていない女性達。そして一瞬ほむらは彼女らがそうなっている姿を想像した、してしまったのだ。途端に襲い来る吐き気、それは先ほどの食事を食べ過ぎたからではない、彼女らだけでなく自分の姿を重ねてしまったからだ。

寸でのところで嘔吐感を抑えるほむら、その姿を見た椎香はほむらによりそい背中を擦る。

「そんなに私たちを龍様が救って下さったのですよ、それだけではなく仕事まで与えて頂きましたの」

龍は鼻を鳴らし、単に使い捨てができる人間が欲しかっただけだと言うがそれは単に素直になれず己を隠しているだけであることは誰の目からも明らかだった。

「あんたも存外いいところあるじゃん」

ほむらは龍への評価を僅かに見直すが龍は後ろを向きほむらに訓練用の服に着替えてくるように急かしたのだった。


「で何よこれ!?身体のラインが丸分かりじゃない!?」

その服はまるで競泳用の水着であった。黒と濃灰のスーツ、唯一違うのは上腕部半ばや太ももまでそのスーツが覆っていることだった。

「文句言うな、自分が被弾する範囲を明確にするためだ。別に動きに問題はないだろ」

既に三人のメイドらはいない、それぞれが各々の仕事に戻ったためだ。それに何よりここから先は龍の戦闘能力、その重要度の高い機密事項を含んだ内容になる、そこまで触れる権利は彼女らには与えられてなかった。

「だったらなんであんたは着ないのよ、それとも何?あんたそういう趣味なの?そう言えばあんた最初あたしの売春に応じたわね?」

「だれがそんな幼児体型に反応するか、大体売春に応じたのはお前に近付くためだ。それに・・・そういう服は昔嫌になるほど着た」

俺の場合は上半身裸だったがなと龍は付け加える。ほむらは龍が水着のような姿でひたすら剣を素振りしている様子を思い浮かべて思わず笑ってしまった。すぐに龍に睨まれて表情は戻したが。

「さて、ひとまずお前には魔術より先に武術を極めて貰う。というのも正直魔術に関してはお前に教えられるほどの人物が少なすぎるからだ」

「へぇ、こんな未熟なあたしを教えらないほど人材不足なのこの国は?」

「未熟なのは自覚してんだな。その白炎いつから使えるようになった?」

龍の問いにほむらは過去を思い浮かべる。いつからだろうか、白炎を出せるようになったのは。正直あまり覚えていないが小学生の高学年に入る時にはもう出せたと思う。スラムで暮らすようになってからはさらに上達したが。その旨を龍に正直に伝えると龍は頭を抱えた。

「本当に天才っているんだな。白炎なんて何十年修行したやつの中でさらに一握りの人間だけがやっとのこそ発現できる能力だぞ。まあそういう訳で魔術、特に炎の扱いについて教えれる人間はいない、簡単な教育は受けて貰うが残りは独学で頑張って貰う」

ほむらは白炎を手の平の上に浮かべてみる。珍しい能力であることは知っていた。しかしだ、それほどにまでなのかと。ならばこの青年は何なのだ?いくら消耗していたとは言え彼はそんな自分に打ち勝った。正直言えばあの白服のサングラスの男、自分の経験不足もあるが彼も消耗と物量がなければ勝てていただろう。しかしだ、彼は違う。あの物量をものともしない圧倒的な力、風の能力も白炎の能力も無視する物理的な破壊力、彼もまた天才に値する人物ではなかろうか?先ほど昔から自分が着ている服と似た服を来ていたと言っていたように努力はしていただろう。しかしそれだけであれほど力を身につけられるものか?

「と言う訳だ、お前には槍術、辰牙流槍術を身につけて貰う」

ほむらは白炎を消し龍に意識を向ける。龍はあの巨大な大剣・・・・・を模した巨大な木刀を持っていた。どうやら自分が着替えている間に用意していたらしい。

「さすがに訓練ってだけあって本物は使わないのね」

「俺はな。お前には本物を使って貰うが」

そう言って龍はゴムで作られた細長い棒状の何かを投げ渡される。それには縦に切れ目が入っておりそれを刃に取り付けろとのことだった。どうやらこれはシールドらしい。

「さすがのあんたも刃を向けられるのは怖いってことね」

「勘違いするな、この訓練用具が斬られるのを避けたいだけだ。それにお前の腕ごときじゃ俺に掠り傷すら与えられない」

そう言って龍は剣を腰元に構える。あの巨大な大剣を使った抜刀の構えだ。

「いいか、辰牙流の剣術、槍術の特徴は鞘のない抜刀だ。抜刀は鞘滑りを利用して剣閃を加速させるが俺達はそれを握り手で再現する」

そう言って龍は峰を握った手を滑らせながらゆっくりと抜刀をする。ほむらもその動きはさんざんやってきた。槍の場合は柄を握った手を滑らせながら行う、反りの再現は腕の曲げで再現するためこの動きは剣術と槍術で多少異なるが。

「これにより抜刀法の最大の欠点である納刀、その隙を無くすことができる。それだけではなくこういった納刀が不可能な超重武器でもそれが可能となる。そしてそれを生かして抜刀からの二段攻撃、さらにそこから即座に抜刀に繋げられる攻撃が」

「二段龍斬でしょ?この武術の基本になる技」

そうだと龍は続ける。どうやら基本的な知識はちゃんと理解しているらしい。しかし一体誰から学んだのだろうか、龍にはおよそ見当がついていた。ほむらが取り出してシールドを装着している槍、それに見覚えがあるからだ。なんとも奇遇なことか、龍は思う。だが基本的な知識はあってもそこから先はあまり知らないようだ。現に龍斬弾や二段龍擊、二段龍刃といった技は知らないようだった。

「辰牙流武術の極意は「光の如く素早く巨龍の如く猛烈に」だ。破壊力、速度、俊敏性、それら全てを兼ね備えろ。一瞬でも攻撃の隙を見せるな、一瞬でも攻撃を緩めるな、一瞬の隙を逃すな。あらゆる手を使って攻撃を続けていけ」

それは格ゲーのコンボ攻撃のようなものだ、一撃当たればそこから怒涛のラッシュ攻撃となる。しかも超重武器のためその一撃一撃が必殺の威力を秘める、しかし欠点もある。

「とは言っても長物振り回す以上攻撃と攻撃の間に隙ができるのは必然でしょ?それはどうするのよ」

そうほむらは聞くと龍はやれやれと手を広げる。

「それを無くすために練習するんだろうが。ほらさっさと始めろ、まずは抜刀の素振りからだ。乱れたらすぐに矯正してやる」

こうして龍とほむらの訓練は始まった。


「死ぬかと思ったぁ」

「ほむにゃんおつかれー」

メイド服姿に戻ったほむらはまるで死んだ魚のような表情でうなだれていた。龍との訓練は二時間に及んだ。その合間休憩などない、常に全力であった。特に後半、常に龍の攻撃に対処し続ける訓練。あれは最悪だ、龍の素早い攻撃は常に集中せざる負えないのにそれを長時間行うのだ、しかも痛い。明日は筋肉痛と打撲でまともに動けないかもしれない。

「あいつ一体なんなのよ!なんの恨みでここまでするわけ!?」

風香は明らかにほむらの龍に対する態度が原因だろうと考えていたがそれは胸の内に秘めておいた。

ほむらは風香に案内されて城内の主な仕事場を案内されている。というのも城内全てはとても一日で周りきれる広さではなく、またほむらの仕事でも重要度が低いためだ。ほむらのメイド仕事は主に龍の部屋の掃除、龍の雑用、先ほど龍と訓練した場所の管理の三つだ。特に龍の雑用は大変で様々な蔵書等の資料や書類の運搬やコピー、龍の食事の運搬等々多岐に渡る。それらを一つ一つ頭に叩き込まなければならなかった。

そしてそれらに関係する場所を回った最後に自分がこれから暮らすことになる寮を案内して貰った。

「わあぁ!」

ほむらは感動の声を上げる。ここは敷地内に立てられた古くからあるメイド寮、外見こそ昔ながらの石作りだが中は近代的で廊下まで含めた冷暖房、室内はワンルームとは言えトイレに浴室、キッチンまで付いており家具も最低限揃えてある、おまけにパソコンまで!もちろんほむらの起きたあの豪勢な部屋には劣るがそれでも生活する上で充分過ぎる設備がこの部屋には備わっていた。

「この部屋で暮らしていいんだ・・・」

感激でほむらは声が小さくなる。あの薄暗い雨すらまともに凌げない泥と埃だらけの空間に段ボールだけ敷いて寝ていた夜とも、汚い雨水をシャワー代わりに浴びて公園の水道で濡らしたタオルで体を拭く毎日ともこれでお別れだ、今日からこんなにいい部屋で暮らせるのだ。

「水道や光熱費は給料から天引き、食事は朝六時から七時半までと夜の七時から九時まで、取り置きの連絡は八時半までに寮菅さんに連絡。あと必要最低限の衣服はしまってあるけん必要に応じて使って。はいこれ鍵」

そう言われて風香からほむらは鍵を渡される。聞くところによるとどうやら風香も明日香も椎香もこの寮に住んでいるとのことで知っている人がすぐ近くにいることに安堵した。

「じゃあ七時になったら食事呼ぶけんそれまで自由にしといて、それから他のメイドとの揉め事は起こさんこと、特に寮内ではね」

ほむらはその忠告に疑問を浮かべる。当然のことなのに何故わざわざ忠告するのか・・・

「大人の世界は怖いとよ?特にうちらはね」

ほむらはハッとする、ここでも差別的な扱いがある、そういうことなのだろう。彼女もそういう経験があるに違いない。あまり動き回るのはやめておこう、そうほむらは肝に命じた。

風香が消えるとほむらは室内の物色を始める、まだ一時間ほど時間がある。生活に必要なものは全て揃っていた、服だけはあまり好みではなかったが部屋着になりそうなものはある。薄い水色のパーカーにそれに着替えてメイド服をクローゼットにかける。ふとテーブルに目をやるとそこには様々なファッション雑誌、情報誌、新聞といったものが積んであった。そしてその横、雑誌やパソコンによって死角となっていたそこに置いてあったもの。それは龍から奪った財布だった、中身はカード類は抜かれていたが紙幣や小銭はそのままだった。当面の生活費ということか。

「・・・・・これから全てが始まったのよね」

あまりに沢山のことがあってはるか昔に感じてしまうが彼と出会ったのはつい先日のことである。これを手に入れた時はこんなことになるとは考えてもいなかった、もしかしたら実はこれは夢で本当の自分は未だにダンボールの上で寝ているのではないか?そう思えるほど現実味がない。ほむらは財布を手に持ちベッドに転がる、朝起きた時に寝ていたベッドと比べるとさすがに質は劣るがそれでも充分過ぎるものであるのは違いない。

「返すって言ったのになぁ」

財布を見ながら呟く、てっきりもう手元からなくなったものだと思っていたが。

あいつ一体なんだろうか・・・・・冷酷な奴、と最初は思っていた。しかしところどころにこういった気遣いを感じる、彼女らへの扱いもそうだ。それが余計に彼のことを分からなくさせる。

「ほむにゃんー、そろそろご飯よー」

思ったより時間が早く経っていた、彼についての考察はまた今度にしよう。そう考えるのをやめたほむらは風香、明日香、椎香らと一緒に食堂に向かうのだった。


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