プロローグ
「やめて!」
路地裏、ビルとビルの隙間、人の気配が全くない場所、日の光も入らない闇の中、少女の声が響く。ゴミとドブ川の匂いの漂う衛生的とはかけ離れた場所。そこに二人の男女がいた。背の高い、茶髪の三十代くらいの、グレーのジャンパーに薄汚れたジーンズを着た男性が紅の髪をした色白の少女を手を壁に押し付けながらニヤついていた。少女の身長は男性の胸元までしかない、齢13くらいの少女。それに対して少女は目を瞑りながら足をばたつかせて逃げようとしている。
「いいねぇそういうの」
そう言って男は片手で少女の両手を塞ぐと空いた手でナイフを取り出した。
「死にたくなかったら大人しくしておくんだな」
自らの口元をベロりとなめ回す男性に少女は悪寒を感じる。
少女はスラム街となっている古いビルの並ぶ道並みを歩いていたところ唐突にビルの間から手が飛び出しその間に引き込まれた。この街で少女が歩くということはそういうリスクがあるのは常識となっているがそれにしても迂闊だったと少女は後悔していた。
「いい加減にして、じゃないと痛い目見るわよ」
少女は唾を男に対して吐き捨てた。すると男は思いっきり少女の頬を叩いき睨みつける。
「調子に乗るな!死にたいのか!」
そう言って首筋にナイフを押し当てて鋭い目で睨み付ける。 少女がケッと悪態ついて大人しくなるとそれでいい、と言って少女の着ているガバガバなTシャツに手をかける。発育不足な凹凸のない体しかしそれも一部の人間には欲情的なのだろう。
「それ以上やると・・・」
「助けを呼ぶってか?やってみろよ誰も来やしないがな」
そう言って男はニヤリとする、反抗的な女の子に興奮を覚えるようでそれを見た少女はまるで掃き溜めに捨ててある腐りかけのハエの集った生ゴミを見るかのような目で睨み付ける。その態度に男はより興奮したのかゲヘヘと笑う。その様子に少女はついに堪忍袋の尾が切れた。
「それ以上やると・・・・・・あんた、大怪我するわよ」
男性の眼前、少女との間に突如黄金の槍が現れる。片刃の大きな刃先が特徴の槍、それを少女は蹴り男性の顔に刃をぶつける。
「ウワッ、ウワァァァア!」
「掠っただけでしょ!?騒がしい!」
男性が出血に驚き少女から手を放すと少女は素早く手を振り槍を手にとる。そしてそのまま刃を返し峰を急所、鳩尾に叩きつけて男性をアスファルトの地面に転がす。
「だから言ったでしょ?大変なことになるって」
そう言いながら少女は男性の下半身、正確には彼の膨らんだズボンのポケットに刃先を入れ男性を傷つけることなく綺麗にポケットを切り離し、ポケットの中身の財布、それを器用に槍先で宙に上げて空いた手でキャッチした。
「三万ちょっとか・・・まあいいや」
彼女は財布を開き金と小銭を抜き取ると財布を男性に投げ捨てて再び刃先を男性に向ける。その表情は怯えて戸惑う男性とは裏腹に怒りに満ちていた。窮鼠猫を噛むという言葉があるがこの場合は鼠だと思っていた少女が実は獅子であったということだろうか。ともかく突然の立場の逆転、それに彼は動揺していた。
「俺の顔が・・・」
男性の顔面は斜めに大きな傷が入っており血がで続けている。しかしだ、傷痕は残るだろうが命に関わるほどではない。
「こんなか弱い女の子を襲おうとするからよ!そんな軽い傷で済んだだけマシと思いなさい!」
テメッ!と逆ギレして男が起き上がろうとするが少女は槍を顔先に突きつける。刃が顔に刺さるか刺さらないかのギリギリの位置、既にこの場の主導権は少女に移っていることを男は思い知らされた。
「消えて、今すぐ。次あたしの前に現れたら顔の傷じゃ済まないわよ」
たらりと血が垂れる刃先、そして少女の気迫。それに負けた男性は慌てて後ろを向くと叫びながらビルの隙間の闇に消える。少女もその後ろ姿を睨みながら悪態付くともといた方向、ビルの隙間からスラム街裏通りへと消えていった。