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光太郎編3話:僕自身のリセット

それから僕は勇気の事も忘れあれから仕事とベースの練習に没頭しいくつかのバンドに声をかけられるほどにもなった。自分の上達と人からの羨望の眼差しが心地よかった。


でも時折、バンドのセッションに参加しては思い出す事もあった。僕がこうしてベースを弾くきっかけは他でもないあの男、勇気だったということ。そしてそれを認めたくない自分との葛藤。


そんな考えが頭をよぎり始めてからか僕は玲子にも辛く当るようになっていた。もちろん玲子もそんな僕に対して冷ややかになってきていたのだ。気づけばもうあの時から5年の月日が流れていた。


「…ごめん、光太郎。今日は疲れたから先に帰るね…」


玲子のそっけなさもピークに達しているようだった。5年も付き合っていたので玲子から結婚という言葉もその間にちらほらと出ていたのだが僕はとてもそんな気にはなれなかったのだ。そんな時に決まって玲子は僕に言うようになっていた。


「あーあ…勇気は私と結婚して幸せにするって言ってくれたのに…光太郎にはそういう気持ちはないんだね」


僕にとってそれは何より神経を逆撫でするセリフだった。勇気だって?あんなヤツと引き合いに出される事がまずおかしいのだ。僕はあんな周りの見えない直情バカではない。


そもそも僕自身もおかしかったのだ。もう5年も前の話をここまで気にするなんて…。


玲子が元は勇気の女だった事、ベースを弾き始めた時も傍らにはあいつがいた事、それだけなのにまるで今の自分自身の生き甲斐が全て勇気に掌握されてしまっているような…そんな気分が拭えなかったのだ。


僕は過去を断ち切らなければならない。そして自分の手で敷いたレールの上を歩いていかねばならない。自分自身が成長しなければ…もっと冷静に非情にならねば自分を取り戻せない。


そう決意が固まった日、僕は玲子が住むアパートのドアを開けた。


「やあ玲子。突然すまない。今日は大事な話があるんだ。今、時間いいかな?」


「…光太郎…。どうしたの?」


「大事な話というのは…僕たちの今後の事なんだ」


その時、僕は玲子の目を直視することが出来なかった。その目にはうっすらと涙が浮かんでいたからだ。


「…いつあなたからその話が出るかと思っていたの…」


「…僕では玲子を幸せにする事は出来ないだろう。すまない、これ以上言葉が出てこないんだ…」


「いいの。あのね、私好きな人出来たんだ。バンドやってて…ボーカルなんだけどさ…。」


「まさか…」


まさか…玲子はあいつと…?僕は一瞬でそう直感した。しかし、


「違うの、あの人じゃない。私を幸せにしてくれるって約束してくれた人…。だから私の事は忘れて光太郎は自分の信じる道を進んで。私なんかよりその夢をサポートしてくれる人はきっといるはずだから…」


「…すまない…玲子…僕は…」


僕の視界が滲んだ。知らず知らずのうちに涙が流れていた。あの時、バンドと親友を投げうって手にしたこのたった一人の女性が今まさに自分の手から離れようとしているこの時に僕は涙を流していた。


僕の中でリセットボタンが押された瞬間だったのかもしれない。

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