光太郎編2話:勇気の戯言
「ねえ、光太郎!今日はさ、帰りに池袋のミルキーウェイでパフェ食べていかない?」
電話口で玲子は今日も元気に僕を誘う。
「ああ、そうだな。行こうか」
僕らは周りからも公認のカップルになって今は何事もなく平穏に過ごしている。
もともと僕と玲子の関係は彼女が勇気と別れる1か月前から始まっていたのだがそれは一部の人間以外には公言していないからな。それも全てあいつが悪かったせいだ、因果応報というやつさ。
あいつが玲子を追い込みさえしなければ…。
それに女に不自由しないあいつの事だ。玲子の事なんかすぐに忘れてさっさと他の女にうつつを抜かしているに違いないだろう。
「そういえば、勇気がバンドやめたらしいの、聞いた?」
「…そうなのか?いや、あれからバンドの連中とは連絡をとっていないからな」
「それで結局あさってにやるライブは勇気が抜けた状態でみんなでボーカルをとってやるんだって!」
「バンドのメンバーも勇気がどれだけ傲慢なのかがわかったんだろう。勇気がいなければバンドに遠慮する事もないしな」
「じゃあ、あさってせっかくだし見に行ってみない?」
「そうだな。あさってなら僕は仕事も休みだし…ちょうどいい」
前述の通りだが僕は勇気以外のメンバーに関してはこういう別れを選んでしまう事をとても残念に思っていた。だからこそ勇気が消えたバンドなら遠慮せずに見に行きたいと思ったのだ。そもそも消えるのはあいつだけでよかったわけなのだから。
ライブハウスのある渋谷は職場からも至近。僕は当日の30分前に玲子と待ち合わせをしていた。時間ピッタリに玲子は現われた。
「おまたせ〜!さ、行こ!どんなライブなのかすっっごく楽しみだよね!」
そしてライブハウスに着くとライブはちょうど始まるところだった。幕が上がりメンバーのレベルアップしたテクニックに舌鼓をうつ。さすがだ…やっぱりあいつらはすごかった。
その日はそれでメンバーと話をして何事もなく帰るはずだった。しかし…
最高のライブを見終わったその直後に眼前に現れたその人影の表情は僕と玲子を凍りつかせるには充分なほどの恐ろしい殺気を纏っていた。
「…ゆ…勇気…。」
「光太郎…おまえ…、全部お前の同僚から聞いたぞ…。玲子がいなくなる1か月前から関係を持ってた…そっから玲子がいなくなる手引きまで全部お前がしてたって事もな…」
誰かはわからないがこいつに全てを喋った人物がいた事を瞬時に悟った。
そう考えた刹那に勇気が頭を屈ませたその直後、僕の鼻から口にかけて大きな衝撃が走った。
「ぐ…うううう…」
僕はたまらず後ずさりうずくまった。あまりの痛さに動けなかった。
「勇気!やめなよっ!!!!!」
玲子が僕の前に立ち塞がり勇気に向かって叫ぶ。痛みをこらえて顔を上げると、勇気は玲子を押しのけて向かって来るのが見えた。
「おまえも同罪だ…どけよ!」
地獄の底から響くような声でそう言って華奢な玲子の体を押し退かせると僕に近づいてくる。今このまま来られたら…と考えた瞬間に勇気の身体にいくつもの手が伸びるのが見えた。
「…く…放せ!ちくしょおおお!!」
ふと顔を上げるとギャラリーが勇気を止めにかかっていた。4人かかりでようやく勇気は押さえつけられた。そして勇気は一滴の涙と共に一言、僕に言った。
「俺たちは…ダチじゃなかったのかよ…」
いつもならバカバカしくて笑いとばしていたようなセリフだったのだが…。
そしてその帰り道、玲子は申し訳なさそうな顔をしながら僕に言った。
「光太郎…殴られたところ…大丈夫?ごめんね、守ってあげられなくて…」
「いや…僕の方こそこんな…無様なところを見せてしまってすまなかった。しかし…」
「えっ?」
「いや…何でもない…」
「…変な光太郎!でもちゃんと明日病院行かなきゃだめだよ!」
「あ、ああ…」
それでも僕を「友達」と言った勇気の心情が全く理解できなかった。僕はあいつからすれば憎悪の対象以外の何でもない。
そして僕もあいつを憎んでいる。あの言葉に真実などあるはずがないのだと思っていた。