勇気編4話:発覚と制裁
光太郎は去った。そんな事実を受け止めきれない俺はある日渋谷でいつものように遊び相手の北山あすみ(きたやまあすみ)と麗らかなティータイムを過ごしていた。
「ねえ、勇気!今日はぁどこいくぅ?」
「そうだな…今日は俺はやめたバンドのライブに行ってメンバーに貸してた機材を返してもらわないといけないんだ。」
今日は浩一、圭二と最後に会う日。俺が抜けた後に新規加入したベースで合わせて3人でライブをやるらしいのでそこで貸し借りしていたものを全て返し合うという話になっていたのだ。
「じゃあそれまでは一緒にお昼寝しよぉぉね!」
と言った会話をしていた時の事だ。ファミレスのすぐ後ろの席から話し声が聞こえてきた。
「しかし…それ本当かよ?」
「ああ…中川さんはうまく女をたぶらかして幼馴染から奪ったんだってよ」
サラリーマンの二人組の何気ない会話が俺とあすみの耳に付いた。
「でも玲子さんって人だっけ?けっこう美人だったよなあ…光太郎先輩にはもったいないんじゃね?」
「おまえそれめっちゃ失礼だろ〜〜!」
俺は思わず立ち上がっていた。あすみも今までにない俺の表情に凍りついていた。
「…あんたらその話詳しく聞かせてくれねえか?中川光太郎と日比野玲子…この二人の話だな?」
俺の突然の言葉に二人組はおびえ始めた。そして次々に話を聞き出す事に成功した。
その二人は光太郎の会社の後輩だった事、玲子は家を出る1か月前から光太郎と関係を持っていた事、玲子の親もそれを了承していること。
「つまり…俺は嵌められたって事か…」
悲しみが少しずつ怒りに変わっていく。こんな事が許されていいのか…こんな事がまかり通っていいのか…。
この日のライブに光太郎が来る事があったら…容赦出来ない事を直感した。
あいつが来なければ…今日は平和に終われるのだ。そう思い込む事で自分をセーブしていた。
そして時間は夕方。ライブハウスに向かい、無事に貸し借りを済ませた俺。帰ろうとしたその時に目の前にいたのは…
光太郎と玲子だった。
あの二人の言っていた事は本当だったのだ、俺はこの胸の感情を抑え込む事が出来なかった。
「…ゆ…勇気…。」
ここに俺がいる事は予想外だったのだろう。二人の表情が一瞬で凍りついた。そして俺の隣にいたあすみも怯えた様子で後ずさった。
「光太郎…おまえ…、全部お前の同僚から聞いたぞ…。玲子がいなくなる1か月前から関係を持ってた…そっから玲子がいなくなる手引きまで全部お前がしてたって事もな…」
そう言った直後の一瞬だった、俺は光太郎の人中(鼻の下)に一撃をぶち込んでいた。その瞬間抑えていた理性が爆発したような気がした。俺が俺じゃないようだった。
さらに倒れている光太郎に向かっていく俺。しかし呻く光太郎の前に玲子が立ちはだかった。
「勇気!やめなよっ!!!!!」
まるで付き合っていた当時と変わらぬその口調ですらその時の俺の耳には届かなかった。
「おまえも同罪だ、この娼婦が…」
自分でも信じられないほど残酷なほどの言葉と共に玲子を押し退けた。玲子はそんな俺に対しもう抵抗をしなかった。そして光太郎を目の前にし拳を振り上げようとした瞬間に無数の手足が俺に絡みついた。
「…く…放せ!ちくしょおおお!!」
手足が全く動かなかった。どうやら4〜5人で抑えられたらしい。
「俺たちは…ダチじゃなかったのかよ…」
取り押さえられ我にかえった瞬間の俺の口からそんな言葉が漏れた。本心だったのか何だったのか今でもわからないんだけどね。
そしてそのままあすみと共にライブハウスを出た。まあもちろん騒ぎを起こしたので退場扱いだったんだけど…。
帰りの車の中、運転しながら涙が止まらなかった。これで俺は正真正銘全てをなくした人間になったのだから。
あすみはそんな俺の手に自分の手を重ねてこう言った。
「あたしバカだけど全部を失くしちゃった勇気の新しい拠り所になれるように頑張るね」
そんな言葉に俺は泣く事をこらえられなかった。