勇気編3話:転落のラプソディ
いろいろな思いを必死に押し殺しながら俺は時間を過ごしていった。そして1か月も経ったある日のことだった。
俺が仕事から帰ってくると妙に部屋が片付いていたのが気になったがその時は特に気にも留めなかった。むしろ片付けなんか今までやってくれた事なかったしそんな玲子に感心すらしていたんだ。
「玲子のやつ…こんなに綺麗に掃除して…なんだかんだいろいろ反省していたのかもな…。今日はリハ(リハーサル)が終わったらあいつの好きなパフェをごちそうすることにしようかな」
そしてリハーサル開始の1時間前。そろそろスタジオに向かわなければいけないのに玲子は一向に帰って来なかった。何度電話してもメールをしても応答はなくしびれを切らした俺は仕方なく一人でスタジオに向かった。
「リハがある日は俺が帰ってくるより早く帰ってきて家で待ってるのに…おかしいな…」
そしてスタジオに着き、全員揃ったところで練習を開始したけど俺は歌に身が入らなかった。その理由はもちろん玲子の事だ。いつもいるはずの玲子がいない不安が集中力を乱していたのは明らかだった。そして曲が終わったその後…
「ふう…ちょっと休憩…」
「勇気、どうしたんだ?玲子は今日は来ないのかい?」
浩一が心配そうに俺に尋ねる。
「ああ…帰ってもこないし連絡もつながらないし…なんだか心配でさ…。なあ、光太郎!お前何か知らないか?」
このメンバーの中で何か知ってるとしたら同じ職場である光太郎しかいないのは明白だった。しかし光太郎は首を横に振って答えた。
「僕もわからないんだ。本当にどこに行ってしまったんだろうな…」
「そうか…」
俺のテンションの低さが影響してしまったのかそこにいる全員が重苦しい雰囲気に包まれた。そんな中、俺の携帯が鳴った。
「この着メロは…」
それは紛れもなく玲子からのメールだったのだ。俺は慌てて携帯を手にしてメールボックスを開いた。
「やっぱり勇気とは一緒にいる事が出来ませんでした。私は今までいろいろな男の人を好きになってきましたがここまで後悔した出会いは初めてかもしれません、あなたはきっと私の自由を尊重出来ない最低の彼氏だったのかもしれない。あなたに言いたい事は山ほどあるけれどもうあなたに言葉をぶつけることはないでしょう。さようなら。」
読み終えた瞬間俺は持っていた携帯を取り落とした。
メールの文面の意味さえわからずただこの文字の羅列が頭の中をぐるぐると回っていく。そしてがっくりと膝をついた。メンバーたちは俺の様子を見て何が起こったかを一瞬にして悟ったようだった。
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そこからは沈黙。誰一人として口を開くやつはいなかった。放心状態の俺に誰も話しかける人間はいなかった。悠久とも思える時間が経ったと思えたその時に口を開いた人間がいた。
「…勇気、おまえバンドや玲子のために…よく今まで耐えて頑張ってきたな…おまえはやるべきことは精一杯やったってオレは信じてるぜ。」
そう言ったのはギタリストの浩一だった。その言葉が沈黙と凍りついた時を破壊したのだ。
「勇気…」
「……」
その時俺は狂ったように涙を流し叫び声をあげたんだ。
「みんな…みんな…すまねえ…すまねええええええっ…うわぁぁぁぁぁ…」
俺はその日から自分を塞ぎ込んでしまっていた。
しかしそんな俺に追い打ちをかけるような出来事が待っていた。10日程して俺に一本の電話がかかってきた。
「…勇気か?話がある。出てきてくれないか?」
「……光太郎…」
俺を呼び出したのは光太郎だった。
今まで付き合っていた女と別れた時は必ず光太郎に愚痴をこぼしていた俺だったがこの時の光太郎はいつもとなんだか様子が違った。待ち合わせ場所につくと光太郎は唐突に俺に言い放った。
「玲子の事はもう忘れた方がいい。彼女がいなくなったのは明らかにおまえのせいだろう?」
「…確かに一理あるかもしれない…しかし…こんなのってありかよ…」
俺は唇を噛みしめ涙をまた浮かべながら絞り出すような声で返した。
「悪はお前だ。そんなお前にはもうほとほと愛想が尽きた。おまえとはもう今日限りにさせてもらう。」
突然の言葉に俺は耳を疑った。
「おい…なあ…俺たちは親友じゃなかったのか…?それに玲子が突然いなくなった事…おまえは本当に知らないのか…?」
「知らないと言っているだろう。それに親友?おまえが勝手にそう思っていただけだろう?」
「光太郎…おまえ…。玲子が消えて…おまえまで…」
光太郎は冷たく言い放つとその場を後にした。俺は結婚を前提にした恋人と共に13年来の一緒に夢を追いかけた親友までも失ってしまったのだった。
その日から俺は寂しさを埋めるために女に溺れた。周りの女がどんなに美人でもどんなに愛してくれたとしても俺の心の傷は埋まらなかった。
そんな自暴自棄になった俺を浩一や圭二は悲しそうな目で見つめていたのだろう。そんな信頼していた二人にさえバンドは続行不可能と判断され、ついにバンドさえもやめることになったのだった。
俺はその年、生きがいの全てを失った。