油断
俺達は今学校から脱出し、勇真のマンションへと向かっている。
正門がゾンビ共に埋め尽くされ、職員室で取り替えていた裏口の鍵を使い逃げようとしたが、裏口にもゾンビの魔の手が忍び寄っていた。
どうやら校内放送のスピーカーから外にも音が聞こえ、この周辺に居た奴等を誘き寄せたらしい。
そこで体育館へ向かい梯子を探し、奴等が居ない塀から“三馬鹿ルート”で逃げ出したというわけだ。
おかげで大幅に時間がかかり、勇真のマンション近くまで辿り着けた時には夜になっていた。
「こっちは居ないみたいだ。そっちは?」
「遠くに人影が見えるわね」
主要道路のほとんどの道は事故やサイレンの音で奴等が群がり、民家の至るところで阿鼻叫喚も聞こえている。
その都度奴等が少ない道を選びつつ、マンションまで来れたのはラッキーだった。
だが、ここはマンションの裏側にあたる場所で川を渡らないと辿り着けない。
向こう岸に渡れる近くにある橋まで行くと多少のゾンビが居たため、少し遠回りになるが違う橋から向かおうとしている。
「あいつを突破できないと厳しいな……」
橋を目前にして一体の障害物がフラフラ移動していた。他には見当たらない。
「俺があいつを十字路で引き付けるから、退けたら美優が先導して案内してやってくれ」
「うん、任せて」
今までも少数ならば俺が傘とラバーカップで注意を惹きつつ、美優達を通過させ突破してきた。
暗くなったとはいえ一体ならお手のものだ。
「おっさん、生きてるなら両手を上に上げな」
振り向くと口の周辺が赤いそいつは、獲物を見つけたと言わんばかりに元気に腕を突き上げ動き出す。
「おっと、死んでても腕を上げるんだったな失敬」
十字路に誘い込み美優達が奴の後方を通過したのを見届け、傘でつついて距離をあけさせる。
その隙に奴の横を通過し、橋を渡りきって難無く突破。
「後はこの道沿いに行けばマンションの正面に辿り着ける。勇真が見ていればすぐ気付いてくれるはずだ」
美優はともかく、まだ奴等に慣れず怯えている二人を早く安全な場所に避難させないとな。
しかし、思ったより遅くなり外灯が照らしてくれても勇真が気付いてくれるかは賭けだ。
「ちっ、最後まで邪魔をしてくれる」
閑散とした道を急いで移動してやっとのことで辿り着いたが、マンションの正面付近に奴が一匹ウロウロしている。
「勇真さんや雫さんは大丈夫かな……」
「マンション内なら平気さ。奴等も人間を探すことには長けてないらしいしな」
何で察知するのか分からないが、出会った奴等はすぐ近くの人間にしか向かっていなかった。
倒すなら今がチャンスだ。リュックを下ろし美優からバットを借り、防御用の傘と交換する。
「健兄、気を付けて」
「お兄さんガンバです!」
「が、頑張ってくださぃ……」
恒例になりつつある三種三様の励ましを受け取り、ゆっくりと近付いていく。
鈍感なのか背を向けたまま気付いてはいない。今だ!
「おりゃあぁぁ!!」
残り五メートルもない距離になった時、気合いを入れ勢いで振りかぶった。
しかし、バットが振りかぶる前に奴が振り向き、頭を狙った一撃は肩に命中する。
「くっ! この野郎……なっ!?」
一瞬振り向かれたことで力が迷い、奴に与えたダメージは致命傷にならず衝撃で少し横に動いた程度だ。
奴は問題ないと言わんばかりに次の行動へ移り俺を驚かせた。
バットを鷲掴みにした後、軽々と俺の手から奪い投げ捨て、獲物へと手を伸ばす。
「バットが! ぐうう……くそっ離せ!」
吹き飛ばされたバットに気を取られ奴への対処が遅れる。
そのまま逃げ遅れ、横の壁際にて掴まってしまい絶体絶命な状況だ。
しかも、奴の腕力が強く人間の力じゃ振りほどけそうもなかった。
遠くで美優達が何か叫んでいるが聞いている余裕はない。
「ヴアァァ!」
「クソッ……タレ!」
奴が興奮し、かぶりつこうとして、このままじゃやられると焦る。
ふと、腰の違和感で気付く。そうだこれがあった!
「食うならこれ食ってろ!」
「ヴォアアァァァ……」
バットを振りかぶる時には邪魔だったので、腰に差し込んでいた装備ラバーカップを奴の顔面にお見舞いする。
鼻と口の部分にくっついたため視界が上を向き、情けない声と同時に掴んでいた力が弱まった。
急いで脱出し、横へ逃げる。
「ほぅら、俺を救ってくれる武器じゃん」
奴がモガモガしている原因を誇らしげに眺め、チョイスは間違ってなかったと改めて思う。
しかし、すぐにそれは取れてしまい再びこちらに向かってきて咆哮も強くなる。
「ヴアアアアアァァァ!!」
「あ……怒ってらっしゃる?」