陽動
「え、でも先生が居るなら……」
「もう先生じゃない! 化け物も居るぞ!」
二人の腕を引っ張って無理矢理階段まで走っていく。
「健兄、待って……」
「先生達を助けなきゃ」
「あれは見た目だけ先生だが、状況がおかしい。もし正常なら化け物の傍で悠長に歩いているわけない」
説明している間にも扉から化け物三匹がこちらに気付き向かっている。
「距離はあるがまずい。一旦放送室まで向かうぞ!」
二人の返事も待たずに階段をかけ上がる。
四階の廊下に奴らが居ないことを確認し、ようやく二人が追い付いた。
「放送室は!?」
「はぁはぁ……右へ三つ目の部屋よ……」
「し、しんどい……」
今は気遣ってる暇も迷っている暇もない。
焦っていて中々鍵穴にささらなかったが、ようやく鍵を開け中の放送機材を確認する。
「美優! どう触ればいいか知ってるか?」
「えっと……忘れちゃった」
「はいはーい! 私多分分かる!」
機械音痴兄妹の俺達に代わり智香ちゃんが率先していじくり回す。
「これでオッケーだと思うよ!」
「よし、校内に――」
いきなり大声を出したからかマイク特有のピー音が響き渡り思わず後ろの二人とも耳を塞ぐ。
俺は何を思ったかラバーカップをマイクに即被せて細やかな抵抗をしていた。
二人に気付かれる前にそっと戻し、何事もなかったかのようにもう一度マイクに向かって試みる。
「あー、うん、これが聞こえている校内に残っている者が居たら直ちに正門か裏口から脱出してほしい! 職員室付近には行くな化け物が居るぞ!」
「健兄、裏口は鍵が閉まってるはず」
「あ、そうか。裏口は鍵が閉まってるから正門から逃げてくれ。俺達もすぐ向かう。決して化け物や反応がおかしい先生には近付くなよ!」
よしこんなもんでいいだろう。
背後の二人と頷きながら放送室を出る。問題はここからだ。
「この中央階段は降りれば奴らがまだ居るかもしれないな」
「両端の階段から逃げる?」
「一階まで行かなくても二階から別校舎へ渡れる通路ならありますけど……」
「そうだな。奴らが向かっていない側の階段から降りて、智香ちゃんが言うルートから向こうへ移って一階へ降りようか」
智香ちゃんが中々に良い情報でアシストしてくれるので鉢合わせせずに済みそうだ。
作戦通り別校舎まで辿り着き一階に降りた頃、先程の校舎から女の子の悲鳴が鳴り響いた。
「!? まだあっちに居たのか! くそっ! 二人は正門へ向かっててくれ」
「健兄は!?」
「今の子を確認してから向かう。危険ならすぐ引き返すから気にすんな!」
「うん……」
俯いて不安げな美優を説得する時間が惜しいため、智香ちゃんにアイコンタクトで頼んでみる。
「ほ、ほら美優! お兄さんも困ってるし戦うわけじゃないんだから私達は先に行ってよ?」
「うー……うん。わかった先に行くね」
「あぁ二人とも離れずにな!」
渋々でも了承してくれたならこれでいい。
一人の方が万が一の時に動きやすいからな。
「さて、今のは一階か……?」
念のため職員室の後方へ出れる端階段から一階へ行き、もう一度職員室の中を確かめてみた。
どうやら化け物は出払って居ないようだ。
「うっ! 酷いなこりゃあ……」
先程貪られていた正体はおそらく高齢の男先生であった者であろう。
身体からはあばら骨が見え、とても女子高生には見せられない死体が転がっている。
「こんな観察してる場合じゃないな。えっと、これもここにあっても必要ないな」
室内を物色し要らない鍵を律儀に返し、二つの鍵は両ポケットにしまった。
「キャアアアァァ!!」
「!? 近いぞ! 逆端か!?」
元々化け物が向かっていた方向と悲鳴が重なる。
俺達を見つけられずウロウロしていたところへ運悪く遭遇したってところか。
「待ってろよ……まだ生きててくれよ……!」
半分祈る想いで全力疾走する。
端階段の一階部分に奴らは居た。
声の主は一階と二階の間、踊り場のスペースにへたりこんでいた。
化け物は彼女に夢中なようで近くの俺には気付いていない。
「おい! 大丈夫か!?」
「ふぇ? 大丈夫じゃないですよぅ!」
今の声で化け物がターゲットをこちらへ変える。
「こいつらはこっちへ引き付ける! 君は二階から別校舎へ行って正門を目指せ!」
「は、はぃぃ!」
化け物の動きは緩慢で、下手に近付かなければ大丈夫そうだ。
三匹とも視認しながらこちらへ向かってくる。
「そろそろ彼女は向こうに着いてくれたかな……てめぇらは職員室で茶でも飲んでな!」
職員室の後方階段まで誘き寄せ素早く上ってこれないことを確認し、二階から別校舎に移る。
一階に降り、正門へ向かう道中にさっきの子と美優達が抱き締めあっていた。
「葵! 無事だったのね!」
「うん! 美優も智香も無事でよかったぁ……」
「あぁもう泣かない泣かない。あんたが無事なら私達も無事に決まってるでしょ」
思い思いに再会を喜んでいたようだが、葵ちゃんだったのか。
前とは髪型も違い短くなっていたため、雰囲気が違って見え気付かなかったな。
「喜びは後にしてくれ。正門はすぐそこだろ」
「健兄! 葵を助けてくれたのね!?」
「あっ……美優のお兄さん先程はありがとうございました」
「礼なら落ち着く場所でいいよ。早く正門へ……」
「えっ……あれなに?」
智香ちゃんがまたしても指差した方向には……正門に群がる化け物達が今か今かとこちらに手を伸ばしている光景だった。