冤罪
「まぁいいわそんなこと。それよりこの状況を楽しみましょうよ」
「えっ? ど、どうしたんだよ!」
妖艶な眼差しでジリジリと迫ってくる。シチュエーション的には凄くおいしい、もとい嬉しいはずなんだが事情が分からないだけに困惑してしまう。
それに、からかう性格にしてもモテてきたであろうくるみなら、誰これ構わず発情するなんてことなさそうだが……。
「ねぇ、あたしじゃイヤ?」
「イヤとかそういうわけじゃ……それがお前の意思なのか?」
「そうよ。あたしの欲を満たしてくれる人だもの」
「俺より先に健が居ただろう?」
「彼は人あらざるもの。人間じゃないと興奮しないわ」
「くるみ……やっぱりお前おかしいぞ」
普段の口調と違い、言葉の端々がどこか変だ。
今日出会ってから何があった? 俺が部屋に閉じ籠った後も智香ちゃんと長話していたり、雫とマシンガンバトルトークをしていたはず。
解散した時も智香ちゃんに連れられ昼間のテンションで部屋に案内されていった。となれば、その後何かが引き金となって今の状態になった……?
「どうして? あたしはいつものあたしよ?」
「……そうか、ならベッドの上へ来てくれ」
「うふふ、やる気になってくれたのね」
このままでは埒が明かない。少々強引だがやるしか……。
気付かれないように枕の下へ手を伸ばし“それ”を握る。
「雫には内緒だからな」
「なんでもいいわよ。早く――」
「悪い、くるみ」
「あぁぁ! あぁ……」
抱き着いて来てキスをする寸前にスタンガンを押し当てる。
一瞬の不意打ちが成功し、くるみの身体からだらんと力が抜けていくのが分かる。
薄着なため傷にならないか心配だが、正気を取り戻させるためだ仕方がない。
とりあえずベッドに寝かせ様子見だ。
目のやり場に困るし、寒いだろうから布団を被せておこう。
いつまで気絶してくれているか読めないが、もし起きてまた同じような状態ならどうしたらいいんだろう……。
今のうちに雫達を呼びに行くってのはどうだ? ……この状況を説明する間もなく誤解され、信じてもらえなさそうな気がする。
ぬあぁ! これだから男一人って状況はまずいんだよ。
話を冷静に聞いてもらえず、何もやっていないのに状況だけでやったと思われる。
仮にだ、仮に据え膳食わぬは男の恥で俺がくるみとやっちゃったとしようか。
数多のゾンビ映画を観てきた経験から言わせてもらうと、やっちゃったら死ぬ確率九十九パーセントに跳ね上がるフラグの代表みたいなもんだ。
これは比較的安全な場所に居ながら二人で少し場所を移動しておっぱじめると、近くまで進行していたゾンビに襲われるパターンが多い。
だが、残虐非道な奴らが過去に女性を襲っていても、主人公一向に出くわさない限りは生き残りが保証されている。
善人は死んで悪人は生き残る。なんて理不尽なんだろうか。
これは世界が変わったとしても、リアル充実者のラブラブは許さねぇよというゾンビ界の掟が渦を巻いているのだ。
外にゾンビが居る中でリアル充実が何を指すかは不明だが……。
総合するとつまり、手出しダメ絶対である。ゾンビを倒すより性欲を我慢し続けることが難しい世の中なんてここだけでいい。うん、この先人類繁栄しなさそう……。
なんて妄想に耽っている間もくるみはスヤスヤタイム中だ。
えっと、最悪なのはこのまま朝まで起きずに俺が一睡も出来ないパターンか? スタンガンくらい映画ならすぐ目覚めるはずさ。……映画ならね。
ははは漫画じゃあるまいしそんな展開あるわけが――。
朝になりました。相変わらず起きない相手を眺め警戒をしていましたが、一睡もできぬまま生殺し状態でした。この世界は俺に優しくないようです。
……なんでこうなるの。もう逆にフラグ乱立させまくってやろうかな!
インターホンが鳴ったので向かうと智香ちゃんが「くるみ先輩がいないの!」なんて心配をして慌てているご様子。
智香ちゃんだけならまだ説明すれば分かってくれそう……あ、これもフラグか考えないようにしよう。
とりあえず部屋に招き入れ寝ているくるみの姿を見せ安心させる。俺とくるみの顔を交互に見るのはやめなさい。言いたいことは分かるから。
「勇真さん、もしかして……」
「先に言っておくと手を出してないぞ。夜中にそいつが淫乱化して襲われそうになった。ここまでオーケー?」
「くるみ先輩が……?」
何を言っているんだこいつみたいな視線がぶっ刺さる。
やめてこの無言な空気は気まずい。
「んぅぅ……よく寝たぁ」
「先輩!」
犯人起きたよ! さぁ今から取り調べを――。
「え? なんで二人が?」
「ここ俺の部屋だぞ」
「先輩が夜な夜な勇真さんを襲ったそうですよ」
「はぁぁああ!? なんであたしがそんなこと――勇真脱がしたわね!?」
俺の冤罪が確定しました。