想定
翌日、俺のマンションへ来るといって雫が着替え用に洋服をたんまりと用意し、健達は両親がまだ親戚の所から帰れないらしく後から合流する予定だ。
俺のマンションと言ったが親が所持しているだけで十一階の一室を俺が使い、他の空き部屋を俺が使ってもいいことになっている。
なので、雫や健達の部屋は気にする必要がない。
「んで、なんでそんなに洋服を?」
「え? 勇真との新居に毎日同じ服なんて着られないでしょ」
「はいはい。まぁ女物の服は無かったから自前で助かるっちゃ助かるが、もし本当に予感が的中してたらゾンビだぞ? 他に用意する物があるだろうに……」
「いやぁゾンビ映画に出てくるヒロインって大抵バストを強調したやらしい服のまま進むけど、引っ掛かれたり返り血浴びたりしたら気になるのよ」
「……やらしい服の否定はせんが、確かに防御面では不安な格好してるよな」
「でしょ!? まぁ何日も着ると臭いそうで洗濯も難しいかなって」
ふむ、雫の割に衛生面や対ゾンビを気にしてるとは意外だった。
「いつも頭がお花畑でワンピース着とけば男が寄ってくるような可愛い奴と思っていたのに」
「お〜い心の声がダダ漏れですよ」
「え? すまんどっからだった!?」
「いつも頭が〜の辺よ。でも可愛い奴ってのに免じて許してあげよう」
普段なら顔だけ笑って勇真くんちょっとこっちへなんて死神の手招きをされるところだった。
良かった。可愛いって言ってて良かった。
そして気になる進展情報だが、あれから各地で具合が悪い人が出てきて、病院はどこもひっきりなしに患者が押し寄せ忙しいようだ。
だが、最初の病院含め外にゾンビが出たなんて情報もなく、何らかの集団感染の疑いで学校の児童達は家へ帰され、用心深い大人が外出を控える程度で他は普段と変わりないようだった。
「なぁ雫、本当にゾンビなんかな?」
「え、どうして?」
「感染源はともかく始まりが遅いことと集団インフルエンザとかそっちの可能性が高いかなと。後、現実性がない」
「始まりは私達が気付くのが早かっただけじゃない? そういえば、ゾンビかもって少しでも思ったのならなんで逃げようとしないの?」
「それな、雫なら映画観てたら分かるんじゃないか」
「えっ……逃げ場がないとか?」
「あ〜うん半分正解」
「半分? う〜ん……ヒロインの私が恋しいとか!」
「誰がヒロインだ誰が! お前映画出てないだろうが!」
「いやん勇真がご・立・腹」
ダメだまともに相手をするだけ無駄だ。
「どうしてこうも脳以外は無駄にハイスペックなのか……」
「スペック? PCの話?」
「お前だお前! また無意識に喋ったけど通じないとか予想外だわ!」
「あらぁ褒めてくれてたの? 勇真ちゃんたら」
照れる仕草は可愛いのだが、いかんせん雫に対する心が無になりつつあるため、呆れて話題を変えるしかない。
「この様子だと健達はまだ無事かな。揃った時にさっきの話をした方が良かったんだがまぁいいか」
「あ、さっきの話! そうそう半分てどういう意味?」
どうやらお花畑からお姫様が帰ってきたご様子だ。
なら真面目に答えようか。
「まず正解してた逃げ場だけど、どこへ逃げるつもりだ?」
「どこって……封鎖区域外とか安全な場所を目指して?」
「じゃあ現状で安全な場所はどこだと思う?」
「え〜ゾンビが少なそうな田舎の山とか自衛隊が居る駐屯地かな」
「田舎はまだしも駐屯地はオススメできないな」
「なんで? 銃で護ってもらえるし、有事の際に備蓄もかなりあるはずよ」
「施設や武器、備蓄の点では素晴らしいよ。でも実際になってみないと分からない不安点がいくつかあって、どれか一つでも欠けたら俺達は死ぬ」
「死ぬ!?」
予想通りな驚きのリアクションをありがとう。
でも、大袈裟ではなく本当に起こりうることだ。
「順番に説明するとゾンビの強さが不明なことが一番今後に関わってくる」
「強さって銃が効かないとか!?」
「さすがにそこまでの化け物が出てきたらどこへ逃げても同じだよ。銃声で沢山集まってきた場合に突破されるか防げるかの違いだね」
「銃が効くなら次々倒したら大丈夫なんじゃない?」
「事前にありったけの弾と護れる人数が残っていればね。おそらくだけど帰って来れない隊員がほとんどだから、寝ずに見張りをするにも限度があるしゾンビが倒す数より増えてきたらキリがない」 「そこはこう、避難民が協力したらなんとか……」
「見張りは出来るだろうけど、銃はまず無理と思っていい。映画や小説でも素人が手に入れた途端百発百中のように扱うことあるじゃん? あんなのご都合主義だからね撃てても当たらないし、そのうち暴発するよ」
「なるほど、さすが勇真センパイ!」
先輩でもなく年下でもないのに感心した時だけセンパイ呼びをするから、ここはスルーが一番だ。
「それで仮に自衛隊員で護れるとして、身勝手な避難民をいつまで護ってくれるかが次の問題だ」
「身勝手? 極意とか習得する感じ!?」
「それはアニメだろ! 避難民をいつまでも食わせなくちゃならなくて外から助けが来る気配もなく、護られることに慣れすぎた避難民から不平不満が出るとしたらどうなる?」
「避難民をまとめる人が必要で、尚且つ移動も視野に行動を……」
「いや、避難民を切り捨てるんだよ」
「!!?」
本日二度目のびっくり顔ご苦労様です。
というか、もうちょい映画知識だけでも頭が回ると思ってたからちと残念。
「最初は使命感で護ってくれて敵も蹴散らせて良いのかもしれない。けど、疲れる日々で指揮系統も機能せず護ってあげてる連中から不満が出たら、そのうち崩壊して自衛隊だけで逃げて放置するだろうな」
「そっか……嫌だよね、そんなことになったらさ」
「自衛隊だけじゃなくどこのコミュニティでもそうなるさ。なんで自分だけが命の危険を晒してまで文句を言われなきゃならないんだってね」
「確かにそうかも」
「そこまでクリアできてても問題はまだある」
「なになに?」
「避難民の中に感染者が紛れてしまうことだ」
「え、ないでしょ?」
「そうは言い切れないな。だって原因も分かってなきゃせいぜいボディチェックで傷見るくらいだよ? もし、中で衰弱して真夜中に死んだらゾンビとして復活とか阿鼻叫喚どころか一瞬で崩壊するよ」
「あ〜あったね感染は既にしてて死んだら必ずゾンビになるやつ!」
「そう他にも調達係がゾンビと交戦して、傷を負ったのに隠したまま過ごしていたら……結果は似たようなもんさ」
「言ったら殺されるってなるもんね。駐屯地怖くなってきた!」
全部可能性でしかないけどな。
起こったことがないんだもの。警察や自衛隊が抑え込めれなきゃ外に出たって同じとは思う。
「でだ、ここからがさっき言ってた半分だが」
「まだあったの忘れてました!」
正直でよろしい。記憶力は当てにしないでおこう。
「外へ逃げていたら生き残った人に出会うだろう。その人達は基本信用しない方がいい」
「なんで? 敵はゾンビじゃん。立ち向かうなら人は多い方がよくない?」
「みんながみんな雫みたいな考えならそれでいい。でも犯罪が犯罪として裁かれない世界になるんだ。そうしたら土壇場で裏切ってゾンビへの囮にされたらどうするんだ?」
「…………」
「裏切ったもん勝ちで死人に口無しだね。どんなに人柄が良くても自分の命が失われる時に、自分が犠牲になろうって人よりも相手を犠牲にしようって人が圧倒的多数なんだ」
「そう、だね……悲しいね」
「命が惜しいのは間違いじゃないけど、そこまでの信頼関係を築けない相手と遭遇するのはいろんな面で危険ってことさ」
「そこまで先を考えてて凄いね。それで籠城することに決めたの?」
「あぁ。現状では動きようが無いってのが正しいかな。自衛隊のとこへ行っても今だと頭がおかしい奴と判断されるし、日本人じゃ何か事が起こってからじゃないと行動開始しないからその時には飛行機も飛べず手遅れになるかな」
「ふむふむ、参考になりますメモメモ」
書いてる振りをしているが、メモ用紙を持っていないし頭に刻んだって意味か。
やめろ、お前の鳥頭じゃ容量オーバーだ。
「ゾンビが出るか出ないかが分岐点だし、出ない方を祈っとけよ」
「出ない方なら私は大学サボってまで勇真と一つ屋根の下で一緒にいることに……」
「出る方を祈ろうか」
「ウソです申し訳ございません!」
長話を終えると同時に健から連絡が入ってきた。
「勇真か、すまんすぐにはそっちへいけそうにない」
「健どうした!?」
「親と電話中に近くで悲鳴が上がって切れたまま、再度鳴らしても出ないんだ」