逃避
ラバーカップが原因かありつけなかった食事が原因か知る由もないが、先程よりも二倍増しで雄叫びを上げ襲いかかってくる。
幸い逃げた時に奴を挟み込むように俺と美優達が別れており、このまま引き付けて離すには好都合だ。
「出来るだけマンションから離さないとな……美優達は勇真に任せるか」
そう思い奴を誘き寄せ連れたままどんどん道沿いに進む。
歩行速度は鈍いようで気を付けていれば掴まる心配はない。
むしろ、奴を見ながらの後ろ向き移動なので後方の道の方が心配だ。
「でも、なんでこいつだけ力が異常なんだろ? 今までの奴は傘でも受け流せたのに……」
目の前を闊歩している奴をまじまじと眺めながらそんな疑問が浮かぶ。
ゾンビって個体差があるのか?
新鮮だからか?
でも、今はおそらくみんな新鮮だよな……。
考えすぎていて後方に迫る敵に気付かなかった。
声で気付いた時には手で掴まれる距離だったのをすんでのところで回避。
出くわした箇所はちょうど丁字路になっていたため、奴等が来ていない方向へ逃げ出す。
ところが、今まで運が良かった反動なのか逃げる方向で次々と奴等に遭遇し、数も動きもまばらだがじわじわと追い詰めてくる。
「はっ、はっ、はっ、はぁ……クソッ!」
なんでこんなことになってしまったんだ。
計画通りならこんな窮地に陥ることなんてなかったはず。
だが、そんなことを考えようにも後ろに迫る敵は待ってくれない。
「ヴアアアァ!!」
「ちっ、もう来やがったか」
まともにやりあったらマズいのは先程思い知らされたからな。
こんなことになるなんて想像できるかよ。恨むぜ神様よ?
せめて、当初から情報があればもっと慎重になっていたのにな。
さて、こっからどう切り抜けようか……
「行く手は封じられ残るは……この川か。泳げばマンション裏まで辿り着けるはずだな」
気付けば大分マンションから離されたが、奴等が全部力が強いタイプなら突破もできそうになく武器も失った。
唯一残った逃げ道はここしかない。
「うぅぅ……寒い」
秋口とはいえ水温はもう歓迎してくれる温度ではなかった。
服が重いが流れはきつくなく平泳ぎでゆっくりと進む。
道路側に目をやると、奴等はターゲットを失ったようにフラフラして彷徨っているだけだった。
「逃げるのは成功みたいだな」
奴等の特性はよく分からない。
目で追うのか気配を察知するのか……これが夜の川でなければ襲われたままだったかもしれない。
やがて流れが強くなりマンションが見えてきた。
そのまま流れに乗り裏側から上がるためフェンスを掴む。
フェンスの上部には今まで無かったであろう有刺鉄線があった。
そこで着ていた上着を二枚とも鉄線にかけ足場にし、フェンスから少し距離がある塀を乗り越えどうにかマンション内へ侵入できた。
「美優に見られたらまた変態扱いだなこりゃ」
上半身裸の男がずぶ濡れになりながら、フェンスと塀を乗り越え侵入しているのだ。
異常者、よくて刑務所からの脱走者扱いだろう。
敷地内に奴等がいる気配はない。駐車場は離れた場所へ別にあるため当然っちゃ当然か。
マンションの正面に回ってみるが入り口は閉まっている。
尚、普通の人間なら外から開けれるような開閉式柵タイプの出入口なので、手を伸ばせば鍵も開けられる。
なので、外から逃げてきても中に入って鍵を閉めれば奴等だけは閉め出せるはずだ。
「美優達は……もう避難したようだな」
柵を開け首だけ出して正面の道路をキョロキョロ確認するが見当たらない。
だが、正面から光をチカチカと点滅させた何かが近寄ってきていた。
こちらからは光が眩しくて何か武器を持っているようなシルエットしか分からない。
そこまで気付いて焦る。見つかれば即攻撃されるかもしれない。
「誰だ!? そこで何してんだ!」
「えっと……怪しいものでは……」
咄嗟に言葉が思い付かない。これでは逆に怪しませているようなものだ。
声の主が段々と近付いてくる。
「え? 健? 健なのか!?」
「ん? そうだけど――」
なんで名前を知っているんだ……と同時に、今居る場所とはっきりとした声で思い出す。
「勇真!」
「健!」