前日譚
「はっ、はっ、はっ、はぁ……クソッ!」
なんでこんなことになってしまったんだ。計画通りならこんな窮地に陥ることなんてなかったはず。
だが、そんなことを考えようにも後ろに迫る敵は待ってくれない。
「ヴアアアァ!!」
「ちっ、もう来やがったか」
まともにやりあったらマズいのは先程思い知らされたからな。
こんなことになるなんて想像できるかよ。恨むぜ神様よ?
せめて、当初から情報があればもっと慎重になっていたのにな。
さて、こっからどう切り抜けようか……
――――――
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――
「よぉ勇真! なんだそれまた好きなゾンビ物か?」
「お前な、毎回挨拶と共に変な口癖はやめろよ」
俺の趣味を知りつつ茶化してくる健とのやり取りが、大学での俺達流挨拶になっている。
「違うの? 勇真がネットかDVDを観ている時はゾンビ物と思えっていう」
「あのなぁ……俺だって四六時中観るわけじゃねぇっての」
どうやら健にとって俺はゴキブリ的な扱いらしい。
そんな他愛もない話から最近の出来事に関連付けて聞かれるのも恒例となっている。
「でさ、もし麻薬でゾンビ出来たらヤバイよな。勇真なら対処法知ってそう」
「知るか! ましてやゾンビは創作物だから簡単に出来てたまるか!」
「そうなの? でもバイアグラは性欲促進なわけだし、食欲促進な薬で配合ミスったらゾンビに……あわわ」
「あわわじゃねぇよ配合ミスったらゾンビってなんだよ。なんで例にバイアグラ出てきた!? 睡眠薬でいいだろうが」
そして、ついつい声が大きくなってしまい周りの女の子にバイアグラというキラーワードが聞こえ、チラ見アンド小声話がされている。
「アハハ俺達芸人やるか!」
「なんでだよ!?」
バイアグラを主張した当の本人はあっけらかんとして楽しんでいる。
顔がいいだけじゃなく性格も明るく前向きとバカを行ったり来たりするような奴だからな。
昔からの親友なおかげか不思議と不快感はないし、誰とでも仲良くなれるのが健の長所だしモテる秘訣なんだろう。
そんなこんなで帰りに遊びにいこうぜとの本題を済ませ、講義も難なく終えた。
後は約束の時間まで小説でも読むかな。
小説といっても気難しい実物の本ではなく、ネットで見れる素人が書いたライトノベルを読んでいる。
ジャンルが幅広いってのも理由だが、ゾンビを題材にした話が他と違ってちらほら見れるっていう理由の方が大きい。
……健が言うようにずっとゾンビ物を探しているわけじゃないぞ。
「ん〜だいたい見終わったか更新停止してるやつだなぁ」
更新中の中に面白い話もあるんだが、不定期な月刊誌的間隔だと頭に入って来ず、記憶が他の作品とごっちゃになる。
なので単行本のようにまとめて読みたいんだけど、終わるまで待ってたらいつ終わるんだろうってのがネット小説の欠点だな。
「勇真わりぃ遅くなった」
「おぉ健、もうそんな時間か」
「あのさ、約束してた遊びだけど今度でもいいかな?」
「うん? 構わないけど真面目な顔してどうした」
「実は身内の親戚が調子悪くなってさ、親が留守になるらしく留守番兼帰ってくる妹の面倒も任されたわけよ」
「あぁ美優ちゃんを残していくのか。それは心配だな」
「だろ? だからまた今度ってことですまない!」
「気にすんなって。じゃあまた休み明けにな」
「おぅ! じゃあな」
健とは軽い別れをしてコンビニにでも寄って帰ろうとしたら、コンビニの入り口で声をかけられた。
「あ、勇真! 健と一緒じゃなかったの?」
「雫がなんでそれを? って健が喋ったからだな。いや、健は急用で帰ったぞ」
セミロングな髪を揺らしながら颯爽とお嬢様のお出まし。
大学の同級生だが、趣味が俺と合う変わり者で一見可愛いと騙される被害者多数だ。
「ふ〜ん。じゃあ勇真は暇なんだ? デートしてあげよっか!?」
「後で料金取る気だな? そうはいくか!」
「え〜本心なのにひど〜い」
「あ、新発売のコーヒーなんて売ってるぞ要るか?」
「無視された……要らない!」
無視っていうか本気にしてないだけだが、雫も健みたいなお調子者タイプだから油断ができん。
勝手に拗ねたからお詫びにコーラでもお供えして帰ろう。
「ほら、よく振って飲めよ」
「ありが……これ振っちゃダメなやつ! しかもコーラなんて太るし!」
「なんだファンタ派か?」
「違う! もういい!」
無視しても相手してもなんだか怒られてしまった。
難しいな女心ってやつは。
「あ、そんなこと言いに来たんじゃないのよ。勇真あの噂信じてる?」
「噂ってゾンビが現れたとかいうやつ?」
「そう! 私は本当かなって思い始めてて」
「ないない。あれって三日前だろ? なら今頃ゾンビだらけになってるぞ」
雫も同世代の女には珍しいゾンビ映画好きで俺とのゾンビ映画情報を共有し、新作が出れば即盛り上がる間柄だ。
健から見た俺達はゾンビカップルと不名誉な呼び方をされている。
「でもほら、発生してからアパートに閉じ込められる映画あったじゃない?」
「あぁカメラ視点が固定じゃないやつだな」
「うんそれ。あれみたいに情報漏洩を危惧して封鎖されてたら……」
「でもそれなら原因はなんだってことになるだろ? 空気や水で感染してたら俺達も無事じゃないし」
いつになくゾンビ議論が交わされるがここは現実世界だ。
そう簡単にゾンビが溢れてたまるか。
「う〜ん、エボラみたいに海外でもらってきたとか?」
「それこそないな。そいつがいつ調子が悪くなったか知らないが、そんなもん海外に蔓延してたら世界ニュースになるわ」
「そっか。う〜んでもなぁ……」
「はぁ、じゃあ帰ったら情報探ってみるし何かあったら教えるよ」
「うん絶対ね!」
元気になった雫は何事もなかったように去っていきましたとさ。
わからん女心はわからん。
家に帰って早速PCの電源を入れ該当の記事を見るも目新しいことは書かれていなかった。
そもそも何故ゾンビが出たって騒がれているのか……これはどうやら酔っぱらいを介抱していたら急に襲われて腕を噛みつかれたらしい。
ゾンビ映画ではよくあるお約束パターンかもしれないが、それだけなら現実にもっとおかしい人が徘徊してるしな。
だから、もう少し続報や違う情報がないとゾンビかどうか判断しようがないってのが私見だ。
「これはあまりにも分母が少なすぎて誰も気にしてない感じかな。記事が少なくて探れん」
どうにも情報がないので、患者が運び込まれた他県の該当の病院情報を探ってみる。
結果的に病院内部の情報は無かったのだが、外にはゾンビファンと思われる人物が張り込みしながら情報を書き込んでいるようだった。
しかし、実際に患者が出てこないと確かめようがなく、どれも推測の域を出ないことばかり綴られている。
「ん? こいつが確かなら患者は三日間出入りしてないのか」
ふと、不思議に思ったがゾンビファンが寝ている内に帰ったとも考えられるので、これ以上は無意味だと諦め雫に報告すると雫も残念がっていた。
いや残念どころか喜ぶところだぞ……。
次の日は大学が創立記念日とやらで休みなため、ゆっくり起きて再び情報収集をしてみることにした。
すると、事態に進展があったようだ。
「なになに、病院から腕に包帯をした人が出てきて具合が悪そうだったが、迎えが来てすぐ去っていった……か」
噛んだ本人はどうしたんだろうな? と考えていたが、次の書き込みの方が気になった。
「今日は救急車で運び込まれる人数が多いように思う。そういえばいつの間にか病院の周りで警察か機動隊らしき人もチラホラ見かける……か」
救急車は偶然にしても警察含め機動隊がウロウロしていることが気になる。
集団食中毒で運び込まれたなら事情聴取に人数を割くのはまだ分かるが、それ以外だとよくない兆しだ。
もし、仮にこれがゾンビの前兆だったとしたら既に拡がりつつあるし、原因不明だと防ぎようがない。
出来ることと言えば食糧の買いだめや武器の確保、健や雫に一応連絡しておくことだな。
こうして半信半疑ながらもあって損はないため、ホームセンターで手頃な武器、明るすぎない小型の照明、周囲がよく分かる最新版の地図等生活用品を含め適当に、スーパーやコンビニで保存が効く食糧調達を何度もすることに休日を費やしていった。