9. デートと言う名の社会勉強(クエスト編)
「……ごめん」
「いいえ、お気になさらないでください。いずれ冒険者についてもお話しする予定でしたから。それに、クエストデートだと思えば……だめですか?」
「(最高!)」
手持ちのお金が少ないことに気付いたカールは溜めていた魔物の素材を売却しようと考えたが、マリアからクエストのお誘いを受けたため、デートをぶっちして仕事をはじめることにした。
そこはマリアの心遣いを断って手軽に換金してデートを続行すべきだろうが。
マリアだってカールが手軽な金策の方法があるなんて知らないから仕方なく仕事を選択したのでしょうが。
「カール様は普段どのようなクエストを選んでいるのでしょうか?」
「(薬草採取とか、あまり目立たない常時依頼がメインかなぁ)」
薬草採取、弱いモンスターの討伐、街中の掃除など、簡単で誰が受けても目立たない常時依頼の中から、人との会話が不要なものを選んでいた。
「カール様、申し上げにくいのですが、恐らくカール様は冒険者ギルドでも目立っております」
「ぶえ!?」
思わず大声をあげてしまい、周囲の視線を浴びてしまうカール。
驚いたとはいえ、極端に大きく不格好な叫びが出てしまうあたり、気持ち悪さ全開だった。
「私はこの街に来てからまだ二月程度なのですが、冒険者がある話をしているのを何度か聞いたことがあります」
カールの気持ち悪さを全く意にも介さず、自然に話を続けるマリア。
その空気に触れたからか、視線を浴びたことによる居心地の悪さはすぐに消えていった。
普段ならば挙動不審な動きのコンボが発生して逃げ出すところだったのだが。
カールにとってマリアへの依存度がどんどん増して行く。
「『少し前に常時依頼ばかり受けている珍しい冒険者が居た』って……」
「(え?どういうこと?常時依頼って誰でも受けられる簡単な依頼だから別に受けても変じゃないと思ったんだけど)」
「常時依頼は手間の割には実入りが小さいため、他にクエストが無い場合に仕方なく受けるのが普通なのです。それなのにその常時依頼ばかり受けていれば、妙な冒険者だと話題になってもおかしくないのです」
「(な、なんですとー!)」
カールにとって幸運だったのは、常時依頼の達成度が異常であったことを誰にも悟られなかったことだった。
薬草採取の採取量
弱いモンスターの完全殲滅
街の掃除の丁寧さ
そしてこれらの達成スピードの速さ
そのため、常時依頼ではありえないほど多額の報酬をカールは得ていた。
その事実はギルド職員のおっさんがペラペラと口外することは無かったし、クエスト達成報告も人が少ない時間を見計らって訪れていた。
それでは常時依頼しか受けられない程度の弱い冒険者に見えるかと言うとそうとも思えない。
素人でも失敗せずに対処できる初心者向けの簡単な通常クエストが張り出されたとしても、カールは見向きもしなかったからだ。
ゆえに『妙な冒険者』として冒険者の間でなんとなく覚えられてしまっていたのだ。
「(そんな失敗をしていたなんて……)」
「ま、まぁこれから気をつければ大丈夫ですよ。通常依頼も受ければカール様がその人だって気付かれないでしょうから」
ただし、そんな目立つ服装では注目の的ですけどね、とは言わないマリアの優しさ。
今回のクエストの報酬でランクの低い防具に新調することで注目度を下げようとしているのだから、敢えてここで蒸し返すことでは無いと思ったのか。
「(じゃあ今日は通常クエストを受けてみようかな。目立たないのがあれば良いけど)」
カールが丁度そう思い至った時、二人はギルドに到着した。
ぞわり
ギルドに入った瞬間、カールは今まで感じたことのない気持ち悪い空気を感じた。
「(なんだ……?視線を感じているような気がするけど、みんなこっちは見てないんだよなぁ)」
「さ、さぁクエストを見に行きましょう」
クエストが張り出されている壁の方にカールを引っ張るマリア。
カールの感じた違和感の正体をマリアは知っているのだろうか。
「あれ、人がいませんね」
ギルドの中は珍しく人が多く、テーブル席が全て埋まっており壁沿いに立っている人も数人いる。
普段は冒険者の多くはクエストに向かっているため、ギルドの中は朝夕を除いて閑散としているのが常なのだ。
「(人どころか、クエストが見当たらないんだけど……)」
「本当ですね、場所が変わった……っていうわけでは無いと思うのですが。賞金首のクエストは残ってますし」
「(常時依頼すら無くなってるのはどういうことだ?)」
クエスト掲示壁の前で疑問に頭を悩ませる二人の元にやってきたのは、おっさんだった。
「おう、珍しい組み合わせじゃねーか」
「こちらの職員の方でしょうか?」
「まぁな、みんな俺の受付の方にはこねぇから、ほぼカール専門みてぇなもんだが」
「(……あ)」
カール、気付く。
先ほどおっさんから派手に逃げてしまったことを。
「ああまぁ気にすんな。さっきは突然声掛けちまったこっちが悪かったからな」
おっさんもカールの心を読めるのか。
いや、そうではない。
今のカールの思い出したことが丸わかりな顔を見れば誰だってわかる。
まさに、顔に書いてあるってやつだ。
「しかしまぁ、聖母が選んだのはカールだったかぁ。これは予想できなかったわ」
「(……聖母?)」
「あ、ええと、あの……」
おっさんの言葉に顔を真っ赤にして動揺するマリア。
カールのことは何でも分かっても、話を逸らすという話術は持っていなかったらしい
「カールはめんどくさい奴だが、腕が良いのは俺が保証する。だから見捨てないでやって欲しい」
「い、いいえ!むしろ私が見捨てられないようにがんばりまふっ!」
「(おっさん……すげぇ恥ずかしいんだが)」
でもその恥ずかしさの中には、気にしてくれたことに対する嬉しさが混じっているからか、こそばゆくこそあれ、嫌では無かった。
「で、二人もクエスト受けに来たんだよな」
「は、はい。ですが……」
「(クエストが何も無いんだが)」
「丁度今、停滞期が来ちまったんだよ」
「停滞期、ですか?」
「ああ、偶然あらゆる依頼がパタリと止まってしまう時期が数年に一度あるんだ。そうなるとみんな余った常時依頼に手を出すんだが、常時依頼と言えども沢山の冒険者が殺到したら流石に不要になっちまう。一番最後まで残るはずの薬草採取も、カールが大量に納品してくれたからこれ以上は買い取れないんだよなぁ」
クエストには様々な種類のものがある。
魔物退治、護衛、貴重素材採取といったものから、人物調査、失せモノ探しなんてものもある。
元々ヴァラレーの街の周辺は強い魔物が発生しにくい上、厄介な貴族に目をつけられてもおらず、街の人はなるべく自力で困難を解決する気概がある。
そのため何年に一度かはこのような依頼が全くなくなってしまう空白の期間が生まれてしまうのだ。
「いつも通りなら数日も立てば依頼が増えてくるから待っててくれよ」
それなら仕方ないからやっぱり持っている素材を売ろうかとカールが思ったその時、
「いえ、私たちはこちらのクエストを受注させて頂きます!」
マリアが宣言したのは、そこいらの冒険者では手出し出来ない賞金首退治のクエストだった。
「(目立ってしまう目立ってしまう目立ってしまう)」
「か、カール様、落ち着いて下さい」
クエストで指示されたモンスターの住処へと向かって街を出た二人だったが、賞金首に挑むという時点でギルド内の視線を一斉に浴びたカールの精神は病みかけていた。
いや、とっくの昔から病んでいたから、病みが深まったとでも言うべきか。
「元々カール様は目立ってますから!」
「はうあっ!」
そしてその精神にトドメをさすマリア。
「今日お伝えしましたように、カール様のその防具は非常に目立ちます。ですが今のうちに普通の防具に変更してしまえばまだ間に合うと思っていました。しかし残念ながら先ほどのギルド内での雰囲気から察するに、おそらくもうカール様ははっきりと覚えられてしまっているようです」
「そ……(そんな……)」
「ですから突然ですが方針転換をしました。カール様がこの防具をつけるのにふさわしい実力があるのだと知らしめて、その上で目だないように行動するのです」
「で……(でも、みんながほおっておかないんじゃあ)」
「いいえ、私が絶対に止めて見せます。それに、この街の冒険者では太刀打ちできない賞金首を単独で撃破する実力がある人の意向を無視するような無謀な人はほとんど居ないでしょう。特にこの街の冒険者の方々は素直な人が多い印象ですからご安心ください」
ちなみに、数少ない素直じゃない問題児はすでにカールによって撃破されていたりする。
彼は今、何をやっているのだろうか。
「(そんなにうまく行くかなぁ)」
「だ、大丈夫です!私を信じてください!」
カールの両手を柔らかい手のひらで包み込み、キラキラした上目遣いでカールに嘆願するマリア。
もちろん意図的である。
カールに耐えるすべがあるわけもなく、目を逸らして認めるしかなかった。
「(くそっ、こんなの反則じゃねーか、滅茶苦茶抱きしめてぇ!)」
「こ……今晩でしたらお好きに……」
真っ赤にして照れ照れするマリアだったが、実は内心安心していた。
「(良かった。私と一緒だったから注目されてしまったなんて、言えませんから……)」
人当たりが良く、可愛く、昨日まで着ていた服で体つきが良いのも周知の事実。
そんなマリアのことを狙っている男性は多く、冒険者たちはお互いに出し抜かれないようんけん制し合っていたのだ。
そこを強引にアプローチして失敗したのがロアだったりする。
そんな目立つ彼女の隣に立つ男が、見たことも無い高級な防具を着ているともなれば、覚えられてしまうのも仕方がない。
本当はこのこともカールに伝えたかったマリアだが、『私が可愛いから目立ちました』なんてことは口が裂けても言うことが出来ない謙虚な性格だったから仕方がない。
「こ、ここ、この先に賞金首がいるようですよ」
賞金首は街からかなり近い高台に住み着いたモンスターだった。
特に街に被害があるわけでもなく、高台に貴重な素材があるわけでもないのだが、強力なモンスターが近くに住み着いているというだけで不安になるものである。
狩られる方としては溜まったものではないが、モンスター相手にそんな感傷を抱くものは居ない。
「ビッグスライムか……」
服を溶かしていやんなことはやってこない、凶悪なタイプのスライムだ。
人間よりも二回りは大きなジェル状の球体は、触れた相手を強力な酸であっという間に溶かしてしまう。
体内にある米粒程度のコアを砕けば消滅するが、専用のスキルが無い限りコアの位置を把握することは出来ず、特定できたとしても武器による攻撃がコアに届く前に酸で溶かしきってしまう。
そのため武器は全く効かないどころか無くなってしまうと思って良い。
強力な魔法で溶かしきるのがセオリーだが、魔法耐性も高いためそこいらの魔法では効果は薄い。
しかも一度攻撃されると素早い動きで敵の元に近寄り溶かそうとしてくる強敵だ。
こちらから何もしなければずっとその場所に居続けるというのが唯一の救いか。
「戦ったことはありますか?」
「ない」
終焉の森にはビッグスライムは住んでいなかった。
が、もちろんそれ以上の敵はわんさか住んでいた。
そんなカールにとってビッグスライムなど……
「ほい」
カールがスライムの頭上に向けて指をさすと、巨大な紅い球体が出現した。
スライムがそれに気付いたときにはもう、火球はスライムに降り注ぎ全身を瞬時に溶かされることとなった。
レベル9の炎魔法で、生涯をかけて炎魔法を極めようとした者だけが使えるようになると言われている魔法、ということをカールはもちろん知らない。
街の人が今のカールの姿を見ていたら一体どれだけ目立つのか。
そのことを注意する役目のはずのマリアはというと、
「カール様……」
これが目がハートマークになっている、という状態なのだろうか。