8. デートと言う名の社会勉強
「まずはショッピングに行きましょう!」
ショッピング。
いかにカールと言えども買い物くらい可能だ。
何も言わずとも商品を店員に渡せば金額を教えてくれるので言われた通りに支払うだけ。
子供でもできる単純な作業だ。
ただし、店の選定は非常に重要だ。
リア充がたむろしそうなお洒落な外観の店は、場違い感が強いからNG。
量り売りのように購入量を自分で申告する必要があるお店は言葉を発する必要があるからNG。
そしてもう一つ気をつける必要があるのが……
「このお店に入りましょう!」
マリアに腕を引かれて連れられたそのお店は、カールが普段なら絶対に入らないタイプのお店だった。
「(ムリムリムリ、こんなところ俺には入れないって。同じ『武器防具屋』ならもっと良いところ知ってるからそっちにしようぜ。あっちは品ぞろえも店の雰囲気も最高なんだって)」
顔面蒼白になりながら顔を横にブンブン振って拒否するカール。
『武器防具屋』あるいは『衣服屋』
それがカールが苦手とするお店である。
「(試着、サイズ調整、そして何よりもここの店員は……っ!)」
マリアに連れてこられたお店は、大通りにあり周辺のお店よりも一回り大きい武器防具専門店。
敷地面積の広さを生かして初心者向けからベテラン向けまで幅広い品が並べられ、この世界に存在するほぼすべての種類の量産品が販売されているとも言われている。
一方、カールが普段使いしていたお店は裏通りにある小汚い小さなお店だが、店員は寡黙なおっさんだけで品物を選べば何も言わずとも採寸から何までこなしてくれるぼっち御用達の店なのだ。
製品の質も非常に高いため、カールのお気に入りのお店である。
「(あっちはデートには向かないかもだけどっ、良いもの揃ってるし……)」
「それじゃあ意味が無いんです。私がフォローしますから頑張りましょう!」
ふぁいとっと小さくガッツポーズするマリア。
「(可愛い)」
「じゃ、じゃあ行きますよっ!」
マリアに萌えた隙に店内にひき入れられてしまった。
「いらっしゃいませ!本日は何をお求めでしょうか?丁度高品質の鎧が入荷したところなんです。お客様にきっとお似合いだと思いますのでよろしければご覧になりませんか?もちろん試着も可能ですのでなんなりとお申し付けください。ささ、こちらへ……」
「(ぎゃああああああああああああ)」
このアグレッシブな接客がカールは非常に苦手なのだ。
こちらが何かを告げる暇もなくあれよあれよと言う間に試着からの購入の流れにもってかれてしまう。
まだ何も知らない頃、この魔境に足を踏み入れたカールは、何が起きたのか理解することもできないまま大量の初心者用武器防具を購入してしまったのだ。
「今日は案内は不要です」
「そうですか?では一押しの商品の紹介だけでも……」
「不要です」
「彼氏さんに喜んでもらえるような可愛い防具もご用意しておりますが」
「っ不要です」
「ここだけの話、ご購入いただいたカップルの成婚率が100%という伝説を持つ当店自慢の商品がございまして、お似合いのお二人のためにその商品を是非ともご紹介させていただければと」
「……怒りますよ?」
「失礼致しました。それではごゆっくりどうぞ」
「(すげえええええええええええ!)」
超攻撃的な店員にたいして毅然と立ち向かったマリアを尊敬のまなざしで見つめるカール。
騙されるな、マリアの内心は非常にギリギリの戦いだったぞ。
流石にこの店の店員が普段からここまでアグレッシブな接客をするというわけではない。
カールの容姿を見てお金を持っていそうなオーラを嗅ぎ分け、目が合った時の反応で押しに弱そうであることを見抜き、高級商品をたんまりと買ってもらおうと画策したのだ。
一緒にいる女性を口説き落とせば勧めたものを全部買ってもらえそうだと判断した店員は、ターゲットをマリアに定めた。
二人の初々しい雰囲気を察知して恋愛に絡めて攻めこんだのだが、あと一歩届かなかった。
が、実はマリアがもう少しで陥落することは店員も理解していた。
とはいえ店員の矜持としてお客様を不愉快にさせた上で購入していただくことはありえなかった。
僅かに葛藤があったのだが、それを一切見せずに即座に潔く退く判断ができることが、恐ろしい。
カールが恐れたのは正しかったのかもしれない。
「防具はこっちですね。この辺りが高級品のようです」
「(高級品ねぇ。この皮の鎧は良く見ると各パーツの継ぎ目がガタガタだし、金属鎧も素材が高級なだけで火をちゃんと入れてないのか脆そうだ。勿体ない。この小手だって一見形が綺麗だけど実際に使うとなると手首を曲げにくくて不便だろ。おいおい、この盾の持ち手、ちょっと強めの衝撃食らったら取れるんじゃないか?)」
防具を自作するカールにとって高級品と呼ばれた商品の数々はとても実用に耐えうるものでは無かった。
「がっかりしましたか?」
「(そりゃあそうだ。あのおっさんの店の方が素材の質は劣るかもしれないけれど防具としての機能性は上だよ)」
やっぱりこの店にくる必要はなかったのではないか。
そうカールは思ったが。
「カール様。この店は私たち冒険者が利用している標準的な装備を販売しており、その中でもこれらは高級品とされているものなのです。カール様が普段活用されているお店も、ここより優れているのかもしれませんが、それでもかけ離れた出来の良さというわけではないでしょう」
「(まぁ確かにすごいかどうかと言われるとあっちもいまいちだけど……って高級品?これが?)」
「はい、そうです」
「(……そんな馬鹿な)」
カールが身にまとっているのは終焉の森で手に入れた素材を元に、高レベルのスキルで作成した神器レベルの一品。
劣悪な製品を着た人々が歩く中でこんな装備を着て歩いていたら、それだけで目立つ。
この店の店員が即座に食いついたのもそれが要因の一つである。
「ご理解いただけたようで嬉しいです」
カールが知らなかった常識。
自分がどれだけ常識はずれな装備を着て周囲にアピールしていたのか。
マリアのおかげでそのことに気付いた。
マリアが教えてくれなければ、この先どこに行っても注目され続けることになっていただろう。
「(うおおおおおおありがとおおおおおお)」
「ふふふ、どういたしまして」
何も言わずに表情が七変化するカールと、一人話しかけるマリア。
二人のやりとりは傍から見ると奇妙なのだが、何故か妙にしっくりする、と後にここの店員が語ったとかなんとか。
「さて、それじゃあ本題に入りましょうか」
「……え?」
思わず声が出てしまったカール。
それもそのはず、このお店で常識を教えてくれるのが目的だったのだと思い込んでいたからだ。
「忘れちゃ嫌ですよ。本来の目的はデートなんですから。私がカール様にお似合いの普通の装備を選んで差し上げますね」
これはありがたい。
店員を近寄らせずに装備を買えるなんて最高だ。
「私の装備も選んでくださいねっ!」
「……え?」
頑張れカール。
「こっちとこっち、どっちが良いでしょうか」
片方は全身を覆う白いローブ。
肌の露出は少なく動きにくいが、魔法力を大幅に高めてくれる。
片方はタンクトップとショートパンツのセット。
露出だらけだが動きやすく、何故か防御力が大幅に高まる一方、魔法力の上昇はわずかだ。
魔法職なら当然前者……とは限らない。
高い魔法力が必要でないクエストにチャレンジする場合、生存確率があがる後者の装備を選ぶことも十分意味があるからだ。
もちろんカールはそんなことは知らないし、そもそもマリアがどのような意図で問いかけているのか分かるはずもない。
「(男としては露出が多いあっちの方がエロ可愛いけど、素直にそっちを選んだらひかれないかな。ローブは魔法使いらしい装備って言ってたしやっぱりそっちを選ぶべきか。いやいや、それはそれでエロいのを選びたかったのに選ばなかったチキンだって受け取られないか。マリアは素直だからエロい方を選んでも多分受け入れてくれるはずだけど。でも露骨なことばかりやってたらがっかりさせて逃げられちゃうんじゃ。そもそも何で俺に聞くんだよ。もしかして俺のエロさを確認してるのか?エロ過ぎるからさようなら、とかありそう。ち、違う、マリアはそんな女じゃない。いやいや一晩体を許してくれたからってマリアの何を分かってるって言うんだ俺は。だって……それは……ああもう素直に似合ってる方選ぶ。ええと、似合ってるのは……どっちも似合ってるじゃねえかああああああ)」
女性は自分の中で正解があって男性に問いかけることもある。
その情報をカールが知っていたら、果たしてどのような答えにたどり着くのだろうか。
ちょっと気になる。
「あ、あああ、じゃあこっちっ!こっちはどうでしょうかっ!」
カールの思考を読んだマリアが恥ずかしがって露出が多い装備を露出控えめなものに変更してしまった。
「(あああああああ俺は何やってんだああああああ)」
露出の多い装備が候補から外れたことを嘆いているのか、それとも自分の思考が悟られたことに気付いて後悔しているのか。
「べ、べべべ、別に私は露出が好きってわけじゃないんですよ。その……カール様の前だけですからっ」
「(萌ええええええええええええええ)」
もじもじと照れるマリアが可愛いのは分かるが、カールの前だけで装備する鎧ってどういうことだ。
旅先で人が来たらマントで隠すのか。
戦闘中に他のパーティーが来たら折角の機動性を捨てることになるぞ。
それともまさか夜のアレだけのために買うのか?
装備品じゃなくてそういう服を買えよ。
というツッコミには至らず悶えるカール。
「私としては回復魔法でお役に立ちたいのでローブの方が良いのですけれど、逃げる時に全力で走れないのが辛いんですよね。そのせいでパーティーに迷惑かけてしまったこともありまして……」
後衛が逃げ切るまで前衛が時間を稼がなければならない。
それはパーティーとしては当然のことなのだが、マリアはそれを迷惑をかけていると感じてしまっているのだ。
「(優しい子だなぁ。魔法力が大幅に上がって動きやすくてマリアに似合う白い装備って無いのかなぁ……)」
と、カールが店内を見回して見つけたのが……
「(ビキニアーマー、来ている人見たことないぞ)」
何故か防御力が跳ね上がるが布面積が極端に少ない鎧。
下の手入れちゃんとやらないと見えそうだ。
何がとは言わないが。
「(ってその隣だよ)」
白いワンピース。
マリアが着たら丁度膝丈くらいだろうか。
ローブよりは動きやすそうだし、何よりもマリアに似合いそう。
「あれは超高級品ですよ。ローブには劣りますが魔力は大きく上がりますし動きやすいのですが、その分価格が非常に高くて……」
一介の冒険者が手を出せるような装備品ではない。
十数年もかけてコツコツとお金を貯めて、冒険者としての実力が大きくなったときにようやく手に入る一品だ。
そして残念ながらその頃にはもう年齢的に似合わなくなっているし、魔法力の増加も不要になっていたりする。
「絶対似合うのになぁ」
「え?」
「え?」
独り言を思わずつぶやいてしまった。
これまでずっと堪えてきたのによりによってこのセリフ。
「あ、あわわわ」
真っ赤になって照れるマリア。
つぶやいてしまったことが恥ずかしくて照れるカール。
ラブコメか。
そしてこれを見ていた店員は思った。
『普通の衣服店でやれ!』
高価な品と言っても、カールならば素材を売ればお金はすぐに手に入れることができる。
ここは男らしくプレゼントしようと思ったカールであったが……
「……あ」
「ど、どど、どうしました?」
まだ照れから戻れないマリアの問いにカールは普通に答えた。
「お金、手持ち、ない」
普通では無く片言だった。
流石に自然に話せるほどは成長していなかったか。
カールは街で過ごすための最低限のお金しか換金していなかったのだった。
服屋の店員はぼっち最大の敵の一人。