5. 女冒険者の情事情
「はい!」
見た目、体型、雰囲気、そのいずれもがカールの好みの女性だということは、助けたあの時から分かっていた。
その上で今、屈託のない笑顔を見てカールは本気で恋に落ちてしまった。
一目ぼれ、いや、二目ぼれである。
「私はマリアって言います。よろしければお名前を教えていただけませんか?」
「カール」
マリアと称した女性に見惚れていたカールは、反射的に自分の名前を答えていた。
おめでとう。コミュニケーション成功だ。
街に戻ってから意図した成功は一度たりとも無いが。
「カール様ですか。あの……大変申し訳ないのですが」
「(……きたっ!)」
マリアの否定的な表現を聞いたカールは、ようやく冷静になり観念したかのように目を瞑った。
「(やっぱり早くキモイ俺から離れたかったんだよな。こんなキョドり男と一緒だと周りからも変な目で見られるし当然だ。律儀にも俺が返事をするのを待ってくれたことから良い娘なんだろう。ここは彼女の意に沿って何も言わずに気持ち良く送り出してやろう)」
何が彼女の意に沿って、だ。
何も言えないだけのくせに相手のことを考えているフリをする卑怯者。
さすがコミュ障、自分の都合の良いように話を決めつける。
「何かお礼をと考えたのですが、生憎と私は大金も珍しいモノも持っておらず……ですから、あなたのために何かお手伝いさせてください!」
「……はい?」
想像だにしていなかった言葉を受けて、思わず目を開けたカールは信じられないといった表情でマリアを見て、可愛さに動揺してすぐに目を逸らした。
「なんでもしますから!」
「な、なんでも!?」
その言葉を受けて彼女の体を思わず見て、ごくりと唾液を飲み込んでしまったカール。
もちろんその視線や表情の意味をマリアが気付かないわけがない。
最低だ。
しかし男ならこうあるべきでもあるか。
「そ……その……私なんかでよろしいのでしたら、そういうことでも構いませんが……」
「はい!?」
爆弾発言にまたしても思わずマリアの顔を凝視すると、マリアは照れながら嬉しそうに頬を抑えていた。
こんなキモいキョドり男のことを、たとえ助けられたとはいえここまで好意的に思うことは不思議ではあるが、完全に脈ありの雰囲気だ。
が、コミュ障はそんな空気を理解することが出来ない。
「(そういうことってどういうことだ。俺は何も言ってないぞ。こいつは誰と話をしてるんだ!?)」
カールが驚いたのは、会話が全くつながってないと感じたからであった。
そもそも大前提として自分に体を差し出す女性がいるなんて心の底から思っていないのだから、その思考に至ることができない。
マリアはそんなカールの内心を見越したかのように、今度こそカールにも分かるように爆弾発言をぶちかました。
「ですから……性的な……その……えっちなことでも……構いませんってことです。カール様が想像しているようなことでも……あ、もちろん具体的な内容は分かりませんが……カール様が望まれるようでしたら私……なんでも頑張りますっ!」
カールはようやくマリアの言葉の意味を理解した。
そうして得られた感情は歓喜……ではなく恐怖だった。
こんなクズでキモイ自分に体を差し出すなんて、そんな思考に至ることはあり得ない。
異常な人間を目の前にして恐怖していた。
が、下半身は興奮していた。
やはり男である。
「(……な、何を言ってるんだこの女は。俺が想像しているようなエロいことでも大丈夫、だと。あんな激しいことを!?)」
むしろお前が何を考えているんだ。
そして往来のど真ん中で真昼間からこいつらは何を話しているんだ。
「と、とりあえずそこの喫茶店に入りませんか?」
「え、あ、ちょっ」
顔を真っ赤にしたマリアに手をひかれ、カールは自分には全く縁が無いだろうと思っていたお洒落な喫茶店へと足を踏み入れた。
―――――――――――
「ご注文はいかが致しますか?」
「(……どうしよう)」
メニューはある、だが肝心のメニューの内容が良く分からない。
いつも宿屋で同じメニューしか頼まないカールにとって、店員にメニューを伝えるという行為は非常に難易度が高いものだった。
「(……まずい、早く頼まないと変な奴だと思われるし、店もそれなりに混んでるから迷惑がかかる。だがメニューの内容が全く分からん。なんなんだこの『店長の汗と涙の結晶がふんだんに使われたジェノレート田舎風』ってやつは。店長の汗と涙の結晶ってゲロマズにしか思えんぞ。名前つけたやつ頭おかしいんじゃねーのか?ジェノレートも分からん。それにでた、田舎風。〇〇風ってつければ分かると思ったら大間違いだ。田舎を舐めんな。よくわからんからコーヒーで良いかと思ったら隣から謎の呪文『ショートアイスチョコレートオランジュモカノンモカエクストラホイップエクストラソース』が聞こえてきたし、俺には無理だ。そもそも女性と一緒のこの場で何を頼むのが普通なのかすら分からねーんだよ。ああもう早くしないとっ!)」
「カール様は紅茶は得意でしょうか。このお店は美味しい紅茶があるのでよろしければ頂いてみませんか?」
「コクリ(なん……だと…)」
悩んでいたカールを見かねて、マリアはオススメがあると前置きをすることで自然に同じものを二つ頼むことに成功した。
カールが変に注文しようとして失敗することも、この場にそぐわないメニューを頼んでしまうことも、カールがマリアと同じものを頼もうとしたら自分で注文すらできない人間なのかと思われそうでみっともないと内心抱えていた妙なプライドを刺激することもなかった。
「(ふぅ、運が良かった)」
マリアのフォローであることも気付かず、カールは偶然訪れた奇跡に感謝した。
が、カールにとっての苦難はまだ終わっていなかった。
これから本番であるサシの会話が待っているのだ。
「カール様は冒険者でいらっしゃいますか?」
「コクリ(やっぱり可愛いな)」
目を合わせることは相変わらずできない。
視線は四方八方へ彷徨っている。
だが、ほんの少し慣れたのか、一瞬であればマリアの顔を見ることが出来るようになっていた。
先ほどと同じように頭上のハートマークを凝視していた方が視線が定まって異質な感じは少ないのだが。
「私も冒険者なんです。普段は友人と一緒にパーティーを組んでいるのですが、一時的に彼女と離れておりました。一人の時はなるべく人通りの多いところを通ってトラブルに巻き込まれないように心掛けていたのですが、失敗してあの人に路地裏に連れ込まれてしまったところだったんです。重ね重ね、先ほどはお助けいただきありがとうございます」
冒険者と自称するマリアは全身真っ白なローブを着ていた。
膝丈よりやや下まで、腕も手首近くまでの長さがあり、露出がほとんど無い。
しかし、サイズが小さいのか、パツンパツンで体のラインがくっきりと浮かび上がっていてエロい。
「(エロさはともかく、こんなにエロ可愛い娘が一人で歩いていたら、襲ってくれって言ってるようなものだよなぁ)」
改めて全身を舐めるように鑑賞するカールの行動を受けて恥ずかしくなったのか、マリアの顔色は再び羞恥に染まり始めた。
「あ、あの。やっぱり私のこと、はしたないとお思いでしょうか?」
「(……いや、むしろご褒美です!)」
「あうぅ。じゃ、じゃなくてですね。それじゃあ私の職業って分かりますか?」
「(……職業?そんなん分かるわけないだろ)」
「やっぱりそうですか……」
「(??)」
全く何も言葉を発していないにも関わらずカールの思考を完全に理解する女、マリア。
ちなみに心が読めるわけではなく、表情などの雰囲気で察しているだけである。
驚異的な能力であるが、カールはそのことにまだ気づいていない。
むしろ何も口にしていないのに会話が出来ているような気分になって心地良くなっていたりする。
いいのか、カール。
エロいこと考えてもモロバレだぞ。
「今から私がお伝えすることですが、気を悪くしないで頂きたいのです」
赤面から回復したマリアは、真剣な表情に戻ってカールを凝視した。
その目を逸らしたカールは、一瞬だけその表情を見て、真剣な表情も可愛いなぁと雰囲気違いなことを思ていたのだが、それもマリアにはバレバレであり、少しだけまた頬に朱が指した。
「カール様は、世の中の常識に少し疎いところがあるのではないでしょうか」
心臓が跳ね上がったかのように脈動した。
案に自分のコミュ障を指摘し、否定しようとしているのではないかとまた感じ始めたのだ。
コミュ障だから人との話が出来ず常識を知らないダメ人間だと貶められているのではないかと。
だが、さすがにそれが曲解過ぎるということはカールにも理解できている。
それでも自己評価が究極的に低いカールにとって、少しでもマイナスなイメージの言葉はダメージを負ってしまうのだ。
「も、もうしわけございません!決してカール様を悪く言う意図はございませんので!」
「(そう言われても……)」
一度くすぶった疑念はそう簡単に晴れることは無い。
それがコミュ障の宿命だ。
「さ、先ほどの話ですが私のこの服装、変だと思ってますよね。街中でこんなはしたない服装をしていたら襲われても仕方がない、そう感じたのではないでしょうか」
話を逸らすつもりなのか、マリアはカールが興味を持ちそうな内容に持ち込んできた。
もちろんフィッシュ。
単純な男だ。
「私たち冒険者は、いつ命を失ってもおかしくありません。特に戦いに関するクエストを主にこなす冒険者の寿命は、この世界でもっとも短いとさえ言われています」
世の中の状況によっては兵士の方が命の危険は高いと言われているが、平時の場合でもモンスターに挑んだり悪人たちと戦う冒険者の方が平均的な寿命が短いというのは当然のこと。
その程度のことは誰とも話が出来なくともカールが想像できる範囲内だ。
「それで……その……私たち女性の冒険者の場合ですと、負けると命を落とすとは限らないわけで……と、とにかく自分の体が五体満足なうちに、素敵な男性と一夜を共にしたいと思うのが普通なのです!」
人間相手に繁殖活動をするモンスター
悪の道を突き進む犯罪者。
もしこれらの相手に負けてしまった場合、仮に助けが来たとしても女性の冒険者が心と体に負うダメージは甚大だ。
むしろ死んだ方がマシだと思うことの方が多いくらい。
そうなる前にまともな男性に最初に抱かれておきたいと考えるのは変なことではない。
一生の幸せを掴むことに注力する人ももちろんいるが、この世界ではその考えはマイナーだ。
「ですから女性の冒険者はこうやって街中では扇情的な服装で殿方を誘うというのが常識なのです。外の景色を見てください。あの方やあの方、薄手で露出が多い服装の方はおそらく冒険者です」
カールが外の通行人に目をやると、確かに何人か極端にエロい服装の女性が歩いていた。
コミュ障であったがゆえに、これまで他人に目をやるなんてことは出来ていなかったので、まったく気づかなかった。
「(でもそれじゃあ変な男に目をつけられるんじゃないか?)」
マリアが先ほど襲われていたように。
「はい、ですから街中ではなるべく女性は一人で行動しないのが鉄則なのです。女性とはいえ冒険者ですから、複数人で行動すれば簡単に手出しはできません」
えいえいとパンチをする真似をするマリア。
とても冒険者とは思えない可愛らしい弱々しさにちょっとほっこりするカール。
「(でもこんな可愛らしいこの人も男を求めて彷徨っていたわけか。常識って言われてもなんか嫌だなぁ)」
「わ、わたしはそういうんじゃないんです!信じてください!」
席を立ちあがり大声をあげて慌てて釈明するマリアの姿に店内のすべての目が集中した。
周りから見ると、女性が無言の男性に話しかけ続けている奇妙な図。