2. 職業『ハーレム』
「いやいやいや、意味わからん。なんだよハーレムって、ぼっちのままで良いじゃん!」
そもそも職業レベルが最大になると進化するという話は聞いたことも無かった。
聞ける相手が居なかっただけなので、実際は有り得るのかもしれないが。
「ええと、うん、一つずつ確認しよう。慌てるなー俺、まだ慌てる必要は無い。……でも怖いから確認は後回しだ」
このチキンが。
男なら喜び勇んでまずはハーレムを確認だろうが。
「基礎能力が最大値になったかぁ。ステータスはこれまで職業レベルが上がるたびに順調に爆上げしてたから、多分そうなるだろうなぁって思ってたんだよね。予想通りだ」
そのドヤ顔は誰向けなんだ。
これ以上の強敵と戦うつもり無いから意味無いけど、と思うカールであったが、そもそもキングベヒモスを単独瞬殺している時点で異常だった。
そしてこの世界には残念ながらキングベヒモスより上のランクの敵はいない。
過去何度か魔王が現れたことはあったが、もっと弱い上に最近倒されたばかりで新しい魔王が誕生するのは百年以上未来だと言われている。
まさに宝の持ち腐れ。
異世界から邪神でも召喚されない限りは全く役に立たない能力だ。
それでも最大になったというだけでほんのり嬉しそうなカール。
その気持ちは分からんでもない。
「スキルのレベルマックスも予想通りで、いらないなぁ」
スキルレベルの最大値は10
レベルが9の時点でこれまで不便に思うことは全くなかった。
これまた不要ではあるのだが、限界に到達したことへの満足感が少し心地良かった。
「奇跡:ぼっちタイムってなんだろ。説明教えて」
レベルの概念が無い特殊スキルはこれまでいくつか手に入っており、まったく使いどころが分からないものから、非常に便利なものまで揃っている。
例えば「ぼっちカウンタ」はぼっちになっている期間をカウントしてくれるだけの能力で、カールは一度も使う機会が無かった。
一方「サバイバルぼっち」は山奥だろうが森の中だろうがどんな過酷な環境の中でも自活できる優秀なスキルでカールが大変お世話になっている引きこもり御用達スキルだ。
そんなこんなで最後に手に入った特殊スキルということで、期待に胸を膨らませてスキルの説明を思い描いた。
職業の説明を念じるのと同様にスキルに関しても念じることで説明が頭に思い浮かぶ。
奇跡:ぼっちタイム
職業『ぼっち』を習得してから『ぼっち』だった期間と引き換えにあらゆる奇跡を実現することが可能
実現困難な奇跡ほど、溜まっているぼっち期間を多く消費する
「うっそ、滅茶苦茶すげぇスキルじゃん。なんでも出来るのかよ。うっはーワクワクしてきたあああああああ!」
確かにすごいスキルではあるが、引きこもりコミュ障で欲しいものは大体手にして悠々自適な生活をしているカールに必要なのだろうか?
果たしてカールは破格のチート特技をナニに使うのだろうか。
残すは特性とハーレムだが、特性は文字通りその人物の特性が表示されているだけで能力的な意味は全くない。
「いかんいかん、興奮してる場合じゃなかった。肝心の『ハーレム』を確認しないと」
男として憧れるはずのシチュエーション『ハーレム』
女性を侍らせて夜のお仕事にも事欠かない。
それはカールの下半身にとっても憧れではあったが、女性とまともに話をすることすらできないコミュ障なカールにとって、地獄でもあった。
職業:ハーレム
概要:本職業の習得者にとって理想の女性が自然と近寄り、ハーレムを形成しやすくなる。ハーレムの対象となる女性に、自らの能力の一部を共有することが可能。
レベル:0
スキル:運命の赤いマーク
特性:理想の女性が近寄ってくる
次のレベルまで:ハーレム一人目を追加
ペナルティ:
運命の赤いマーク
ハーレム候補の女性の頭上に赤いハートマークが浮かんでるのを見ることが可能。該当する女性は容易にハーレムに追加することが可能。
「……なんだこれ、男にとって最高に都合の良い職業じゃねーか!」
その名の通り、ハーレムを作るための職業。
しかも自分にとって好みの女性ばかり集まるということは、欲望を思う存分ぶつけても問題ない相手だけでハーレムが出来るということ。
まさに男にとって夢のような職業である。
「だが断る!」
カールにとって性的な面での興奮は『一人遊び』で十分満たされていた。
男としてそれで良いのかという疑問を持ってはいるが、誰かと会話をするくらいならこんな職業活用しなくても問題ない。
「何も言わずに俺の思うままに体を開いてくれる女ならなんとか……いや、それもまた虚しくなりそうだからダメだな」
最低である。
そしてヘタレである。
この世界にドールという概念があればカールの人生は完全に終わっていただろう。
ぼっちタイムで禁断の人間そっくりのドールを生み出さないことを祈るばかりである。
一応カールはまだ人としての尊厳は辛うじて残っているのだから。
「まぁ、どっちにしろこんな僻地に住んでる時点で女なんてやってこないだろうし、ずっとこのままかなぁ」
自分から終焉の森を出て街に戻るという発想は無い。
「そういやペナルティってなんだろ。タイトルだけで説明が出てこねぇや。レベルがあがると追加されんのかな。上げるつもりもないし、気にしなくて良っか」
―――――――――
カールが終焉の森で一生を終えると決意した一月後、いつものように森で狩りをして我が家に戻ってきたその時、普段はまったく感じられない生き物の気配を感じた。
ちなみにカールは強すぎるため森の生物たちは近寄ろうとせず、毎日静かに暮らすことが出来ていた。
「なんだこの気配は。モンスターとは違うし、小動物って感じでもない。あっちの方向だな……えっ!?」
遠視スキルと気配察知スキルを駆使して森の遥か奥を確認すると、これまで一年以上も見かけなかった『人』の姿を捉えることができた。
「はいぃ!?ここにも人が来るのかよ!誰もこないところじゃなかったのかよーー!」
カールが慟哭していることなどつゆ知らず、謎の人影"達"はまっすぐカールの家に向かって進んで来る。
「こんな所に家?」
「あらぁ助かったわぁ、ここで休ませてもらいましょうよぅ」
「おいおい、明らかに怪しいじゃねーか、罠じゃねーのか?」
「ここでこんな手の込んだ罠をしかける意味ねーだろ。それにほら、家主はそこの人じゃねーのか?」
使い古した、それでいて強固そうな武器や防具に身を固めた彼らは、何処からどう見ても冒険者だった。
「(……どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう)」
コミュ障で一年以上も人と会っていなかったカールにとって、この出会いはキングベヒモスなんかよりも遥かに強敵だった。
何も口に出すことが出来ず、視線をあちらこちらと彷徨わせ、見るからに動揺して嫌な汗がぶわあっと噴き出ている。
「あの……すいません」
「(……ひいっ!話しかけられた!やめてやめてやめてやめて!)」
よし、逃げよう。
家はまた建てれば良いや。
そう心に決めたカールだったが、『こんなところまでやってきた人たちを無視して追い返して良いのだろうか。死んでしまうのではないか』というなけなしの良心のせいで逃げられなくなっていた。
「ちょっと休ませてもらえませんか」
「コクリ(……ちょっとだけなら)」
そして彼らを受け入れてしまったのだった。
冒険者たちは終焉の森に住む弱めのモンスター相手なら少人数で生き抜く実力があり、鍛え抜かれた肉体と、気さくな人柄でカールの生活の中にずかずかと入りこんでいった。
最初は怖がっていてまともに話をすることができなかったカールも徐々に言葉を発することができるようになり、共に過ごす空気が心地良く感じ始めていた。
ぼっちが心地良かったカールも、内心は人との触れ合いを渇望していたのだろうか。
冒険者たちは熟練の雰囲気を醸し出す程度の年齢で、この先体が衰える前に終焉の森にて力試しをしようということで突入したところ、偶然にも強敵との出会いが少なくカールの家まで無事にたどりつけたのだという。
これが職業『ハーレム』の力か、とはカールは思っていない。
何故ならば全員むさくるしい男だったからだ。
もちろんだからこそ彼らを受け入れることが出来たのかもしれないが。
ちなみに、魔法使いがアレなタイプの人間であり、カールは苦手としていて話をすることがほとんどできていない。
「んもぅ、カールちゃんったら照れちゃってぇ」
「おいおい、下手に手を出すんじゃねーぞ、俺らより遥かにつえーんだから」
カールはノーマルである。
冒険者たちはカールの家を拠点にして冒険をするようになった。
彼らと徐々に打ち解けたカールは、だんだんと彼らと一緒の時間が多いことが煩わしくなってきた。
特に一人遊びの時間が自由に取れないことで。
これまでは何をやるにも自分のペースで良かったところを、彼らのペースに合わせなければならない。
ムラムラしてもすぐに致すことは出来ず、部屋に戻ったりこそこそしながら処理しなければならない状況にストレスを感じていた。
「はぁ……悪いやつらじゃないんだけどいつまでここにいるんだろ」
今日もまた部屋にこそこそ戻ってスキルを発動させようと思っていた時のこと。
コンコンと部屋の扉を叩く音が聞こえた。
「ちょっと良いか?」
寝たふりでもしようかと思ったが、冒険者は遠慮なく扉を開けて入ってきた。
ずっと一人で暮らしていたから鍵はついていないのだ。
例え寝ていても返り討ちにする実力があるから問題ないため、彼らが来ても鍵をつけるという発想は無かった。
「ちょっと勝手に入ってこないでくださいよ」
「わりぃわりぃ、でも最近カールが困ってるんじゃないかって思ってさ」
カールの抗議をまったく意に返さず、冒険者はズカズカと部屋に入りベッドの上に座っているカールの元にやってきた。
「俺らも冒険者なんてやってるからさ、冒険中に処理しなきゃならねぇ時とかあるんだよ。そんなときに解消する良いアイデアを教えてやろうって思ってな」
「……は?」
この人は勝手に人の部屋に入ってきて何を言ってるのだろうか。
酔ってるのだろうか。
「身構えるなって、すっげぇ気持ち良くなるんだぜ?カールの知らない世界を教えてやるからさ」
「いや……間に合ってますけど……」
処理ならば一人遊びで十分満足している。
他人の処理方法なんて興味はないし、気持ち悪いだけだ。
エロい話だけなら仲間内で盛り上がるかもしれないけれど、具体的ないたし方を男同士が真面目に話をしたところで本気で気持ちが悪い。
酒を飲んでネタにしながらじゃなきゃできない話だ。
「そういうなって、最初は誰だってはじめてなんだよ。少しだけ痛いかもしれねぇが、だんだんと病みつきになってくるから」
「…………ん?」
ガシっとカールの肩を掴むおっさん冒険者。
カールの実力があれば簡単に振りほどけるのに、恐怖で体が固まり動くこともできず、拒否する言葉も出てこない。
それを了解の意ととったのか、冒険者はカールをベッドの上に押し倒し……
「……俺に全て任せろ」
にやりと妖艶な笑みを浮かべたおっさん冒険者の手は徐々にカールの下半身に伸びて行き……
「うわあああああああああああああああああああああああああああ!」
カールは絶叫と共にベッドから身を起こした。
そこには自らの体を狙う冒険者の姿は無かった。
体を汚されたことに激怒したカールが冒険者を始末し、トラウマに苦しんでいた、というわけでもない。
「なんつー夢だ……」
ベッタベタな夢落ち、だが夢というにはあまりにもリアルで思わず自分のお尻を押さえてしまった。
まだ職業『ハーレム』を手に入れてから一週間足らずの夜のことだった。
「何がハーレムだよこんちくしょう。夢の中でくらい職業の恩恵受けたって良いだろうが」
完全に夢に対する八つ当たりである。
が、なんとなく嫌な予感があったカールは職業『ハーレム』の内容をもう一度確認したところ、空欄だったペナルティの欄が埋められている上に、激しく点滅して妙に強調されていた。
ペナルティ:異性とのハーレム形成を目指さない場合、警告の夢の後、強制的に同性とのハーレムが形成される
カールは街に戻ることを決意した。
ペナルティが恐ろしすぎる。
あ、細かいパラメータやスキルの内容は特に出さないつもりです。