4.初めての外出 市場で
ザクスは自分に与えられた特権兵の権利を使い、軍に徴兵されてから初めて王都の街に繰り出した。
軍施設の正門の正面には大通りがまっすぐ伸びており、ザクスはそのまま真っ直ぐに歩き続ける。
その軍施設正面の大通りの両側には色々な商店が並んでいた。
軍施設の正面大通りは既に商業区であると耳にしていたためザクスはローレム村の市で見られたような露店等を想像していたのだが、王都の軍施設の正門に通じる正面通りには露店などは存在せず、立派な店構えの商店のみが並ぶ街並みだった。
ザクス自身は気が付いていなかったが、軍の出兵などでの行進の際、この大通りに露店などがあると行進の邪魔になってしまい、結局は排除しなければならないことから、この通りは店を構えることは許可されていても、道に露店を開くことは許可されていないのだった。
「やっぱり王都はこんなお店が普通なのかな?」
ザクスは大通りの店に対してウィンドショッピングを行う。
実際には店前か扉上に看板が立っているだけで、どんなものが売られているのか見ることができない店もそこそこあったのだが、入口を大きく開け客を呼び込もうとする店もあり、眺めるだけでも色々な種類の店があることが確認できた。
武器屋、防具屋、雑貨屋、金物屋、衣服屋、靴屋、肉屋、八百屋、家具屋、質屋等様々な店が立ち並んでいたのである。
しかしザクスはただ、眺めるだけでどの店にも立ち寄らずに歩いており、しばらく行くと大通りの正面に広場のようなターミナルが存在した。
そのターミナルとなっている広場の中央に銅像があり、その周りを泉のように湧き出る水湛えられる水場あった。
その広場の周りには先ほどの大通りとは異なり、露店や露天商が並び建ち、軍施設正面の大通りに十字に交差するように伸びる道には道に沿うように様々な店と露店が乱立しているようだった。
先ほどの軍施設正面の大通りでもそこそこ人が居たと思ったのだが、広場や交差する通りの方は大勢の人がおり、王都の景気の良さと満ち溢れる活気を表しているようだった。
ザクスはこの様に活気のある街並みを見るのは本当に久しぶりで、昔に立ち寄った街の市を見たことを思い出した。
しかしその思い出の街の市でも今ザクスが目にしている王都の市ほどの人の行き来はなかったと記憶している。
その圧倒的な景色に呆然と立ち尽くしていると、誰かがザクスの軍服の裾を引っ張った。
「? 誰?」
「軍人さん。ちょっといい?」
ザクスは自分を掴み話しかけてくるのは誰かと振り返る。
なんだか幼さが残っているような少女だった。
ザクスの見たてではまだ大人になっていない自分より1,2歳ほど年下だと判断した。
しかし、この王都で生きてくため逞しく育ったのだろうと思わせる目力と妖艶さを兼ね備えていた。
自分より年下がそのようなものを身に着け誘うように話しかけてくる。
「軍人さんは見る感じ王都にそんなに馴染んでなさそうだよね。案内してあげようか? もちろんお代はかかるけど」
ザクスは彼女の狙いをある程度理解しつつ、返事を返す。
「案内かぁ、いくら? 僕今はほとんどお金持ってないけど後払いでもいいの?」
ザクスがそういうと少女の眼が獲物を見つけ狩りをするような目つきになるのを見逃さなかった。
「後払いでもいいけど、お金の当てあるんだぁ、へぇ~。じゃぁ私がいろいろ案内してあげるよ。どんなところに行きたい?」
お金の交渉が終わると少女はザクスが希望する店を順序良く説明し、案内していく。
ザクスは合計5つの店をまわる事を希望する。
持っていた素材を売り払う店。
植物系と動物系の2種類を律儀に教えてくれた。
ナイフのメンテナンスができる武器屋、薬品を売っている店、錬金学系の調合道具を取り扱うお店をまわる。
ザクスは初めに素材を売り払った時に少女にお代を払い終えている。
その後、色々周り、一息ついたところで少女と休憩した。
すると、ザクスの想定通りのことが起きる。
「おい、軍人さんだからって人の女を連れまわしてただで済むとは思ってないよなぁ」
ザクスは来たかと思いつつ話しかける10数人の男達を見ずに隣の少女を観察していた。
ザクスとしてはこの少女が望んで協力しているのか、嫌々協力しているのかで、初めの行動を変えるつもりでいたのである。
ザクス自身がいじめられ望まない行動を村でしていたこともあり、実体験から彼女の表情、行動の裏側を読み取る。
ザクスは俯く少女の耳に口を近づけ、
「僕がいいって言うまで、息を止めて、いい? 3,2,1」
カウントダウンを終えると同時にザクスはいつの間にか手にしていた袋をぶちまける。
絡んできた男共はぶちまけられたものに怯みもせずにザクスに向かって手を伸ばしたが、そこで体が動かない事に気が付く、それと同時に激痛に晒される。
「うがぁあぁ!?」
「な、なにしやがった!!」
「いてぇ!いてぇよぉ」
「体が、からだがぁあああああ!」
「「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」
男たちは苦しみから立っていられなくなり地面に伏したり仰向きで倒れたりしながら悶える。
ザクスはもう一つの袋の口を少女の鼻と口をふさぐようにつけ後頭部を押さえ振るようにしながら軽くたたく。
少女は撹拌されたことで息を止めていられなくなり、袋の中の粉を口と鼻で思いっきり吸ってしまう。
「ごほっ!ごほっ!ごほっ!ごほっ!」
少女は咳き込むが目の前の男たちのような苦しみを味わうことはなかった。
「いくらなんでも相手は選ぶべきだよ。何も対策せずにこんな怪しい子を連れまわすわけないよ」
ザクスの言葉に少女は驚き震えながら見上げる。
ザクスは首謀者と思われる男の顔を持ち上げ、目を見ながら話しかける。
「もう一段上のいっとく? 相手を間違えたのかな?」
ザクスの不気味な笑みに男は涙を流しながら拒絶を表そうと必死だった。
しかし、麻痺し、痛みを発する体では首を振ることもできない。
ザクスは首謀者とガタイのよさそうなものを数人選んで、力いっぱい踏みつけてからその場を立ち去った。
「もうあんな男達と一緒に何かしない方がいいよ。丁寧な案内だけでもいろいろ役に立てそうなんだから。また会った時は他のお店も案内してね」
ザクスは少女にそう話してから別れる。
こうして、ザクスにとってはそれ程脅威を感じずに初めての王都を楽しむ事ができたのだった。