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六話 美月山の事 "Things I do not know"

虎の件を任された(押し付けられた)萩原灯子。

やる気のないまま会合は終わり、灰鳴己、祠堂秋と雑談をする。

灯子には、虎の調査に当てがあると言うが……

 十時。九重の家族の会合が終わり、大座敷には萩原はぎわら灯子とうこ灰鳴はいなりおのれ祠堂しどうあきの三人が残っていた。会合の席では一切手を付けなかった膳の処理の為である。

 当主七人、次期当主一人の計八人がいた時とは違い、人が少なくなると大座敷の広さは余計に感じる。会合の席でもないのできちんとした座席には座らず、三人は輪になるように大座敷の中央に座りなおして雑談していた。


「食べていいぞ灯子」

「食べないわよ。蕎麦食べた後にさらに会合の料理まで手ぇ出したら太るもの」

「灯子お姉ちゃん、美味しいですよ?料理」

「食べ盛りの成長期ちゃんはいいわねぇー」


 九つの膳のうち、紅月くづき和仁かづひと緋森ひもり華蓮かれん西部にしべ志里しざと熨斗のしム雲(むくも)は自室で食べるとして料理を持っていった。すると萩原はぎわら幻灯げんとう、それに火埜かの家、穂積ほずみ家の三つの膳が余ることになる。それを今、己と秋の二人で分けて食べているという次第だ。

 灯子と言えば、その様子を足を延ばしてだらしなく暇そうに見ているだけ。心中といえば、美月が山の虎話をどーして受けてしまったのか。面倒この上ないという面持ちでいた。嫌な予感がした段階で会合から抜け出るべきだったか。とも思う。


「それで灯子。虎の件どうするつもりだ?」

「んー?どうするもこうも美月山に行って調べるだけ。今日中には終わらせたいなぁ」

「調べるって、美月山を全部か?」

「んにゃ、てがあるもの」

「当て?」

「そう、当て。そういや己は美月山の事どれだけ知ってるんだっけ?」

「そう詳しくはないな。不動金剛明王ふどうこんごうみょうおうの霊山ということくらいか。山中には立ち入ったことはない。そもそも美月山は紅月の管轄下で、入るのには許可がいると言うが」

「秋ちゃんは?」

「秋は全然詳しくないですよ。幻灯当主に入っちゃいけないって言われたぐらいです。灯子お姉ちゃんはいろいろ知ってますよね?」

「そうね。毎日山間から見える朝日を拝むくらいには」

「灯子、いい機会だ。美月山について教えてくれねぇか」


 ふぅと息をつき、箸を降ろす己。既に自分の分含めて三人前を平らげ終わっていた。体格があると食も太くなるのかと、灯子は見て思う。秋も美月山の事は気になるようで、二人前を無理やり口の中に放り込み、お茶で流し込んだ。こっちは女の子らしく食べればいいのにと灯子は見て思う。


「んっく、秋も聞きたいです。けふっ」

「んな慌てなくても食べながらでいいのに。別に今はもう畏まった席でもないわけだしさ」

「いえいえ、食べながらだと食べる方にばっかり気が行っちゃうので」

「大した話じゃないんだけどねぇ」

「それで灯子。教えてくれるのか?」

「まぁいいよ」


 灯子は改めて己と秋の二人へと向き直り、足を崩したまま楽な姿勢で話始めた。毎朝朝日を拝むためにずっと向き合ってきたその山は、九重の家族の当主一同よりも詳しい。灯子は美月山に何度も立ち入ったこともある。


不動金剛明王霊山こんごうふどうみょうおうれいざん美月山みがつやま。名前の通り不動金剛明王を祀った社を構える霊山。この村から見えてる西側の山ぜーんぶが美月山で、知っての通り紅月の土地ってことになってる。特に変哲もない山なんだけど、特徴と言えば、山中に寺社がいくつも点在していることかな」

「お寺とか神社があるんですか?」

「そ、昔は人が参拝の為に立ち入ってたみたいだけど、今じゃ紅月の許可が無いと誰一人立ち入りを許してない。話を聞く限りじゃ江戸の後期からほったらかしみたいで自然豊かと言えば聞こえはいいけど、管理と言う管理はほとんどしていない荒れ放題の場所よ」

「江戸後期か。相当昔から放置されてるんだな」

「山に立ち入るのは、美月山の中にある寺社が縁日を迎えた時だけ。それも決まって九重の家族の当主が供物を備えたりするぐらいね。ジジイに言われて私も何度かやったことあるけど、入り口からちょっとでも入ればもう獣道よ。ってか、そういえば今回は誰が行くんだ?私かー?」

「二十八日は不動明王の縁日か」

「あんた行きなさいよ、己」

「言われればそうするが、場所を知らん。結局ついてくることになるぞ灯子」

「げ」

「ちなみに、その不動明王の寺社とやらは山中のどのあたりにあるんだ?」

「入り口、中腹の見晴岩みはらしいわ、あと山頂」

「三つもあるんですか!」

「あぁ、でも夏の次期を除いてはほとんど中腹の見晴岩にある社までね。まぁ今度案内してあげるから、次の縁日から己、よろしく」

「行けと言われれば、だ」

「行け」

「お前からじゃぁない」

「灯子お姉ちゃんはやりたくないんですね」


 と、話を聞いていた己があることに気が付く。それは喫茶いなばら、そして会合の時と出てきた二十八日と言う日の事だ。それに、その日が雨であったかどうかということも気にしていた。己は「山登りしたくねー」と愚痴ってまったくやる気のない素振りの灯子に聞いてみる。


「灯子、そう言えばだが、虎の件。何度か"二十八日"と"雨"と言うことを聞いたが、思い当たる節があるんだろ?」

「うん、まぁね。まだ絶対とは言えないけども」

「え?灯子お姉ちゃん虎の件なにかわかってるんですか?」

「予想までは」

「"二十八日"と"雨"。二つにはどういう意味があるんだ?」

「残念なことにその二つの理由はまだ口には"出せない"のよ。言葉ってのは口に出しちゃうと本当になりかねない。まぁそうならないためにも美月山にいる当てに話を聞きに行くんだけどねー」

「さっき美月山には人は立ち入ってないと言ったが、誰かいるのか?」

「人はいないわよ。人は」

「どういうことだ?」

「狸がいるのよ狸が」

「は?灯子、どういうことだ?」

「え、灯子お姉ちゃん、狸さんに話を?」

「なに二人して目を点にしてんのよ。悪い?狸じゃ」


 己と秋は互いに顔を見合わせる。冗談好きな灯子を前にしては、狸に話を聞くなどと言うには、にわかに信じがたい発言をどう捉えていいかわからない。灯子を見れば、あ、こいつら信じてねぇな?というジト目で二人を見ていた。


「あー灯子」

「なに?己」

「狸ってぇのは……なんだ、騙しが上手い人を食ったような人間。とかそういう表現のことか?」

「いや違うし」

「え、じゃぁですよ?えっと、狸太郎さん。みたいな人の名前ですか?」

「違うって。四つ足で毛が茶色と黒のふっさふさの。見たことない?動物よ動物。ネコ目イヌ科タヌキ属の。英名ラクーンドッグだっけ?ほら、雑食で糞が臭くて、たまーに車で引き殺されてるアレよアレ」

「表現がひどいぞ灯子」

「わかったです!狸さんの生態を調べて虎の痕跡を探すんですね?」

「そんな面倒な事しないわよ。話を聞くだけだって。いや、っていうか狸の生態と虎につながりはないから。たぶん」

「理解不能だぞ灯子。それじゃまるで狸がしゃべるみたいじゃねぇか」

「そうよ?しゃべるのよ。相手は狸にして神様だもの」


 ぽかんと口を開ける秋。頭でもおかしくなったか?と怪訝な顔をする己。その表情をみてようやく灯子も、狸はしゃべらないもの。という当たり前な事で食い違っているのだと気が付く。考えてみれば人語を解するのは人だけだ。己と秋が理解しえないのも当然の話である。


「あーえっとね、斑六郎右衛門狸まだらろくろううえもんだぬき。私が今から話しを聞こうとしている当てっていうのは、齢三百を超えるという美月山の神様狸のことよ」

「か、神様の狸さんですか!?」

「そんなものがいるのか?」

「信じられない気持ちはわかるけど、居るものは居るのよ。まだらは美月山の二頭領ふたとうりょうの一人って呼ばれている山の長老ポジションでね。斑なら虎の噂を何か知っていると思うんじゃないかな」

「灯子お姉ちゃん、神様とお知り合いなんですか!?」

「いやそんな驚いた顔されてもねぇ」

「驚くだろ普通」

「己は驚いたなら顔に出しなさいよ。第一、私達が使う神通力だって元は神様からもらったものでしょ。存在は頭で理解しているのに信じられないときたか」

「実際に目にしたものと想像上のものは違うだろ」

「そう?秋ちゃんは信じるよね?」

「炎の魔人は見たことあるんですけど、神様は見たことないんでちょっと……」


 普通なら信じない。神通力を使う九重の家族でも半信半疑。流石に神様に事情を聴きに行くということは現実離れしすぎているので、説明しても受け入れがたいというのは理解できるか。と灯子は息をつく。


「まぁ信じないと言われればそれまでか。会えばわかるんだけどねー。とはいえ、今回は私しか山に入れないようだから。今度の機会ってことになるけどね」

「お、己さんは信じてるですか?神様。秋はよくわかんないんですけど」

「今のところは信じてねぇな、祠堂のお嬢。だが、これからそいつを確かめなきゃならねぇらしい」

「へ?だから己、それは今度の機会にでも」

「いや、それがそう言うわけにはいかねぇんだ」

「え?なに?どういうこと己」

「萩原の御当主からお前の御守おもりを言い渡されている」

「はぁあああーーーっ!?なにそれ!聞いてないんだけど!」

「今言った」

「今言ったじゃないわよ!いつそんなこと言われたのよ!」

「ここについてお前と別れた後だ。言っただろ、萩原の御当主に挨拶しに行くと」


 それは、灯子が紅月の屋敷についてすぐの事だった。灯子が華蓮の料理の手伝いや秋の着付けをしているころ、己は萩原幻灯へ挨拶と報告をしに行った。そして、その際に三日ほど萩原灯子との護衛を言い渡されていたという。

 「今すぐかどうかわからないが、必ず灯子は無茶をする。灯子の無茶は計算されているところがあるが、そのお膳立てをしろ。まだ慎重さに欠けるあやつの失敗だけは避けよ。」と言うのが幻灯から己に言い渡された言葉である。


「会合で己さんには別の役目があるって、そう言うことだったんですね。灯子お姉ちゃんの護衛ですか」

「あんのクソジジイィィ!余っ計な真似をー!」

「そう言うわけだ。おまえの虎調査には俺も付きあう」

「……ちょっと待てよ己」

「なんだ?」

「なんでこのタイミングで私の御守なんて任されてるわけ?」

「さてな。俺も理由を聞いたが答えてくれ――――」


 と、己が言おうとしたところで廊下に足音があるのに気が付く。それは灯子たちが雑談している大座敷へと近づき、ゆっくりと襖があいた。

 灯子、己、秋の三人がそちらを向くと、そこには青着物姿の緋森華蓮の姿があった。その手には紫色の風呂敷に包まれたゴロゴロとした何かと、同じく風呂敷に包まれた一升瓶が握られている。


「ああ、ここにいたか灯子」

「え?華蓮さん。それは?」

「干し芋と干し柿だ。それに銘酒にったれ。山に入るのだから持って行きなさい」

「へ、へぇ……随分と用意がよくないですか?会合終わってそんな時間たってないじゃないですか。か、華蓮さん?」

「ふふ、そう見えるか?」


 細く蒼い瞳がゆっくりと弧を描いて笑み、そのまま灯子へと押し付けるように手渡す。まるで誰が、どこに持って行くのかを理解して会合が始まる前から用意されていたようだ。というか、これ確信犯では?と灯子は思う。


「己。貴方にはこれを」


 顔が引きつる灯子をよそに、華蓮は腰に佩いた白鞘仕立ての刀を一振りを己へと手渡した。白木の鞘に納められた刀を己がわずかに抜くと、キンと小さく音がして、曇りのない銀の刀身が姿を見せる。それは大座敷に差し込む日の光を受けて鈍い光を宿していた。


「いい刀だ。だが、どうして俺に?」

「虎相手に得物一つもなくば心配というものだ。貴方はあまり神通力を使いたがらないでしょう?昨日できたばかりで銘はないが、そうだな、虎を斬ったあかつきには名刀虎切りとでも名付けさせてもらうか」

「……御配慮痛み入ります」

「では渡す物は渡したから、後はよろしくな」


 と、渡す物をさっさと渡して華蓮はその場を後にする。その後ろ姿を見送ってから、灯子は手に持った風呂敷に包まれる干し柿干し芋、銘酒にったれを置き、一呼吸置いた後に己へと詰め寄った。ぐいと己の黒ネクタイを掴んで持ち上げるが、体格の良すぎる己は動じることはない。


「なにこれ。最初から私にやらせる気じゃないの。なに?己あんた知ってたな?」

「おそらくだが幻灯の御当主や緋森の御当主はそうだろう」

「自分は違うと?」

「萩原の御当主からお前の御守を言われたときに薄々だが気が付いていた。誘導しろと言われたわけではない」

「やっぱり誘導じゃねぇーか!あの会合は茶番かあっ!」

「知っていた御当主たちはそうだろうな。あくまで俺は知らん」

「当主?……あーきーちゃーぁん?」

「うぇっ!?まままま待ってください灯子お姉ちゃん!あ、秋は何も知らないですって!会合まで灯子お姉ちゃん(の幻)と一緒にいたじゃないですか!」

「灯子、祠堂のお嬢は萩原の御当主から見れば発言力があるとは見られてはいないだろう。誘導には流石に一役買えんはずだ。知っていそうなのはあと西部の旦那と、灯子に直接話を振った紅月の御当主くらいか」

「あーだぁああっもーーーー!ほんとなんなのよこれぇ!出来レースじゃねーかぁああ!むっっかっつくぅーー!」


 と、灯子は両手を振り上げて御怒りポーズ。やれやれと灯子に捕まれた黒ネクタイを締めなおす己だが、美月山の神様狸に話を聞くという案をすぐに出せる灯子を見れば、これ以上の適任者がいないからこそ誘導されたのだということはすぐにわかる。

 だが同時に、誘導した当主一同は灯子に当てがあることも、その当てが神様狸でその神様狸の案を採用するということも、少なくとも萩原幻灯、緋森華蓮は知っていることになる。それは、神様でなくても狸がしゃべるということになるだろう。

 やれやれ、一筋縄じゃ行かなそうな話だなと、手に持った白鞘仕立ての刀と、ぷんぷんと怒る灯子を見て己は思う。


「あの喧々囂々(けんけんごうごう)の押し付け合いがまさか芝居とはくっそ、まんまと嵌められたわ。くっそ騙された!」

「言うほど言い合っては無いだろう。はぁ……俺も付きあうんだ。こうなった手前、できる限りは手伝おう」

「あったりまえだコンチクショウ!」

「あ、秋も何かお手伝いしますか?」

「じゃ秋ちゃんは膳の片付けよろしくぅ!座布団も全部片づけといて!こうなった限りにゃさっさと片ぁつけてやる!今から行くぞ己ぇ!」

「今からか。なら俺ぁ神門で待っている。着替えたら来てくれ」

「いいや、このまま行く。すぐ行く。走っていく」

「お前このままって」


 己は改めて灯子の姿を確認するが、それは会合用に着付けした紅葉柄の着物。山歩きに適しているとは到底思えない。そもそも人がほとんど立ち入ってないという荒れ放題の山であればしっかりとした服で行くべきだろう。


「いいのか?着物のままじゃねぇか」

「いいのよ、これで。というか誘導されて虎調査の担当になったのはむかついてるけど、自棄やけになってるわけじゃないから。ちゃんと着物で行く理由があんのよ」


 灯子は窓の外を見やる。青い空の下に映える美月山の山景色。緑も薄く枯れ木の山肌が目に止まり、ふっと笑みをこぼした。


「それも虎と関係があるのか?」

「今の私の行動すべてが事を成す為にある。ふふん、遺憾なく、淀みなく」

「問題なく、か?」

「わかっているならいいわ。さぁ行くわよ己。いざ美月が山の山中へっ」


 時刻は十一時前、会合の片付けを秋に任せ、灯子と己は美月山へと足を向ける。灯子は会合の時の着物のまま、己は黒スーツのまま。

 己としては初めて踏み入れることになる霊山・美月山の山中。何が起こるかは入ってからでしかわからない。何が起きてもいいようにわずかに気を張るが、その隣では灯子が不敵な笑みを浮かべたままだった。

 やはり虎の件、灯子には何かが見えている。わずかに一歩下がり、灯子を見る己はそう感じていた。

お読みくださいありがとうございました。

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