その14
「髭の実の葉っぱは細めのハート形。」
「カメの実の葉っぱは丸っこいハート形。」
ヴァーヴ・ヴィリエから三日も歩くと、木に巻き付くようにして茂るハートの形をした葉を持つつる草が目につき始める。
このつる草は森の中に深く入ると割とよく見るものだ。
だが、秋になると木の高い部分に、食卓でよく見る調味料が生ると言う事はあまり知られていない。
何度も見た事のある葉なのに、と、セージもクレソンにそのつる草の名が『醤油ツタ』と言うのだと教えられて驚いた。
今、木に登って採集を行っているのは、ルッコラとジャニーの二人で、彼女らはある程度まとまった量が採れると、小さな袋に詰めたソレを下で待つステビアの手の中へと落とす。
実の大きさがクルミと似たようなサイズだから、一つ一つ採るたびに落としているとキリがないのだ。
ステビアは受け取った小袋の中身を、夜番の間に採集時に使うように作ったザルに、大雑把な種類ごとに分ける。
後でコレは、クレソンに熟成の度合い毎に仕分けて貰ってから、ヴァーヴ・ヴィリエへと転送するのだ。
髭の実とカメの実は、元は同じ植物から派生したものだから、一見、その実以外の外観はあまり変わりないように見える。
実際にはよく見ると葉の形が僅かに違うのだが、実の生る時期でないと付け焼刃で身に着けた程度の知識ではその種類をあてるのは難しいだろう。
ちなみに、その実を絞ったものは『醤油』と呼ばれて親しまれている。
なんで醤油と言う名になったのかは誰も知らないけれど、ずーっと昔からそう呼ばれてる調味料だ。
そういった食材は結構多い。
『味噌』とか『コメ酒』とか『ワイン』とか。
どれもこれも、森から採れるモノだ。
コメ酒やワインは、陸人達の醸造士の手で類似品が作られているが、味は森で採れるモノの方が良いらしい。
森で採れる食材……と言うより、調味料や酒の類は分類としての『醤油』や『コメ酒』から更に亜種が大量にあり、その実の形や模様によって個別の名称で呼ばれていたりもする。
中には、『十四代目』なんて言うモノもあって、名前の由来が一体どこから来たのか謎だ。
ちなみに、髭の実は丸い実全体がもさっとした毛で覆われていて、そのシルエットが髭の生えた仙人のシルエットの様だと言うのが名の由来らしい。
カメの実は、髭の実とは対照的にツルンとした実の表面に亀甲模様が浮かび上がっている。
他にも醤油の搾れる亜種はアレコレとあるのだが、この二つの実がもっとも繁殖数が多く、流通量も多い。
「髭は完全に白くなってしまうと、肝心の汁が絞れなくなるので白っぽい緑色のモノを探してください。」
「黄緑はダメなのか?」
「黄緑のは熟成が足りないので使い物になりません。」
「カメの実はどんなのがいいのかしら?」
「カメの実は緑から茶色に変わって行くので、その中間の色合いが採り時です。」
醤油などの調味料の類は単価は安い。
それでも、常に採集依頼が出ているほどに需要の高い商品だ。
一つの蔓に何十個となく実が生っているから、単価が安くてもすぐに宿代分くらいは集めることが出来るのだから採集しない手はない。
集めておけば、食事の用意をするときに利用することも出来るから一石二鳥だ。
クレソンが毎日、あれこれと調味料になるモノや具になる植物を採ってくれるから、今日までの行程での食事はとても野営時のモノとは思えない。
つくづく、どんな種類であれ知識と言うのは大事なのだな、とセージは実感している。
味噌は味噌玉転がしと言う体長30センチくらいの甲虫型魔獣の巣から採取します。