その8
朝食は素晴らしかった。
ふっくらと炊きあげられた白米は、最高の状態で保存されていたらしく炊かれてから時間が経っている筈なのに瑞々しさを保ったままだったし、皮がパリパリに焼かれた川魚の塩加減も絶妙。
みそ汁の具は鮮烈な風味のある香草で、魚の脂をいい感じに中和してくれた。
チコリは、幸せな気持ちに浸りながら綺麗に平らげた食器に箸を置くと、満面の笑顔で厨房に向かって手を合わせる。
「ご馳走様でした!」
「おそまつさん。」
返って来たのは簡潔な返事だったが、ソレで十分だ。
チコリが夢中で食べているのをニコニコしながら対面に座って眺めていたミールは、そこで席を立つ。
「それじゃ、出掛けましょうか。」
「へ……?」
チコリが食後のお茶を飲み終わるのを待っていたらしい彼女は、こてんと首を傾げる。
「ハンター、辞めたくないんですよね?」
「え。あ、うん……。」
昨晩自分が彼女に、酔った勢いでここに来る事になったあらましを全部話していた事を思い出して、チコリは起きたばかりの時に感じた頭痛がぶり返した様な気分になる。
いや、でも、事実だし……?
「でも、出掛けるってどこに?」
「大イノシシ狩りです。」
潔く、昨日の晩にどう見ても年下の少女に対して吐き出してしまったアレコレについては諦める事にした。
口から出てしまった言葉を回収する事は出来ないのだ。
ちなみに、フィリステールでの成人は種族ごとに違うが、陸人は15歳であり、その年になると大人の仲間入りを認められ、婚姻や飲酒も公に認められる。
昨晩飲酒していたことから、チコリはミールが成人~童顔で若く見える? のかなという判断をしていた。
実際の年齢は聞いていないから、もしかしたら未成年と言う事もあるかもしれない。
昨日吐き出した件を思い出し、複雑な気分で口にされた言葉に、ミールはあっけらかんとした表情でそんな返事が返してくる。
「えっと、誰と?」
「チコリさんと、私の2人で。」
「私と、ミールさんの、2人きり?」
「はい。2人きりです。」
フワリと花が綻ぶような笑みを浮かべるミールを前に、チコリは一瞬、気が遠くなるのを感じた。
そうか!
この子も酔っ払っていて、私の話をきちんと聞いてなかったんだ。
遠のきそうな意識を必死に繋ぎとめて出した結論は、チコリにとっては納得がいくものだ。
だって、自分も洗いざらい事情を話したなんて事、ついさっきまで忘れていたのだし。
きっとそうに違いないと結論付けた彼女は、ミールに改めて事情を説明する事にした。
「はい。ですから、練習の時には問題がないのに実戦になると途端に駄目になってしまう理由を見付ける為に狩りに出るんですよ。」
チコリが焦りの余り、つっかえつっかえした説明を聞き終えると、ミールは深く頷きながらそう口にする。
「でも、役立たずの弓士なんかと一緒じゃ、ミールさんの身が危ないし……。」
「こんな田舎ですから、いつもハンターさんが居る訳じゃないんです。村のみんなは、よっぽど小さな子でもない限り、大イノシシくらいならソロで狩れますから大丈夫ですよ!」
胸に手を当て、請けあって見せる彼女の腰には使いこんでいるらしい事が見てとれる小剣が下がっており、慣れた手つきで鞘から抜き放ち構える姿を見せられると、その言葉に納得するしかなかった。
ぶっちゃけ、チコリが小剣を扱う時よりもずっと様になっている。
その腕前が少なくとも自分より上である事は、たったそれだけの動きで理解できてしまい、チコリは脱力感を感じて肩を落とす。
肩を落としながらもチコリは、こうなったら、自分がどうして実戦ではどうしようもない役立たずになるのかをこの少女に見極めてもらうしかないと腹を決めた。
ここまできたら、神様精霊様ミール様におすがりしてでも、ハンターとしての活動を続けたい。
「……では、お願いいたします……。」
「はい。では、参りましょうか。」
もう、野となれ山となれだ。
色々と覚悟を決めたチコリは、自分よりも年下の少女に頭を下げた。
それにしても、田舎だからって大イノシシをソロで狩れるって言うのはおかしいんじゃないだろうか?
秘かに心の中でツッコミを入れた物の、実際に言葉にする勇気がチコリにはなかった。
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